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金槐の君へ  作者: つづれ しういち
第一章
17/93

15 かくてのみ

 

 律は基本、大学の食堂やカフェテリアで食事をしない。通学途中のコンビニで適当に買ったり、学内の売店を利用したりすることが多いからだ。

 理由は簡単。

 自分ではそんなつもりはないけれど、おとなしくて内向的でよく人から「暗いよー」なんて言われてしまう律にとって、「明るさと前向きさこそ身上」が行動規範の、いわゆる「陽キャ」な人たちのグループは特に苦手な存在だからである。

 生き物には、それぞれに適した生存環境というものがあり……などなど、いらぬ持論を脳内だけで展開しつつ、中庭の芝生の上やらベンチの空きを見つけてはひとり飯を楽しむのが好きなほうだ。

 そのほうが、頭の中がすっきりして気持ちがいい。

 特段に孤独を愛しているつもりはないけれど、要は孤独であることに苦を感じないタイプなのだ。もちろん、気の合う友人と時間を過ごすことは嫌いではない。自分としては、これがちょうどいいバランスなのだ。


 そんなこんなであまり食堂を利用しなかった律だったが、最近はその理由がもうひとつ増えてしまった。というか、より積極的に「行かないほうを選ぶ」ようになった。

 というのも少し前、たまたま昼どきにカフェテリアの近くを歩いていて、そちらに向かう男女のグループを目撃してしまったからだ。あまつさえ、律はその時、その中に長身の清水海斗の姿を見つけてしまった。


 海斗はサークル仲間らしい友人数名と、自然な足どりで廊下を歩いていた。男女わけへだてなくにこやかに会話を続けていて、壁に体を半分隠したような状態の律にはまったく気づいていなかった。

 海斗の右腕に腕を(から)めて、ほかの人たちよりずっと距離が近い状態で歩いているのは、例の笹原なぎさだった。相変わらずの美人で、道ゆく男たちの多くがちらちらと彼女の姿を目で追っている。

 海斗のほうも負けず劣らず、周囲の女の子たちの視線をとらえて離さないように見えた。それは離れて見ている律にこそ如実にわかった。


(やっぱり……彼女なんだなあ)


「これこそ陽キャです」と言わんばかりのグループ。海斗自身にそんな自意識がまったくないのは知っているけれど、中学高校のクラスでいうところの「上位カースト」にあたるグループのさらに頂点にいる人には違いない。

「上位カーストの男」は「上位カーストの女」を選び、ほかには見向きもしないものだ。そんな風に、妬みそねみであふれかえっている某SNSで騒ぐ輩は大勢いる。けれど、やはりこれは現実なんだなと身にしみて実感させられる出来事だった。

 以来、律の足は余計に食堂やカフェテリアから遠のいた。個別のカリキュラムで動くことの多い大学という環境でこういう行動をしていれば、なかなか友達らしい友達ができないのも当然である。


(別にいいか。海斗さんとは個人的に連絡できるんだし)


 そう考えて自分を慰めているのが、またいじましくていやになる。思いを振り払うようにして、買ってきたカレーパンにかぶりついたとき、スマホがブブッと震えた。


《次の日、どうしよう?》


(あっ。海斗さんだ!)


 行儀はよくないが、油のついた指先をシャツの端でちょっとぬぐい、画面に指を走らせる。


《俺、いつでもいいですよ。今週は特に用事ないんで》

《じゃあ週末に会わない? 前にも言ってたけど、俺んちおいでよ。土曜日どう? お昼、準備するから手ぶらでいいし》


(わあああっ)


 つぎつぎに送られてくる文字列を見て、少女マンガの女の子みたいに口をおさえてしまった。座ったまま、ぱたぱたと両足をはねさせてしまう。

 うれしい。またもや心臓に翼が生える。

 もちろんすぐに「いいですよ」と返事をして、時間や待ち合わせ場所の約束をし、にやにやしながらスマホをしまう。

 と、手元に不自然な影ができた。


(……あれ?)


 目をあげて、一瞬で凍りつく。

 そこには、腰に両手をあてて仁王立ちになり、怖い目でこちらを(にら)みおろしている笹原なぎさの姿があった。




 かくてのみ 荒磯(ありそ)の海の ありつつも ()ふ世もあらば なにかうらみむ

 『金槐和歌集』505


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