45 秋の野の
「斯様なみっともない姿で、というのはなんとも心もとなくお恥ずかしいばかりではございますが……お約束の儀ですゆえ、どうかお許しを」
海斗の目線の先には、まだギプスのとれない彼の足がある。律は急に胸に痛みを覚えた。
「そんなことを言わないでくれ。それだって、そもそも私のせいなのだし」
「いいえ。これは自分が勝手に無様なことになったまでのことで。まことにお恥ずかしい限りです」
「いやいや! そんな風にかしこまらないでくれ、修理す……いや、海斗さん」
それを聞いて海斗は一瞬目を丸くしたが、次の瞬間、軽く吹きだした。
「そんな風におっしゃりながら、自分をまだ『修理亮』とお呼びくださるとは」
「い、いや。すまない……」
かっと耳が熱くなった。
「いえ。嬉しゅうございます。その名、まことに懐かしく。『修理亮』でも『匠作』でも、どうぞお好きにお呼びください。ふたりきりのときには、いずれでもご随意に。もう病室ではありませぬゆえ」
「そ、……そうか」
彼の父である北条義時が「相州」やら「江馬」やらと呼ばれていたのと同様、泰時にも「修理亮」や「匠作」という別の呼称があったのだが、ここへ来てついそれが口を突いて出てしまったようだ。
「で……その。話、というのは」
「はい」
言って海斗はまた少し黙った。じっとこちらを見つめてくる瞳が意味ありげで、どこを見ていればいいのかわからなくなってしまう。
「あれこれ考えておりました。なんとお伝えするのがよいのだろうかと」
「……はあ」
「病院というのは、無駄に考える時間ばかり多い場所にございますね」
「そ、そういうものか」
「青柳律さん」
「は……はい?」
「源右大臣、実朝さま」
「う……うん??」
「いずれのお方も自分にとって、この世でこの上もなく大切なお方。そのことを、此度のことでは痛感いたしました」
「…………」
大切。それには多くの意味がある。
そう言われてうれしくはないのかと問われれば、それは「うれしい」と答えるほかはないだろう。しかし、もろ手を挙げて喜ぶような気持ちにはなれない。だから律は、いったいどんな表情をすればいいのかすらわからなかった。それでただひたすら、戸惑った顔をしていたのだろうと思う。
「かつてあのような形で奪われた主君を、今またこんなめぐり合わせで拝することが叶った自分は、まことに幸せ者です。これは間違いのないところです」
「う……うん。それは、私も嬉しかった。本当に」
「そうなのですか」
「ああ。……嬉しかったよ。そなたにまた逢えて。本当に」
「……それはよかった」
海斗がにこりと笑う。本心から嬉しそうに。
「叶うならば、これからもずっとまた、自分はあなた様のおそばにいたい」
「え……」
それは一体、どういう意味での話なのだろう。海斗は律の疑問を、表情から正確に読み取ったようだった。
「『どのような意味で』──と。それを、ずっと考えていたのです。今の自分はもう、あのときの修理亮ではございませぬし」
「うん。私もすでに、実朝ではないわけだしな」
「左様にございます。……ですから、主従としておそばにお仕えする、という形でというのはおかしいのでしょう。しかし、おそばにいたいのです。これは間違いなかったのです。なにをどのように考え併せてみても、です」
「……うん」
「あの時、あなた様のお命が失われるかもしれぬと思った瞬間に、勝手に体が動きました。……それほどに、あなたを失いたくないと。強く、そう思ったのです」
「やすとき……」
胸がぐっと詰まるようだった。
私もそうだ。
そなたのそばにいたい。どんな形であっても構わない、とは思ったけれども。
秋の野の 花の千種に ものぞ思ふ 露より繁き いろは見えねど
『金槐和歌集』409




