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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第一章
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49 天の原

 

「期待しないでくださいっ。た、ただのカレーだし……すっごく時間もかかると思うので、もう作り始めちゃいますねっ」


 ついつい早口になってまくしたてたら、海斗は茫然と律を見つめてしばらく口を開けていた。

 と思ったら今度は急に口元を隠し、やっと言ったのがこれである。


「と、とのが……カレー……」

「そうですよ? あっ、カレー、嫌いじゃないですか? 苦手な食べ物があったら先に──」

「いえ! ありません! あるはずがありませんっ。とんでもないことです。畏れ多い、大変にもったいないことです……!」


 ……お返事が力強すぎる。

 そこまで必死の形相になる意味はいったいなんだ。


(まったくもう……!)


 やたらと恥ずかしくなってきた。耳や首まで赤くなってくるのを自覚しつつ、律はうつむいて、じゃぶじゃぶと力まかせに人参とじゃがいもを洗いはじめた。


「海斗さんが、カレー嫌いじゃないならいいです。作りますね」

「あ……はい。お、お手伝いさせてください」

 慌ててガタガタと松葉杖を取り上げるものだから、律は慌てた。

「なっ、なにしてるんですかっ。海斗さんが立ってたら意味がないでしょう!」

「いえ。座ってできることをお手伝いいたそうかと。ジャガイモや玉ねぎの皮むきぐらいならできますゆえ。ピーラーとボウルをお貸しくださいませぬか」


 しっかりまた、以前の武家しゃべりに戻っている。そうでありながらも「ピーラー」だの「ボウル」だのいう現代の単語が挟まるのがなんだかおかしい。

 そして自分でも言っていた通り、海斗の手際はとてもよかった。あっという間にさらさらとジャガイモと人参の皮が剥かれてしまう。ついでに玉ねぎの皮も剥いてくれた。


「よいっ、しょ、と……」

 ゴンッ。

「ううっ」

「ふんっ!」

 ドスン。

「はっ!」

「……あの。海斗さん?」

「は、はい……」

「いちいちそんな、心配そうな目で見ないでくださいっ!」


 死屍累々とでも言いたくなるような状態に切り分けられた具材が乗ったまな板を前にして、律はついに爆発した。

 いや、いいのだ! 切り方なんて気にしなくても!

『煮込んじゃえばみんな同じよ』と、母だってそう言っていたではないか!

 包丁の使い方が危なっかしいことは、自分が一番よくわかっている。それでもちゃんと麻沙子に指南してもらい、なんとか手を切らない程度に練習してきたというのに!

 さっきからそんなに青い顔で、包丁が動くたびにハラハラしながら観察されていたら、滑らない手も滑ってしまいそうになるではないか!


「いいから海斗さんは座っててくださいっ。結局立って見てるんじゃ、意味がないでしょ?」

「も……申し訳もありませぬ。つい……」

「いいから座っててくださいってば!」

「はい……」


 海斗がしおしおとテーブルに戻る。

 そんなこんなもあったものだから、結局かなり時間がかかってしまった。

 手慣れた人ならさっさと出来上がる料理らしいのだが、なにしろそこは初心者の律である。家で麻沙子から教わって一度作ってきたとはいえ、やっぱり他人の家のキッチンというのは勝手がちがうらしい。


 できあがるころには、外はすっかり暗くなっていた。

 義之は残業になったとかで、遅くなると連絡が入っている。

 すでにかなり空腹であろう海斗を待たせるに忍びなくて、「つなぎ」のつもりで買ってきておいたお菓子やパンなどを事前にテーブルに出しておいたのだったが、海斗はそれには手をつけず、ひたすらおとなしく待っていた。

 まるで「待て」をされている犬のようだ。

 キッチンカウンターごしに、なんとなくキラキラした目でこちらを見ている姿もやっぱり、かなり「()()」があってちょっと笑ってしまった。

 少しうっとりした表情で鼻を動かしているのもまた犬っぽい。


「ああ。いい匂いがしてきましたね」

「ルウは市販のものですから。味については安心してください」

 これは母の受け売りだ。

「とんでもない。殿が手ずから作ってくださった食事です。まずいなどといったら目が潰れまする」

「……そこまでかよ!」


 突っ込んでしまってから、思わず笑ってしまった。

 海斗も珍しく「あはははは」と声を立てて笑っている。


 ……幸せだ。

 きっと、こういうのを「しあわせ」というのだろうなと、ふと思った。




 (あま)(はら) ふりさけ見れば 月(きよ)み 秋の夜いたく 更けにけるかな

 『金槐和歌集』210



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