第十三噺 空腹
「ぎゅるるる」
またお腹が、、
こんな死ぬかもしれない時に腹は減るのか。
自分が情けない。
目の前では再び立ち上がるサンズが赤兎に刀を振るっている。モズは起き上がるが動けずいる。
後ろでは、狸やアメ達が絶望の目でそれを見ている。
ただ祈ることしかできない。たしかに今この場でこの状況を見ればそれ以外の選択肢はないだろう。
でも、俺は見てるだけで終わるのはもう嫌なんだよ。
「くそ、どうせやられるなら、、ここで殺されるくらいなら俺だって1匹仕留めたんだ! やってやらぁ!!」
どうせなら、足掻いて死んでやる!!
惨めに死を待つことなんてしてやるか。
俺は刀を握りしめて恐怖に震えながら赤兎の元へ走った。
少し気分が悪い、これは最初に妖気を感じた時と同じ感覚だ。身体が痺れる感覚。
そうか、辺りにこの戦いで皆んなが流した妖気が漂っているせいか。
俺には妖気が合わないからか? でも今はそんなことは言ってられない。
「おらっ!! なんか出ろ、俺の刀!!」
思いっきり刀を振り上げて赤兎に斬りかかった。
「よせっ、お前には!」
サンズの制止が聞こえたがもう止まらない。
赤兎も俺に気づいて腕をこちらに振り挙げて殴ろうとしている。
少しでも、せめて腕に傷を負わせるだけでもしてやる。
滝は全力で力を込めて刀を振り下ろした。
目を閉じて思い切って振り下ろしたその刀に何か感触がした。勿論自分の刀では擦り傷しか与えられないことは剛力兎の戦闘でよくわかっている。ましてやその親玉だから尚更だ。
でもなぜ刀に斬りつける感触がある。
恐る恐る目を開けてみる。
、、、あれ?
目の前には、赤兎の腕が落ちている。
俺が斬ったのか、、たしかに感触はあったが剛力兎の腕すらかすり傷程度しか負わせることができなかったのに、、どうして? 辺りを見渡すが勿論俺しか刀を振り下ろしていない。
腕を斬られた赤兎は怒り、耳をつん裂くような声で咆哮する。
「構えろ! 来るぞ!」
サンズの声で刀を構えて攻撃に備える。
今のは一体なにが起こったんだ、状況から察するに俺が切り落としたとしか思えない。なんだかやれるような気がする。
赤兎の蹴りが右上から襲う。
「くそがっ!!」
脚目掛けてさっきと同様に思いっきり力を込めて刀を振り降ろす。
ズバッ
赤兎の脚が切れて宙を舞う。
切れた?
俺の攻撃で、、マグレじゃない2度も切り落とせた! この目で確認したんだ!
やったぞ、、俺も戦えるぞ、、
これでもう逃げなくてもいい、俺は逃げなくていい!!
片脚を切断され赤兎は足から血飛沫を上げながら倒れ込む。
「おい、タキ! お前どうしたんだ。」
「俺にも全く、今俺が切ったんだよな?」
俺は自分の刀を見た。刀は黒いモヤに覆われている。
「これって、、」
「妖気だ、お前は今妖気を纏っている。」
滝の刀を見てサンズが教えてくれる。
「え、うそ!? だって俺妖気なんてないって、、」
「ああ、お前に妖気なんてない、、」
サンズはその赤兎と同じ黒い妖気に覆われた滝の刀と何よりもそれを纏っている滝の身体を不思議そうに見つめる。
信じられないな、タキの身体に周囲の充満した妖気が流れ込んでいる。何なんだこれは、、、。
赤兎は足から血を垂れ流しながら羽を広げて空中に飛んだ。
空中からの攻撃か、、嫌な予感しかしない。
「タキ、お前斬撃を撃て。」
「え、俺が? 無理だろ、お前やられ過ぎておかしくなったのか?」
「いいから撃て! 俺らの真似でもいい。力を込めて、その力を刀に通してその先に放つ感覚だ、やってみろ。じゃなきゃ次で皆んな死ぬぞ。お前があの攻撃を止めろ。」
サンズは刀をスッと下ろすと真剣な眼差しで滝を見つめる。
完全に俺の一撃に賭けてるのか。こんな俺の可能性に?
見つめ合ったサンズは滝の不安そうな目に訴えかける。
「わ、わかったよ、、やってみる。」
もうどうにでもなれ、何で急にそんなこと言うのかわからないけど死ぬかやるかならやるしかないだろ。
空中には血を流す赤兎が咆哮している。
そして、また夥数の印が浮かび上がる。
「みんなお願い、タキお願い。」
アメが心配そうに祈りを捧げる。
今はもうその僅かな希望にかけるしかない。
「タンバ様〜。」
狸達が傷だらけの中希望の眼差しで滝に祈る。
俺が見上げる空には真っ赤な毛をしたウサギの化け物。
正直、怖い。
でも、やるしかない。
なんだよくわからないが、刀にできるだけ力を込めてやる。
これであってるのか。
「込もれ込もれ〜集中〜集中〜」
目を閉じて集中してみよう。
身体の中から今まで感じたことない何かを感じる。
これが妖気なのか。
全身に流れているのを感じる。一部は外に出ていくような気もする。身体が痺れる感覚、静電気がバチバチしているよつな不思議な感覚。間違いないこれが妖気なんだろう。
へその辺りから巡っているような、、この流れているものを手に集中させる。そして、それを刀に流し込めていく気持ちで、、
「今だ、やれ!」
サンズの言葉と共に刀を空中目掛けて振りかざす。
あ、攻撃の名前決めてない!
勢いだ、
「たあぁぁぁぁ斬撃っ!!」
ゴリラに育てられたような名前になってしまったが今はどうでもいい。
自分でもびっくりする風圧と共に、刀から解き放った黒い斬撃が空中の赤兎に向かって真っ直ぐに飛んで行く。
「デカい、、」
サンズが思わず口に出した言葉通り、村を覆うほどの巨大な斬撃だった。
その斬撃は空中の印ごと、赤兎の体を横真っ二つに斬り裂いた。斬撃はそのまま天の黒い雲の中に消えていく。
赤兎の上半身と下半身が鮮やかな赤い血と共に地面に落ちてくる。
やったのか、死なずに済んだのか、、
上から降ってくる血の雨を浴びながら俺はまた力が抜けて地に膝をついた。
「や、やったぞーー!」
狸達から一斉に歓声が湧き起こる。
残っていた数匹の剛力兎もこの光景を見て山に逃げていく。
「よくやったな。」
サンズが刀を腰に戻しながら倒れ込む俺に声をかける。
腰に刀が戻されるのを見て改めて終わったのだと安堵した。
「サンズ、、これは本当に俺がやっのか?」
「ああ、よくわからないだろうがお前がやったんだ。」
「でも何でこんなことできたんだ、、」
「お前には妖気はない、でもこの戦いで周囲に充満していた妖気がお前の体に集まっていた。というよりもお前が妖気を自分で吸収していたように見えた、、なにか体調に変化はないか?」
「そう言えば、あれ? 空腹が治ったような感覚はある。ずっと腹が減ってて、ずっと腹が鳴ってたのに突然満たされていくような、、」
「空腹か、、んー、、」
サンズはクチバシに手をやり何やら考えている。
お腹が空くのも無理はないだろ。なにせ俺は朝から何も食べてなくて今日は人生で1番体力を消耗したんだ。
「すげぇぜ、タンバ!」
フラフラのモズが声をかけて近づくいくる。
「流石、俺のダチだな。」
「お前こそ、大丈夫なのか? ふらふらだぞ、、ってあれ?」
急に俺の視界はぐるぐる回って暗くなっていく。よろけて倒れた俺を傷だらけのモズの肩が受け止める
「血の出し過ぎだ、相棒」
どうやら妖気を吸収しても食べ物を食べていないので、妖気は漲るが妖気が無くなるとすぐに気分が悪くらしい。
こうして滝は、よくわからないまま初めて妖気というもので化け狸の村の危機を救ったのだった。




