親父の脳みそが腐っていくのを見るのは辛い
親父の病室の前に立つ。
俺は無理して笑顔を作って扉を開けてケンスケの背中を押した。
「ほーら!ケンスケ!おじいちゃんだぞ!久しぶりに甘えてこい!」
「おじいちゃーん!こんにちは!」
「おーっ。こんにち、わ?」
親父の頭の上に『?』が浮かんでいるのが分かる。
とうとう自分の孫の顔まで忘れちまったのかよ。
痴呆ってのは残酷だ。
その内に俺の事も忘れて、思い出も消えて生きながらにして無になる。
実の父親の脳みそがどんどん腐っていくのを見るのは辛い。
「おじいちゃん。お体だいじょうぶ?」
「う、うん。まぁ。いつもどおりかなぁ?ろ、おまえたちはどだ?」
日本語もおぼつかないな。
脳の病気だからな。
言葉も忘れていくのか。
あっ、、やばい。泣きそうだ。
何か喋っていないと泣いてしまう。
「赤ん坊のケンスケを連れて熱海に行ってさぁ。次の年はキャンプに行って……覚えてるよな?親父?ケンスケももう小5だぜ?早く治して来年は海外にでも行こうよ」
「あーい?あいあい。覚えてるよぉ。タイスケ?がな。うん。赤ん坊の時な。海外ね。うん」
……ケイスケだよ。親父が覚えているフリをしているのは明らかだけど、今の俺たちはこれでいい。
これで……いい。
泣くな。俺が泣いたらケンスケが不安になる。
・
「じゃあ親父。今日はこれで」
「おお。おうよー」
「パパ。僕。もう少しおじいちゃんといる!」
「そうか?じゃあ先に行ってるからな?」
「……」
…
…
「で?誰?あれ?」
「……父です。話。合わせてくれてありがとうございます」
「うん。看護士さんが目配せしてくれたから……まだ若いのにお父さん……聞いてもいい?もしかして?」
「ええ痴呆です」
父の若年性痴呆は確実に進んでいる。
突然始まる他人を巻き込んだ『家族ごっこ』に付き合うのは大変だ。
下手に否定したり『ノリ』を間違えると暴れたり叫んだりする。
最近は落ち着いてきていると思ったが……。
もう気晴らしの散歩も無理だな。
そろそろ閉鎖病棟、かな。
ヤバい泣きそうだ。
『おーーいケイスケ!おじいちゃんが待ってるぞ!ご挨拶しなさい!
コースケ!?早くしろ!早くおじいちゃんに……ちょっ?なんだい看護士さん?こらっ!離せ!コースケ!コースケ!?』
他の看護士に取り押さえられたか。
俺も行こう。
親父の脳みそが腐っていくのを見るのは辛い。