14 あだし野の
「なんだよ。ノックぐらいしろよ、お客さんなんだから」
「え~? なによ律にい、よそ行きじゃん」
「よ、よそ行きってなんだよっ」
彩矢は意味深な目をして口元をおさえ「ぬふふ」と笑った。明るいと言えば聞こえはいいが、いつも必要以上に口数が多くて人のことに首を突っ込みたがる、ちょっと、いやだいぶ困った妹なのだ。
「だあって。ふつうの友達だったらそんなんじゃないじゃん、律にい。ちゃんとお茶なんか出しちゃってさあ」
「そ、そんなことないっ」
「えーと。……妹さん?」
「あ、はい」
清水がようやく口をはさんでくれ、ほっとして力が抜ける。
「彩矢でーす。よろしくお願いしますっ」
すかさず彩矢がぴょこんと額の斜め上に手のひらをかざす。
「こちら、清水さん。大学の先輩」
「へー。先輩なんだ?」
「そーだよ?」
「あはっ。清水パイセーン!」
「こらっ! 失礼だろ!」
「てへっ」
なにが「てへっ」だ。もういいよ。なんでもいいから出て行ってくれ。
そんな律の気持ちを正確に把握した目をしていながら、彩矢はなかなか出ていかない。高校のスクールバッグには、たくさんのぬいぐるみがぶらぶらと吊り下がっている。「そんなにたくさんぶら下げてどうするんだ」といつも不思議に思う律である。ただただ邪魔なだけじゃないか。
清水はそちらよりも、彩矢が持っているテニスラケットのバッグが気になったようだった。
「テニス部?」
「あっ。はいっ。清水先輩も? 硬式?」
「うん。まあこっちはただのサークルだけど」
「へえっ。よかったら教えてくださいよー。今、ちょっとサーブで詰まってるとこあって──」
(食いつくなって!)
律は心の中で必死に念じた。
このうるさくて失礼な妹が、海斗に迷惑をかけたりしてはたまらない。が、海斗はやんわりといつもの人のいい笑顔を返し、片手を振った。
「ああ、いや……」
嫌味な感じはまったくしないけれど、なんとなく、女性をいなし慣れている人のそれに見えた。いやそれは律の勝手な印象だけれど。
「俺は大学のサークルで始めただけで。ろくに練習もしないところで、まだ大して上手くないんだ」
「へー。そうなんですかー」
言いながらさぐるような視線がこっちにまとわりついてくる。その目が明らかに「律にいがテニスぅ?」と言っていた。
なんだよ。悪いかよ。どうせ俺は運動が苦手だよ! 中学も高校も、基本的に文化部所属を貫いてきたよ。そもそもテニスサークルに入っているわけでもないのに、心の中で必死に弁解してしまう自分がいやになる。
「テニスはただの言い訳みたいな、中途半端なサークルでね。むしろ飲み会が目的だったんだって、入ってから気がついた。俺なんかより、高校でがっつりやってる人のほうがよっぽど上手いだろうな」
「そうなんですか~」
「もう、いいだろ? さっさと行けよ」
「なあ~によお、律にいったら。そんな邪魔にしなくったっていいじゃ~ん」
「いいから! 行けって!」
律は強引に妹の背中を押して、無理やりドアの外へ追い出した。振り返ると、海斗が同じ笑みを浮かべて肩を揺らしていた。
「元気な妹さんだね」
「あ、はい……。すみません、うち、うるさくて」
「大丈夫だよ。楽しそうでうらやましい。うちは親父と俺だけだし、男所帯で静かなもんだからさ」
「そうなんですか」
「うん。親父も物静かなほうだからね」
「…………」
なんと返事をしたものか少し困っていたら、すぐに海斗は「ああ、ごめん。つまんないこと言っちゃった」と苦笑した。
「今度はうちにも来てよ。狭いところだけど、落ち着いて話ができると思うし」
「えっ。いいんですか」
「もちろん」
本当にいいのだろうか。
いくら前世で関係があったとはいえ、今世でこの人に出会ってから、さほど経ったわけでもないのに。
「実朝さまなら、大歓迎です」
最後にそう言われ、おどけたようにちょっと頭を下げられてしまったら、少し頬を染めてしまいつつ、うなずくしかない律だった。
あだし野の 葛の裏ふく 秋風の 目にし見えねば 知る人もなし
『金槐和歌集』380




