第二十五噺 サイシの黒軍
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ここは河童の里領地の境界、餓岩平原。
草木の育たないこの平原は生き物は無く、そのためどの国も欲することがないためこの地はサイシ大国と河童の里を隔てる緩衝地帯となっている。
その餓岩平原にはサイシ国の軍勢が侵攻していた。
皆が統一された黒い甲冑を身に纏い列をなしている蠢いている様は死へと誘う闇である。
その軍勢の中、黒馬に乗った将達が兵を率いていた。
軍の動きを平原の高台から見下ろしている総大将の男がいた。男は黒い体と2つの頭を生やした馬に跨り、静かに自軍の兵士達を見ていた。
「ロウガ様、現在河童の里の領域に入りました。」
部下が報告に来るとその男は部下へ振り向く。
男の名はロウガ。サイシ国の武将である。
ぼさっとした黒髪が兜からはみ出していて、その瞳はどんよりとしている。
「ここからはいつ河童どもが奇襲をかけてくるかわかりませぬ。」
ロウガは無言のまま部下に向け手を挙げて了解の合図を出す。
「ロウガよ、我らサイシの軍を見て河童どもは怖気づかないのかねぇ」
ロウガに声をかけて来たのは武将、権左。
彼もまた多くの武勇を誇る武士である。
「それならとっくに河童の里はサイシのものになっているだろうな。」
ロウガは覇気のない目をしたまま権左の発言を否定する。
「それもそうだな! これだけの軍勢を差し向けられた河童どもは今恐怖に怯えていることには違いないだろうがな。」
権左の河童を嘲りに対してロウガは鼻で笑う。
「過去にも河童の里に攻めたことがあるようだが、奴らはどういう訳か我々の軍を退けたという。いくら少数の河童だろうが油断は禁物ということだ。」
「お前は心配性だな、まあだが今回の指揮はお前に任されているんだ、お前の指示に従って動くさ。」
慎重なロウガに呆れながらも権左はロウガの意見を受け入れる。
「おそらく敵は里の中心に攻められぬよう手前で食い止めにくるはず。すなわち、奴らはもう近くに潜んでいてもおかしくはない。」
ロウガは河童の里を方角を見ながら警戒するように呼びかける。
「あの岩山を越えれば奴らの領地。面白い戦さにしてくれよ河童ども。」
部下が猪の毛皮を身に付けた男をロウガの門前に連れてくる。ロウガはその男を双頭の妖馬の上から怪訝そうに見る。
「ロウガ様、カントの国の連中が生き残った軍勢を率いてどこかへ向かったとこの山賊が申しておりますが。」
山賊は無理矢理ここへ連れてこられたことを不満に思っていたのか、兵を睨みつける。
「おい、お前が見たことをご説明しろ。」
「うるせぇ、指図すんな!」
「おいお前、簡潔に説明しろ。」
山賊の男はこのロウガという男に初めて会ったがその異様な恐怖を瞬時悟った。
覇気の無い瞳の中で何か恐ろしいものが潜んでいるような殺気を感じ、思わず身体が震える。
「お、おお話すよ。カントの奴らが軍を引き連れてどこかへ向かっているのを見たんだ。それなりの数だった。」
「どこに向かっていた?」
「ここから北にある龍谷山の方だ。」
山賊の男の震えは止まらない。早くここから逃げ出したいと無意識に感じていた。
だが、ロウガは曇天の空を見上げて考え込む。
「あっちは確か河童の里へ続いているはずです。」
部下の1人がロウガに助言する。
「なるほどな。」
ロウガは部下に手を挙げると、すかさず部下が山賊に金品の入った袋を差し出す。
山賊は怯えながらも目の色を変えてそれに飛びつく。
「おい山賊、貴重な情報だった。これは褒美だ、受け取れ。」
「は、はい、ありがとうございやす。」
「だがもしもそれが嘘だったら、、」
ロウガは真っ直ぐに山賊の目を見る。山賊はその視線を逸らすことはできず恐怖に固まる。
すると山賊の後ろに男が投げ飛ばされる。
「勘弁してくれ、確かに見た気がしたんだ! ほんとだ!」
その男は2人がかりで地にに跪かされ、首を突き出される。
「おい、待ってくれよ! おい!」
ロウガはゆっくりと刀を鞘から抜き取る。
「うるさいっ! お前は褒美をやると言った途端に、河童をこの近くで見たと言ったがどこにもそんなものは居なかっただろうがっ! 褒美欲しさに嘘をつきおって!」
「違うっ、見た気がしたんだよっ!」
山賊は金品の入った袋を手汗とともに握りしめながらその光景を見ていた。すると背後がすごい殺気を感じて慌てて振り返る。
そこには馬の上で刀を抜いたロウガが黒い妖気のオーラを纏って佇んでいる。
山賊は野生の感で急いでその場から離れ、岩陰に隠れる。
ほかの兵達もスッと男から離れ距離をとる。
「何だよっ! 何だんだよ!」
男はその異様な雰囲気を感じ取り、ロウガと逆の方向に走って逃げる。
そして、30メートルほどの離れた距離から馬に乗ったままロウガは刀をゆっくり振り下ろす。
斬撃が飛び出すわけでも無く、むしろ何も起こっていないかのように辺りは静まり返る。
「おい、何が起こったんだ、、。」
困惑しながら山賊はキョロキョロ周囲を見るが兵達は皆端に避けたままじっとしている。
すると時間差で、刀を振り下ろした先の突然男の体が真っ二つに割れ、その先の岩や地面も一瞬にして切り裂ける。
山賊はその光景を目の前に言葉も出なかった。
「おい、山賊。お前の話は信じさせてもらうぞ。」
「は、はい! もちろんです! ありのまま真実でございます!」
ロウガは刀を静かに鞘に収める。
「よし、いけっ。」
「は、はいっ!」
山賊は驚いて落とした袋から飛び出した金貨をかき集めて頭を下げて走り去る。
「次期河童どもが姿を現わすか、楽しみだ。」
ロウガは不敵な笑みを浮かべて、目の前にある岩山のその先を見据えていた。
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「おーいっ! もうすぐそこまで奴らが迫って来てるぞ!」
岩山に登っていた河童達が先見隊に知らせに来る。
「やっと来やがったか、サイシ共め。」
先見隊の河童達は刀を握りながら気を引き締めている。
「いいか、奴らが来たら一斉に矢を放つ」
彼ら先見隊は敵が特定の谷間を抜ければ一斉に攻撃を仕掛け先陣を切る役目も与えられていた。
その合図でサンズ達の軍が奇襲をかけ、さらにそこからわざと押されるフリをして徹底して敵の軍を分散させる作戦だ。
ザッザッザツ
黒い甲冑の行列が蠢く音がすぐそこまで聞こえていた。まるで全てを飲み込まんとする黒い波が押し寄せているようだった。
ーーーーー
「ふっ、河童共め来てみろサイシの黒軍が一瞬で鎮めてみせるわ。」
サイシ軍猛将・先頭隊隊長、豪雲。
大きな図体と鍛え抜かれた身体はまさに猛将と呼べる貫禄である。
「豪雲、お前は心配ないが戦さは現場の指揮が最も大切だぞ。」
サイシ軍先頭隊第二群隊長、マサカゲ。
2本の刀を腰に携え、鋭い目つきをしているマサカゲはロウガに従順な男である。
2人の先頭隊が谷間を抜けようとしていた。
マサカゲは谷間の先にある森を警戒して注視する。
「さあそろそろ敵が来てもおかしくないところまで来たな。」
マサカゲは黒馬に乗ったまま首だけを動かしながら森を見ている。
「ロウガ様の言った通り、河童共は谷の中では攻めて来なかったな。攻めるには絶好だろうに」
豪雲は大剣を肩に担いで、マサカゲとは正反対に無警戒で黒馬に跨っている。
「ロウガ様の仰られたように、逆に谷で攻められたら谷横を通る別動隊が挟み込めばよかったが、おそらくそれを予見しているものがおったのだろう。確かに谷を抜けた先の方が別動隊も合流するし敵もいざとなれば回避しやすい。まあこちらもやり易いがな。」
マサカゲはあえてリスクの低い方を選んだ敵の選択にワクワクしていた。
戦さとは知略を用いるものだ、さてどんな策を見せてくれるのか。
「そろそろ、奴らが動き出すぞ豪雲。」
「放てっっ!!」
森の中から河童たちが一斉に矢を放つ。
矢は高い弾道を描いてサイシ軍に降り注いだ。
サイシ軍は突然の矢の雨で狼狽える。
「来たか!!」
豪雲は敵の攻撃を見るや否や満面の笑みを浮かべて、手綱を握りしめ颯爽と先頭へ掛けていく。
「どけっ、邪魔だ! 開戦だ!」
河童達は法螺貝を吹き鳴らし開戦の合図を告げる。
その合図を陰で身を潜めていたサンズ達の隊が受け取る。
「合図だ、いくぞっ!」
サンズが力強く号令をかけると皆刀を突き上げて声をあげ、一斉に森から駆け出す。
滝も皆と共に刀を振り上げて駆けていく。
これからどうなるのか、死ぬかもしれないという恐怖を大声で紛らわす。
「おおぉぉぉぉおお!!!」
隣を見ればモズもいる、前にはサンズもいる。そして、駆けていく先には黒い甲冑を纏う敵がいる。すごい数の黒い軍隊が自分達の歩みの先で刃を向けて待ち構えている。
やるしかない、今は何も考えずただ足を止めらないことだけを考えて突撃する。
サンズは歩みを止めずサイシ軍の兵を鮮やかに斬りつけていく。
周りの河童達も敵に斬り掛かっていく。
滝の走っていく目の前で敵が刀を構えて待ち構えていた。
滝もその敵を睨みつけて刀を振り上げ、敵に斬り掛かる。
刀同士がぶつかり合う金属音が頭に響く。
敵の刀からは重みが伝わってくる。
怯むことなく歯を食い縛り、こちらを殺すと言わんばかりに睨みつける敵の眼光に滝は怯む。
その隙を敵は待ってはくれなかった。滝の刀を下から突き上げ、弾かれた。
敵の刃が滝の頭上から振り落とされる。激しい斬り合いの場で滝には静寂が流れる。
死ぬ、やっぱり自分には無理だったんだ。こんな戦さに来るべきじゃなかったんだ。
頭上から振り下ろされる刃がゆっくりと大きくなっていく。
俺、死んだ、、、。
キイィーーーンッ!!
死を覚悟した時、滝の刀を弾き飛ばす別の刀が現れた。
モズだ。モズは敵の刀を弾き飛ばすとそのまま一瞬にして敵の喉元を掻っ切った。
敵を返り血が滝の顔に飛び散る。
滝は目を閉じることも地面に倒れることもなく何も動けなかった。
「大丈夫か、タンバ」
「あ、ああ、ありがとう」
「早く刀を拾え、敵に怯むな。お前ならこんな奴らどうってことない大丈夫だ。安心しろいざって時は俺が守るから」
俺に向けられたモズの笑みが確かな自信と安心感を与えてくれる。
「助かった、すまない」
そうだ、落ち着け。ここは戦場だ。やるかやられるかだ。皆んな里を守るために必死で戦ってるんだ、俺も余計な弱音は吐くな。
「別に敵を無理に殺さなくてもいい、敵を斬ればそれだけで敵は動けなくなる。お前はそれでいいんだ」
そのアドバイスが不思議とスッと頭に入ってきて受け入れることができた。
そうだ無理に殺すことはないじゃねえか、足や腕に切り込めばそれだけも充分なんだ。
そこから滝は目の前の敵に向かって行き、敵の足などに斬り傷を負わせて負傷させていく
それを繰り返していく内に心の中の妙な緊張感が和らいでいった。
すると自然と周囲の動きにも気をつけられるようになって来た。敵や味方が放つ妖気の斬撃が飛び交っていることにも漸く気づいた。
空腹を強いていた身体に周囲に流れていた妖気が吸収されていく感覚があることもわかった。
妖気が溜まってきているな、ここらで俺も使ってみるか。
滝は刀を両手で握りしめて妖気の流れを刀に集中させる。
戦場で突っ立っている滝に気づいた敵が襲い掛かろうと向かってくる。
よし、いける!!
滝は刀を思いっきり横に振った。
「いけっ、ブラックショック!!」
刀から黒い妖気の斬撃が電気が走るように地面と並行にジグザグの変則的な動きをしながら敵を貫通して広がっていく。
貫通した敵は血を吐きながらバタバタと倒れていく。
「おいおいまじか、すごいじゃねぇか兄弟」
そばで見ていた滝が驚いて声をかける。
滝は少し、いやすごく満足そうな顔をしてドヤ顔をした。
「まあな、これぐらい俺にだってできるんだよ」
他の河童達も一瞬で十数人を倒した滝に賞賛を贈る。
ネーミングは、黒い電気の衝撃波だからブラックショックだ。そのままだけどこの世界じゃ横文字は珍しいだろうからな。オリジナルティの塊だ。
「くそ、あの野郎変な斬撃を飛ばして来やがって、、。怯むな、一気にかかれ!!」
敵も今の攻撃を見て合図とともに一斉滝に襲いかかる。
「させるかよ、龍水円斬っ!」
モズの放った、青い龍のような斬撃が円を描くように一周し滝の周囲の敵を薙ぎ払う。
それに続くように次々と味方が敵を斬りつけていく。
「うわあぁぁ!!」
突然味方の河童が数人斬りつけられてその勢いで吹き飛ばされた。
大柄な体格の明らかに他とはオーラが違う敵がゆっくりとこちらに向かって来ていた。
「骨のある奴はいねぇのか!」
「豪雲様、、かはっ」
その男、豪雲の足元で傷を負った兵がよろよろと立ちあがろうとしていた。
ズバーンッ、豪雲はその味方の兵を真っ二つに切り殺した。
それを見ていた滝達は唖然とした。
味方じゃないのかなんて野暮なことは口にしない。一瞬でこいつはイカれたサイコパス野郎だと確信したからだ。
「動けねぇ兵は邪魔だ、死んでる方がマシだ」
その光景に自然と皆後退りする。
皆で豪雲に刀を構えて取り囲むが豪雲はニヤッと笑ってみせる。
「おうおう、勇ましさだけはあるようだな。でも、顔に恐怖が出てるぞ。そんな腑抜け共に興味はない」
豪雲は両刃になっている大剣を肩から下ろすと高速で縦に振りかざす。
その瞬間、刀から赤い閃光が放たれ衝撃で皆が吹き飛ぶ。
その衝撃を地面に刀を突き刺して耐えた滝は改めて豪雲を見た。
今のは速すぎてわからなかったが、あの豪快な一振りから放たれた斬撃だろう。体格もだが身体を巡る妖気の量や濃さが他とは違う。
最近気づいたことだが、一人一人身体を巡る妖気に差があり、量はもちろん、色やその濃さ、性質にも違いがある。
これは俺の感覚だが、色が濃いとより強力な妖気なんだろう。サンズや滝も他の河童達よりも濃い。だが、その妖気のモヤは常に見えるわけではない、所々で戦闘中に見えることがある程度だ。でもこいつはさっきから常にそれが溢れ出ている。相当な強さに間違いないはずだ。
突然、豪雲の正面から斬撃が襲う。
豪雲は大剣で横にして斬撃を受け止めた。
「中々いい力だ、お前はそこそこやれそうだな」
豪雲の先にはモズが立っていた。
「お前もそれなりにできる奴って感じだな」
「いい度胸だ。田舎の河童如きが知らんだろうが、俺の名は豪雲、サイシ国指折りの武将だ。」
「ふっ、はははっへっへっ!」
モズは手で顔を覆って思わず吹き出した。
肩を揺らして笑っている。
「指折りかなにか知らないけど、俺は総大将しか興味はないんで。覚える気ないのに自己紹介するからさ笑っちまったよ」
豪雲はモズの挑発に簡単に乗り、正面から突っ込む。
モズは素早く飛び上がり豪雲の大剣を交わす。モズの斬撃が豪雲に飛び交う。モズの軽い身のこなしでの撹乱と攻撃、豪雲の力での押し技、激しい攻撃の応酬が始まった。
滝はその白熱する戦闘を呆然と眺めていた。
これが本当の戦闘なのか、、、。
アニメで見て来た魔法での戦いとは全く違う、刃と刃の斬り合い。すぐそこに死があるのがわかる。
周りを見れば辺りには敵の死体、そして味方である河童達の死体がそこらかしこに転がっている。
大量の生臭い血の匂いと咳き込むほどの砂ぼこりが充満している。
滝は息が詰まりそうになり思わず膝をついてしゃがみ込んだ。
吐き気ではなく、それ以前に呼吸ができない。先程の気持ちが軽くなった気分が嘘のように今は苦しい。
死がすぐ隣に転がっている。
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