第九噺 ウサギ
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ウサギということだから、怪力と言っても何とか行けそうだ。
この世界に来て、里でウサギを見たことがあるが元の世界と変わらない普通のウサギだった。
それが怪力か、まあ大丈夫だろう。
「あー、なんか自分で言っててフラグに思えて来たー」
「どうされたんですか? タンバ様」
アカデが不思議そうに訊ねる。
「いや、こっちの話だ。」
滝は村に向かいながらこれから来る危険について想像しては自分を落ち着かせていた。
ちなみにアカデは俺らを運んでくれるために、馬の姿に化けている。もちろん耳と尻尾は狸が残る。
おかげで俺とアメは楽ちんで移動中。
「あの子達ちゃんと帰ってくれてよかったわね。」
「ああ、ブーブー言ってたけど何とか分かってくれたな。」
子供達は一緒にウサギ退治に来たがっていたが危なそうなのでついてこないように説得した。
「ここです。」
着いたところは山々の谷間にある小さな村だった。
一見平和そうな村だが、家が壊されている。
ウサギの襲撃か。
「みんなー! サムライ様を連れて来ました!」
「サムライ!? いや俺は」
「いいじゃない、ウサギを倒せばいいんだから。困ってるんだから今はそういうことで。」
アメに説得されて、サムライであることにした。
「おお、サムライ様。ありがとうございます。」
アカデと同じ狸達がゾロゾロとやってくる。
本当に化け狸の村だな。
服を着た狸たちがやはりアカデと同じ二足歩行。
この狸たちもどう見ても妖怪だ。
「有難い、助かります。」
1匹のオス狸が近づいて来た。
「こちらはここの村の大将狸のシバ衛門です。」
アカデに紹介してもらったのでこちらも挨拶する。
他の狸と少し雰囲気が違って貫禄がある。
大将だからこの村を束ねているリーダーか。
にしても、身体にはいくつもの傷がある。古い傷のようだ。
おそらく色んな戦闘をしてきたのだろう。身体付きもガッチリしている。
「おいら達もあいつらを追っ払ってやるんだが、しつこくて。しかもウサギの親玉がなかなか厄介な奴なもんで。」
ウサギの狸の戦いに少し興味があるが、俺も分別がある高校生だ。悲惨な村の光景からするにかなり困っていると思いそこは聞かないでおこう。
「俺はウサギが来たら追っ払えばいいのか?」
「おお、頼もしいね! 流石はサムライだ。」
強者のような発言をしたことを後悔しながら滝は苦笑いを浮かべる。
実際の戦闘はやったことがないんだぞ、まあでもウサギぐらい俺でもどうにかなるかもな。
こっちにはツナの相撲の稽古やモズに教えてもらった剣技で少しは強くなった、、はずだ。
他の狸達も俺を見て希望に溢れている。
よし、ここは一つかましとくか。
滝は慕う狸達を見渡しながら、その場にあった岩の上によじ登って宣言する。
「俺がウサギ如き、蹴散らしてくれるわ!」
「おおー!」
狸達から喝采が湧き上がる。
「ねぇ、ちょっと調子乗りすぎじゃない?」
アメが見かねて心配する。
「ウサギだろ? 刀振り回せば逃げてくだろ。」
「あんたなかなかの自信家ね。」
アメは滝がアカデの鬼熊姿に怯んでいたことを思い出して心配するが滝の楽観的な考えに呆れて頭を抱える。
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「では、まずはこちらで作戦でも考えながら休息してくだされ。」
シバ衛門に家の中に招かれた。
この村の建物は簡易的な木の造りだ。河童の里とは違い高い技術力は感じられない。
村を壊されたりしているせいなのか。
滝は家を見渡してみると、やはり外壁には所々隙間が空いている。
アメも滝と家の中へ入ってきて、腰を下ろす。
「あーー! 疲れたー!」
家の中からメスの狸が出てきて挨拶する。
「おいらの女房ですわ。」
「あ、こりゃどうも。」
シバ衛門の女房に滝とアメはとりあえず頭を下げる。
「おい、サムライ様達に何か出してやってくれ。」
そういうと女房はよく焼いた何かの肉を出してくれた。
えっと、これは何の肉だ?
ちらっとシバ衛門の女房を見る。
フサフサの尻尾、どう見ても狸だ。そんな狸達の食事、、。
変なものじゃないよな。
ゴクリッと生唾を飲み込んで恐る恐る肉にかじりつく。
ん? 美味い!!
「美味しい!! これ美味いですよ!」
「あらよかった、お口に合って。」
女房は嬉しそうに微笑む。
アメも美味しいと肉にかぶりついている。
そもそもこいつは腹が減っていたんだったな。
すると女房がまた新しい食材を運んで来た。
アメは口いっぱいに肉を頬張りながらその食材を覗き込む。
それは桃や葡萄だった。なんとも美味しそうで大きい。
これはスーパーで買えばそこそこの値段が付けられているであろうというぐらい立派だ。
肉を食べ終えて果物を食べていると、突然家の扉が勢いよく開いた。
「何事だ!」
シバ衛門が慌てるが、そこには息を切らして木の槍を持ったアカデがいた。
「なんだまた稽古してたのか。お前も休んで一緒にメシを食え。」
シバ衛門はアカデに呆れながら、果物を差し出す。
しかしアカデはシバ衛門の手を押し返す。
「大丈夫です、、はぁはぁ、まだ稽古を続けるので。もし何か作戦とかあれば教えていただこうと思いまして。」
かなり疲れているようだ。
「アカデ、あなたも休んだら? なんだか相当疲れてない?」
アメは桃を頬張りながら宥めている。
どんだけ食い意地を張ってるだこの女は。滝もそうは思いながらもアカデのやる気満々の姿勢に少し違和感を感じていた。
シバ衛門は後で話し合うつもりだとアカデに告げるとアカデは納得して、また家を出て稽古に戻っていった。
「すんませんな、あいつはちょっとウサギの事となると。」
それは一体どういうことなのか。
「それは、」
「それは一体どういうことなの?」
滝が聞く前にアメが食べ物を頬張りながら質問する。
シバ衛門は頭を掻いて答えにくそうにしている。
女房と目を合わせてなにやら確認し合っている。
やっとシバ衛門の口が開いた。
「あの、こんなこと言うと不安を煽るようですが、どのみちお伝えしねぇといけないことですんでお話します。」
滝とアメはお互い目を合わせて、不思議そうにシバ衛門の話を聞き始める。
「あの子親についての話です。」
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ここ妖狸の村は穏やかな生活が営まれていた。
木や藁で造られた建物が建ち並ぶ横には見事な果物畑が広がっている。
村には小さな子狸達も楽しそうに虫を追いかけて遊んでいる光景がのどかさを感じさせていた。
裏の山からシバ衛門達が狩りを終えて獲物を仕留めて帰って来た。
「お帰り!」
みんなの出迎えの中、仕留めた獲物を下ろしていく。
「こりゃ立派な猪だな。流石はシバ衛門とダダ衛門だ。」
シバ衛門とダダ衛門が見つめ合って誇らしそうな顔をする。
2人は兄弟だった。兄のシバ衛門と弟のダダ衛門はこの村を父から受け継いで2人で引っ張ってきた。
「お父ちゃんっ!」
狩りから戻ったダダ衛門に飛びついてくる子狸がいた。
「おお帰ったぞ、アカデ。」
ダダ衛門が幸せそうに抱き上げているのは幼いアカデだ。
彼女は真っ直ぐに父を慕っていた。
「お帰りなさいあなた。」
ダダ衛門と抱き合う妻のメス狸、カエデ。カエデとダダ衛門は2人とも村のためには欠かせない存在だった。
カエデは村のメス達をまとめる役割として皆から慕われていた。時には狩りに出かけることもあった。
その辺のオスよりもよっぽど腕の立つ戦士だった。
そんな2人を見てアカデにとっても尊敬する自慢の両親だった。
それから月日は流れ今から一年前のある日、突如としてその平和が崩れ去った。
「敵襲だーーーーっ!」
静かな夜に危険を知らせる恐怖の声が響き渡る。
シバ衛門とダダ衛門、カエデや大きくなったアカデ達も敵に立ち向かっていった。
そこには白い体のウサギがいた。その妖怪に対処すべく戦って勝利を納めるものの、それから数日おきにウサギの襲撃が繰り返されていた。
シバ衛門夫婦とダダ衛門夫婦はウサギについて頭を悩ましていた。
「シバ、一体あのウサギはなんなんだ?」
「おいらも知らねぇな、あんな化け物聞いたこともない。」
「そうか、だが奴らはキリがないな。奴らの巣を抑えるしかないだろう。」
ダダ衛門の提案にシバ衛門は腕組みをしてさらに悩み込む。
「でもよ、奴らの巣を抑えるとしても奴らの数がわからねぇ以上迂闊には攻められねぇぞ。」
「大丈夫、この何回かの戦闘で奴らには特に理性はなかったただの妖怪よ。」
カエデは夫のダダ衛門の意見に賛同した姿勢だ。
シバ衛門はこれ以上ウサギの襲撃が長引けば防衛をするばかりでいつまで続くのか検討がつかず早期解決すべきだとわかっていた。だがやはり、危険だとわかっている作戦に長としてすぐに答えを出せなかった。
痺れを切らしたようにダダ衛門が新しい案を提示する。
「兄者の気持ちは理解しているつもりだ。だから俺から提案がある。」
シバ衛門は嫌な予感がしながらもダダ衛門の発言に耳を傾ける。
「数人で巣穴の調査に向かってまずは奴らの実態を調査するべきだ。奇襲をする前に当然のことだ。」
「いやでもよ、その調査事態があやつらにとって刺激になってみろ、ましてや巣穴だぞ? ただでさえわんさか出てきやがるのに群れで囲まれたら一貫の終わりだぞ。」
「危険な任務だとはわかってら、だから、、俺が見てくる。」
ダダ衛門は真っ直ぐな瞳でシバ衛門を見つめる。
その瞳を見てシバ衛門もダダ衛門の皆を守りたい意志を強く感じて、否定したいがそれ以上言葉が出ない。
「ダメよ! 1人では危険すぎる。私も行くわ」
カエデが立ち上がって2人に進言する。
勿論ダダ衛門はカエデを宥めるもカエデの意思は強い。
「落ち着け、お前の気持ちはわかるがアカデはどうするんだ!」
カエデは肩に置かれたダダ衛門の手を取ると微笑んで答えた。
「大丈夫。あの子は強い子よ。もし万が一のことがあったとしてもあの子はやっていける、私は信じてる。昔あなた言ったじゃない、何があっても私たちは共に歩むんでしょ? それにあの子のためにも何としても成功させないと。」
ダダ衛門は微笑む彼女を見て声を押し殺して泣くことしかできなかった。
そんなダダ衛門をカエデは優しく抱きしめて頭を撫でる。
シバ衛門はそんな2人を見ながら涙の一雫を流して笑った。「おいおい、どっちがオスかわかんねぇな。わかった、だがその仕事は俺が行かせてもらうぜ。」
立ちあがろうとするシバ衛門の肩を強く押し付けてダダ衛門が首を横に振る。
「兄者はこの村に必要だ。もしものことがあった時誰がこの村をまとめてやつらと戦うんだ。安心しろ、俺らが必ず良い情報を持って帰るからよ。」
そうして、夜のうちにダダ衛門夫婦はウサギの巣穴を探しに旅立った。
アカデがそれを知ったのは翌朝目を覚ましてからだった。
シバ衛門は言いにくそうに事の次第をアカデに伝えた。アカデに責め立てられるのは覚悟の上だった。
だがアカデは責め立てるどころか、
「母ちゃんと父ちゃんらしいです。」と呆気ない返事をした。顔はこちらに見せないが小さな背中ご小刻みに震えているのを見てシバ衛門は唇を噛み締めて、「すまねぇ、、」と口にした。
それから何回も夜が来ては朝が来た。
アカデは父の武器と同じ槍を振り翳しては村の戦士たちと訓練を重ねて帰りを待った。
そんなアカデを影から見ていたシバ衛門も帰りを待ち望んでは眠れぬ夜を送っていた。
10日目の朝、アカデは一報で飛び起きた。
皆が群がる中で出血をして倒れているカエデがいた。
アカデはすぐに母の元にかけよりその傷だらけの身体を抱きしめた。
カエデは潰れた片目から涙を流しながらアカデの頬を優しく撫で下ろす。
「ごめんね、」
「聞きたくないです!! そんな言葉は聞きたくないです。母ちゃん達は立派にやられました! だからそんな言葉いりません!」
大粒の涙をボトボトと垂らしてアカデは強い眼差しでカエデを見つめる。
「ありがとう。」
そこへシバ衛門が急いで掛けてくる。
「お兄様、奴らは100近くの群れ巣穴にいました。ダダ衛門と私は奴らに見つかってしまい戦いましたが、ゲホッ」
か細い声を絞り出すカエデの口から吐血した血がアカデの腕に飛び散る。アカデは震えながら必死でカエデ手を握りしめる。
「ダダ衛門は私を逃すため群れの中へ、、私も追手からどうにか、、、奴らは只の群れではありません、奴らには群れを指揮するウサギがいました。奴は危険過ぎます。またここに攻めてくるでしょう。策を練って援軍を呼ぶべきです、ゲホッ」
「わかった、、わかったぞ!! ありがとな、お前ら、、」
目に涙を溜めてシバ衛門はお礼を伝えるとすぐに手当てを指示したが、カエデはアカデに耳打ちするとそのまま息を引き取った。
村の皆が2人の死に嘆き悲しみ、これからどうするのか絶望に喘いでいた。
だが、アカデはそれからすぐに立ち直り、毎日今まで以上に稽古に没頭した。
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滝とアメはその話を聞いて、アカデの気持ちを察すると何と言っていいのかわからず言葉が出てこなかった。
「あいつはあれから両親に成り代わってこの村を守るんだと息巻いているんですよ。」
シバ衛門も悔しそうに拳を握りしめる。
滝はふと思い出した。アカデに会った時彼女はボロボロになっていた。
「なあ、何でアカデはあんなボロボロになっていたんだ。見たところ昨日奇襲されたわけでもなさそうなのに。」
シバ衛門はまた言いにくそうに答えた。
「実はあれからアカデのやつ、1人で山に入ってウサギどもの巣穴を探してましてね、それで色んな危険な目に遭ってはああやって傷だらけで帰ってくるんですよ。」
「巣穴の場所は聞いてなかったの?」
アメが続けて質問する。シバ衛門は頭を掻きながら不思議そうに答える。
「巣穴の場所はカエデから聞いて後で何人か向かったんですがどういう訳かもぬけの殻で、おそらくダダ衛門達が来たんで巣穴を変えたのではないかと」
どうしてだ、妖怪は知性があまりないと言っていたがそんなことするのか? それともウサギどもを束ねるボスウサギがそこまで知性を?
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みんなで対抗策を練っていると、村の端で大きな音がした。
「またウサギが来たみたいだな」
シバ衛門がそう言うと、他の狸達も顔つきが引き締まる。
「みんな、今日はサムライのタンバ様がおられる! だが雑魚ウサギどもはおいら達が相手だ。いいか、今日こそあいつらを叩き潰すぞ!」
なんかすごい気合いだな。
俺も少し身震いして来た。
「よし、みんなでウサギどもの群れを叩き潰すぞ!!」
なかなかの指揮の昂ぶりだ。まあウサギ如き河童相撲と鍛えられた剣で倒せるだろう。
「あんたそんなに強いの?」
「戦ったことなんてないけど、ウサギぐらいなら」
「え、待って、嘘でしょ!」
「なんだよ、そんなに大声で。」
「馬鹿なの!? ウサギってその辺にいるウサギじゃないのよ! 剛力兎なのよ!」
「なに? ワント? 有名なのか?」
「怪力のウサギよ」
怪力、、? なんだよそれ肉食のウサギみたいな感じじゃないのか、怪力ってなんだよ。
物凄い音がした。
どうやら戦いが始まったみたいだ。
俺も近くに行ってみよう、一体どんな戦いなのか。
そこには、身長160センチほどのゴリゴリの体格をしたゴリラみたいなウサギがいた。
「ちょっとタイム。集合!」
俺はすぐさま、アメに駆け寄った。
「なにあれ!? ウサギなのか?」
「あれが剛力兎よ。どー、自分が調子に乗ってたってわかった?」
身体の震えが止まらない。
「まあ、サムライ様ならチャチャっと追っ払うんでしょ。」
アメが馬鹿にして煽る。
「無理だろ! どうすんだよあんな化け物!」
シバ衛門が化け物ウサギに突っ込む。
「くそウサギやろうが。金玉袋!」
シバ衛門の股からデカい金玉袋だ現れ、それをウサギに叩き落とした。
ウサギは地面にめり込む。
「雑魚が。」
ええーー、狸チョー強っ!
「え、これ俺いる?」
「強いわね、こんなに強いのに助けなんているのかしら」
「これなら俺が出るまでもなく終わりそうだな。」
少しホッとする。
しかし、化け物ウサギは次から次に現れる。
狸達も応戦しているが、数で押されて苦戦している。
「金玉袋!」
次々とウサギを殴り潰す狸達。
ウサギも負けずと力任せにその怪力で家を壊して投げつけたり、狸達を殴りつけている。
シバ衛門は木の葉を頭に乗せると煙を巻き、巨大な土佐犬になった。
何とも強そうだ。
そして、土佐犬の姿でウサギ達を咥えて投げ飛ばす。
土佐犬の大暴れによってウサギ達深傷を負っていく。
「いいぞ、シバ衛門! いくぞ大将に続け!」
周りの狸達も犬や武士の姿、色んな姿になって戦いだす。
そんな色んな化け姿を見ていると滝はワクワクした。
ドスンッ!
土佐犬のシバ衛門が平たい木の棒で顔を叩かれ吹き飛ぶ。
「でやがった、、」
狸達がじりじりと後退りをする。
そこには、腕が左右二本ずつある赤色のウサギがいた。
どう見ても別格だ。
手には木の棒を左右一本ずつ持っている。




