第十噺 逃げ
明らかに強そうな赤色のウサギを目の前に皆が騒つく。
吹き飛ばされたシバ衛門は元の狸の姿に戻っている。
「お前ら、雑魚から片付けろ。女子供の所には行かすんじゃねぇぞ。」
皆、シバ衛門の言葉で目の前のウサギを相手に戦闘に戻る。
「出てきやがったな、赤兎野郎。おいらが相手だ、こいっ!」
赤兎は雄叫びを上げながら空中に高く跳ねた。
シバ衛門目掛けて上空から重い蹴りが襲う。
シバ衛門は鳥に化けてこれを回避する。
「何度も喰らうかってんだ。」
そして、今度はシバ衛門が上空で大仏の石像に化けてそのまま上から加速をつけて叩きつける。
そのまま今度は狸のまま巨大化し、
「大金玉袋!」
どでかい金玉袋を振り回して吹っ飛ばす。
赤兎は体制を整えて、巨大化したシバ衛門に体当たりする。そこからお腹に4本の腕で拳の連打を入れる。
シバ衛門は元の姿にもどり、横たわる。
「大将っ! しっかりしてください。」
仲間が駆け寄るが気を失っている。
「タンバ様、早く手を貸してください!」
滝の横でアカデが嘆願する。
「あ、ああ、、」
滝はあまりの衝撃で言葉が出ない。
俺があれをどうできるって言うんだ。
横たわるシバ衛門を見て、父親の死がフラッシュバックする。
死にたくない、こんなところで死にたくない。
「タンバ様!」
滝は俯いたまま、「ごめん」
と呟いて、逆の方向へ走る。
ーーーーー
ごめん、皆んな。
俺には何の力もない。何にもできないんだ。
もうこんな世界嫌だ。
何でこんな思いしないといけないんだ。
死にたくない。あんなに冷たく動かなくなるなんて怖すぎる。
木の根っこに躓き転ぶ。
冷や汗が止まらない。身体は震えている。無論武者が震いではない。
くそっ、俺は最低だ。クズだ。
でも生きる延びるためにはあんなことできない。
自分の手を見ると震えている。その手を脇に挟んで震えを抑え込む。
目を閉じるとあの冷たく固くなった父の姿が蘇る。
ふと、アカデのあの嬉しそうな顔を思い出す。
「くそっ、」
拳を握り締める。
後ろを振り返るとまだ凄まじい音が聞こえる。
まだ戦っているんだ。皆んな死ぬかもしれないのに。
「何で逃げないんだよ。何でだよっ!」
地面を叩く。
ガチャッ、
腰についた刀に目をやる。
そして、父の言葉を思い出す。
『いいか、滝。お前はいつか母さんと蓮を守って行くんだぞ。』
『でも、母さんは父さんが守るんでしょ?蓮は俺より大きくなるかもよ?』
『ははっ、そうだな。それは父さんが守る。だったらお前はいつか自分の大切なものを父さんみたいに守るんだ。約束なっ。』
『どうやって守るの?』
『んーそうだなぁ、まずは覚悟を決めることだな。』
『覚悟ってなんか怖いな』
『そうだな、覚悟は怖いな。でもな逃げるとさらに怖くなるんだ。何かもっと大切なものを失いそうで、、』
滝はよろよろと立ち上がり、一歩ずつ戻っていく。
「覚悟か、父さん。結局死んじまったらしょうがないだろ。
でも確かにそうだな、怖いなほんと、でも怖いからこそ行ってくるよ、父さん。」
ーーーーー
村に戻ると、村の原型は無くなっていた。
「何があったんだ。」
足を怪我したアメが歩いているのが見えた。
「アメー!」
アメは足を引きづっている。
「大丈夫かアメ、やれたのか?」
アメに肩を貸そうとしたが、アメがその手を払い除ける。
「何で逃げたの。最低ねあんた。」
アメの目はとても冷たかった。
滝は昔の記憶を思い出した。
小学生のころクラスメイトに暴力的な男子生徒がいた。
彼は小さい頃から空手を習っていて力も強く、他の子は逆らわない。言わば餓鬼大将だった。
ある時俺のの親友の男の子とボールで遊んでいると、
その餓鬼大将が来てボールを横取りした。
親友が返すように言うと暴力を振るわれた。
俺は何もできずにその子にボールを譲った。
それからしばらくして親友はクラスで餓鬼大将たちからいじめられるようになった。
目の前で殴られて泣いている親友を見ながら、何もできず見て見ぬふりをした。殴られるのが怖かった。自分がああなるんじゃないかと思うと何も言えず動けなかった。
その時女の子が俺に、
「弱いんだね、滝君。」
と冷たい目で言われた。
今、その記憶が蘇った。
俺はまた逃げたんだ。あの時とガキの頃と何も変わってないじゃないか。後悔をしたくないから現実から逃げてきた。なのに今すごい後悔が押し寄せてくる。
アメの目を見て自分が恥ずかしくなる。
「俺は、、」
「怖くなって逃げたんでしょ? 皆んな戦ったのに。」
滝は恐る恐る周囲を見渡す。
血だらけの狸達が横たわっている。
滝の目に1匹の狸が止まる。
「アカデ、、アカデ!!」
駆け寄るが血を流して倒れている。
まだ息はしているようだ。
「お前も戦ったのか、こんな死ぬかもしれないのに、、
何で、何で逃げないんだよっ!」
アカデは朦朧としながら目を開ける。
「た、んば、さま、、待っていました。ようやくきてくれたのですね、準備されてた、、のですか? ゲホッ」
アカデは笑えを浮かべながら滝の顔を血で濡れた手で摩る。
アカデの柔らかい毛並みの手が滝の頬から温もりを感じさせる。
「こんなになっても、俺を信じてるのか、、」
滝は悔しさで唇を噛む。血が顎を伝って溢れる。
「あんた、何もしないならどっかに行ってよ。皆んな命かけてんの。自分達の大切なのものを守るために命かけてんのよ。」
アメの言葉が入ってくる。
「口だけ調子のいいこと言って、見捨てて逃げるんでしょ。私、そんな奴が1番嫌いだから、どっか行ってよ!」
物陰から剛力兎が現れる。
アメは後退りするが、この身体では逃げることもできない。
剛力兎の拳がアメ目掛けて放たれる。
ゴンッ!
滝が刀で拳を受け止める。
「もう嫌なんだよ、こんな気持ちになるのは。」
滝の後ろ姿は悲壮感に溢れていた。
「もう嫌なんだよ。」
もう一撃拳が繰り出される。
滝がアメを抱えて回避する。
「逃げないんだ?」
滝はそっとアメを地面に降ろし、刀を強く握り直す。
「クソがぁああ!!」
剛力兎に斬りかかる。刃は腕に傷を負わせる。
「ゴワアァァァ!」
剛力兎が怒りで吠える。そこから拳の乱打が続く。
滝もギリギリで交わしながら刀で小傷を負わせていく。
よろけながら、転けながら、何度も刀で大してダメージを負わせているかも分からないがただひたすらに向かっていく。
「おらぁぁあ!」
惨めでもいい。情けなくてもいい。かっこ悪くてもいい。
ここで向かって行くことを止めたら、もう二度と自分は戻って来れないと思う。
だから俺は逃げない!
強烈な一撃をまともに受けてしまう。
その衝撃で瓦礫の中へ突っ込む。
「タキ!」
アメは心配そうに瓦礫の山に走っていく。
瓦礫の中から滝が出てくる。
頭から血が流れ落ちて左目が見えない。
「タキ、、大丈夫なの?」
滝は何も答えない。だが、右目は鋭い眼光で敵を睨みつけている。
「わかったから、そんな無茶しなくてもここは一旦退いてまた、」
「嫌だ!」
「嫌だって、このままじゃあんたもやられちゃうわよ。」
「嫌だ。今逃げるのだけは絶対に嫌だ。とっくに逃げ回って来た。俺は今が踏ん張り所なんだ。」
アメは呆れて滝をみていたが、今の滝からは一度逃げたとは思えない強い意志を感じた。
落ちていた刀を拾ってそのまま剛力兎に向かって行く。
「どらぁあっ!」
刀を振り回す。刀の振り方なんてものは知らない。
今滝を動かしているのは、このウサギではない。
アメの言葉でもない。狸達の仕返しでもない、
訳もわからない悔しさと怒りだった。
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