第十四噺 喪失と獲得
ウサギの化け物を退治した俺は狸達から散々感謝をされ、
シバ衛門からは大将として弟子にして欲しいとまで言われたが、流石に断った。
自分でも今回自分自身になにが起こったのかわからないしな。
モズは俺にあの大きな斬撃のやり方を教えてくれとしつこく頼んできたが、もちろん何も知らない。
何か突然妖気みたいなものが漲ってくる感覚はあったような。
俺の傷は特に重症ではなくてよかった。
血を出し過ぎて不安だったけど思ったよりも全然軽傷で済んだようだ。
それにしてもあの感覚は一体何だったんだろうか。
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サンズは赤兎の死体を観察しながら何か考え込んでいるようだったが、滝の妖気にも疑問に感じているようだった。
サンズは滝たちのいないところで一人赤兎の死体を見ていた。
なぜこの妖怪があれほどまでの力を持っていたんだ、、
「これは、、」
赤兎の背中に呪印の札が貼られている。
サンズは札を剥がし取り、確認する。
やはり、ただのウサギではなかったか。
裏で誰かが糸を引いていたのか、或いは制御が効かなくなったのか。いずれにせよ、不穏な動きがあることには変わりないか、、
サンズは呪印の札を丸めて捨てた。
謎は多くあるが今はそれよりもサイシ国との戦さに備えねばな。おそらくこれはサイシとは関係なさそうだな、あったとしても今は戦さだ。変な心配ごとを持ち込むわけにはいかんな。
サンズは滝の体から先程の妖気が消えていくのを見ていた。
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シバ衛門達は丘の上から家屋の瓦礫に埋もれた自分達の村を眺めていた。
そこへサンズがやって来た。
「ひどいもんだな。」
「ああ、おいら達の村がこんなことに、、」
シバ衛門は拳を握りしめて俯く。
その表情を見たサンズが切り出す。
「これは提案だが、河童の里に来ないか?」
「え、おいら達が?」
急な提案にシバ衛門は驚いてサンズの顔を見る。
「住む場がこうなっては大変だろ。まだ小さい子狸達もいるしな。」
「それはすんげぇありがたいが、、、」
「なに、我らもタダでとは言わん。村長のお前だけに相談がある。」
シバ衛門はまた崩壊した村を見つめる。
そんなシバ衛門を見ながらサンズは話を進める。
「もうすぐこのあたりにサイシ国の軍勢が攻めてくる。」
「な、なんだって!?なんであの大国がここなんかを」
「、、経緯はよくわかってないが我が同盟国であるカントの国も今応援のため里に来ている。」
「じゃあ、本当に戦さになるんだな。」
「お前らの村も次期に呑まれるだろう。その前に俺らと一緒に戦わないか。」
「それが条件ってわけか。」
腕組みながらシバ衛門は考え込む。
「そうだ。うちの領主達には俺から掛け合っておく。もちろん無理にとは言わないが俺はお前らの力が必要だと思っている。今回の戦い、よく皆を守り抜いたな。」
「村はあのザマだがな。」
「俺はお前を信用している。だが、とりあえずは我が里に入って負傷者の手当てや休息が必要だろ。あとはまた明日にでも答えを聞かせてくれ。」
そうしてサンズとシバ衛門はその場に静かに座り込み、崩壊した村と下で泣きながら抱き合う狸達を眺めた。
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滝はアカデが変化したテントの中にいた。
「どうですか〜タンバ様。居心地いいですか、私の中は」
「その言い方は気持ち悪いな」
「なんでそんなこと言うんですか!」
アカデことテントが揺れながら、話しかける。
「でもありがとうございます、、タンバ様があのウサギを斬ってくれなければ私達もどうなっていたか。」
滝は仰向けに横になり自分の顔を腕で覆う。
「そんな、俺はなにも、」
考えることは多いが疲れた、今はただそれだけだ。
「失礼しますぜ」
シバ衛門がアカデテントの中に入ってくる。
「キャッ! シバ衛門様、急に私の中に入って来ないでくださいよ。今タンバ様の貸し切りなんですから!」
シバ衛門は寝ている滝の横に座った。
「ん?大将さんか」
寝たまま横を向くと元気のないシバ衛門がいる。
「やめてください、タンバの旦那。シバ衛門でいいです。」
「旦那なんて逆にやめてくれよ。」
滝も起き上がり恥ずかしがりながら否定する。
「あなたに我々は救ってもらった。」
「いや、あれはたまたまで」
「いやおいらは確かにこの目で見た。村の者達もタンバの旦那の勇姿をしかと見てます。」
そう言うと寝ている滝シバ衛門が頭を下げる。
こいつもこの村の大将として、こんな俺に感謝をしているのだろう。俺は本当にたまたまで、、一度は逃げようとしたのに、、。何だか心苦しい。
本当は一度村を皆んなを見捨てたことを告げて弁明したいが、俺も空気が読めないほど馬鹿じゃないのでやめておこう。
「本当にすごいよ、アカデもみんな本当に命懸けでこの村のために戦って、、
俺が戦えたのはそんなみんなを見て自分が恥ずかしくなったからで」
皆んなの頑張りを思い返すと余計に逃げようとした自分が恥ずかしくなってくる。
「おいら達ではあのウサギ野郎に勝てなかった、、村もこの有様で、、死んでいった奴らもいる、、」
シバ衛門の悔しそうな顔を見ればわかる。実質かなりの被害がこの村に出ている。俺もその立場だったなら、自分を責めていただろうと。
「それでもさ、こうして生き残っている奴もいる。みんなを庇うあんたもむちゃくちゃかっこよかったよ。身を挺して人参の攻撃から皆んなを救った。方や村のために命を投げ打って立ち向かった英雄がいた。むしろ俺はそんな男になってみたいな。流石兄弟だな」
「くっ、、、」
シバ衛門は大粒の涙を流しながら、声を殺して泣いていた。
テントも小刻みに震えている。
俺はたしかにあの化け物を斬った。でもなぜかその感謝が今の俺にはとても辛かった。
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程なくして、河童の里へ向かうため狸達は最低限の身支度を整えた。
俺はアカデの肩を借りながら、歩いた。
思ったより疲れているな。
アメとも顔を合わせたが、アメは「元気そうね」とだけ言った。
戦闘中は普通に会話をしていたが、逃げた時のことを思い出すとアメとはどこか気まずい。
サンズとモズを先頭に狸達の行列を作り、俺らが来た道を逆に歩いて行った。
森を抜けると赤い夕陽が俺達を照らした。
「もう時期日が沈むな。」
「これって元いた畑か!」
滝たちはアメ出会った畑まで戻って来ていた。
「ああ、俺らのキュウリや大根や芋がそこらかしこで育っている。」
よく見返してみると綺麗な畑がそこら一面に広がっている。
「おー、サンズ様いつもご苦労様です。何かあったんですか?」
畑を耕している河童達が声をかける。土まみれだ。
一日中畑で仕事をしていたのだろう。
「こいつらがここを一生懸命に耕してくれている。
きっと狸の里も皆が一から作り上げて、同じように暮らしていたんだろう。」
それを聞いてシバ衛門の悔しそうな顔が蘇る。
「あの化け物ウサギによって、それら全てがあっという間に奪われたんだ。あいつらもさぞかし悔しいだろうよ。」
狸達の村にも瓦礫でぐちゃぐちゃになった畑があったことは覚えている。
俺もよく知らないが、畑を耕して維持することは大変だとテレビで見たことがある。現実はテレビで見るよりもっと大変なんだろうと思う。
そうして俺らは狸一行を引き連れて、カッパドルキアに帰って来た。




