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和の国異世界御伽噺〜妖気漂う異世界ファンタジー戦記〜  作者: 臣 治
第一章 伝説の始まり
1/26

プロローグ 戦さの神と呼ばれし男

初めての作品です。


少しでも読んでいただきたいです。


よろしくお願いします。

いつからだろうか。

この異世界に来て俺はいつからこんなにやるべき事ができたのだろうか。

まさに今もやるべき事やっている。

ドンドンッ!

「おい、いつまで入ってんだ!」

誰かが扉を叩いて俺を呼んでいる。そう今まさに大便というやるべき事の真っ最中だ。

もう少しで大便様のお顔を拝見できるところまで頑張っているのに。

「静かにウンコぐらいさせろよ。出るもんも引っ込むだろうが」

俺は緊張するとよくお腹が痛くなる。

と言ってもとある事情で満腹になるほど食事はしていないが。

「早くしろっ、お前に伝えたいこともある。」

「そんなこと言ってもよ、出たらな。」

この洋式便座を作って正解だったな。昔は和式便座しかなくて、なんならトイレと呼べる物すらなくて困ったもんだ。

俺のどうしても快適なトイレが欲しいという夢が叶えられた。

ウォシュレットは簡易的だがポンプ式で足で踏むことによりチューブの先から水が放出され優しくお尻を洗い流してくれる。

意外と力加減ができるのでポンプ式もありだと思う。

と、そんなことより今はやるべきことがあるんだった。

お尻も快適になったし、俺は扉を開ける。

扉を開けると燦々と輝く太陽の光が眩しく視界に飛び込んでくる。

トイレに電気が無いせいで光が眩しく感じる。

「やっと出てきたか。ったく緊張感のない奴だな。」

俺の横に立っている鎧を纏い眼帯をした河童(かっぱ)が呆れたように首を傾げている。

そして、河童は扉を開けるとトイレに入った。

「おいっ! お前もすんじゃねぇかっ! ちゃんと撒き散らすなよ!」

「てめぇこそ水散らしやがって汚ねぇ。」

こいつとは色々あって今日までの仲になった。照れくさいが親友と呼ぶような存在なのかもしれない。

河童はトイレが出てくると何事もなかったかのように話を続ける。

「今各地で敵軍と交戦している。状況は悪くないが、敵の力がどれほどのものかわからんからな。」

察しの通り、今俺らは戦さをしている真っ只中のトイレだったわけだ。

俺は戦さのため小高い丘に陣を敷いている。ここから各部隊に伝達を行い戦況を見定めている。

それにしてもここからの眺めはあまり良くない。ここオクタ平野は枯れた大地であり、戦さ場には見通しがよく障害ないが景色としては殺風景だ。さらにあちこちで煙が上がっている。


「お伝えしますっ!」

歩兵が泥に塗れ慌てた様子で駆けてきた。

「どうした?」

「敵本軍の戦闘を開始、その本軍の敵将に我が軍は劣勢、押されております!」

河童はクチバシを撫でながら考え込んでいる。

「敵の武力はいかほどだ。」

「はっ、敵将の持ち合わせる妖気は多く武力もかなり高いかと。」

「では、お前が行ってくるのがいいだろう、いや、間違えました。」

河童は改まって俺に跪く。

「親方様、自ら敵軍に行かれるのがよろしいかと。」

「わかった、俺が行ってくる。三頭馬(みつとば)をここに。」

「親方様、こちらに」

兵士が手綱を引いて馬がやってくる。

馬の体は1つになのだが頭は3つあり、図体も普通の馬よりも大きい。妖怪の馬、妖馬(ようば)だ。

俺はこの三頭馬(みつとば)に飛び乗ると、敵本軍の戦地に向かった。

俺は皆から親方呼ばれている立場だ。

何でこの立場にあるのかは今は考えないでおこう。敵将を討ち取ることに専念しようか。


ーーーーー


「いけっ怯むなっ!」

戦場は激しい戦闘が行われている。至る所で刀と刀が刃を交える音が聞こえる。

この平原は見通しがよく、木々もあまりないため戦さに入り乱れた平原は砂埃と爆炎に包まれている。

甲冑を纏った武士(サムライ)や河童などが武器を振るって血を流しながら戦闘を行っている。


怒空裂突風突き(どくうれっぷう)っ!」

戦場を大きな竜巻が地面と並行に駆け抜け戦場の兵士達を一掃し、その通り道の地面は抉り取られている

「なんてことだっ、一瞬で兵が消し飛びされるとは。」

「あれは、カイゼルだっ!」

敵軍の将軍、槍使いのカイゼルがその力を振るう。

カイゼルは槍を掲げて敵軍に構える。

「進めっ! 貴様らにはこのカイゼルが道を開くっ!」

「おおぉぉぉおーー!!!」

カイゼルの一撃で自信付いた軍は一気に活気立ち進軍する。必死で対抗するもカイゼルの槍から放たれる強撃に圧倒される。

「くらえっ!」

勇敢な1匹の兵士がカイゼルの隙をついて近くから刀を振るうが、カイゼルの槍で腹を貫かれて串刺しにされる。

「わしを止めることはできんぞ、雑兵め。」

カイゼルは槍を高く掲げて後ろの軍に合図を送ると敵兵は一斉に後ろに下がる。

すると後方から弓矢部隊が現れ、無数の矢を放つ。

障壁斬円(しょうへきざんえん)!」

矢の雨を頭上に円を描くように妖気を込めた斬撃を放って跳ね除ける。しかし敵の矢にも妖気が込められており、空中で光り輝き落下速度と威力が上がる。

「くそっ! 回避しろっ!」

兵士達はその矢を浴びて苦戦する。そこへ太刀を2本携えた隊長の夜叉丸(やしゃまる)が姿を現す。

「怯むなっ! 行軍あるのみ!」

夜叉丸は2本の太刀を華麗に振り回して敵軍の中を切り進む。

敵も夜叉丸を討ち取ろうと切り掛かるがその素早い剣捌きを捉えることはできない。

そのまま切り進みあっという間に敵の弓矢部隊まで到達すると斬撃を放った。

双蛇火炎斬(そうじゃかえんざん)!」

2本の太刀から火炎の斬が蛇の形として現れ、弓矢部隊を火炎に包み込んでいく。

それを見た味方の兵士達も夜叉丸に続いて反撃に転じる。


裂空突破(れっくうとっぱ)っ!」

カイゼルの放つ強烈な風の突きが夜叉丸を襲う。

太刀で受け止めながらもその強力な突きで夜叉丸の身体は押されて後退する。

「中々強力な突きだぜ、カイゼル。」

「受け止めおったかっ! 貴様も中々やるようだな。かかってこいっ!」

カイゼルはゾクゾクと戦場の強者の登場に武者震いをしている。

「じゃあ行かせてもらうぜ!」

夜叉丸の足が妖気を纏う。そして、すごいスピードでカイゼル目掛けて突っ込んで行く。

カイゼルも槍を構えてそれを迎え撃つ。夜叉丸はカイゼルの突きを超速のまま飛び上がって交わすと2本の太刀を振り下ろしながらカイゼルの首に振り下ろす。

「あまいっ!」

カイゼルは咄嗟に槍の持ち手側で夜叉丸の腹を突き上げる。

「くはぁぁっ!」

夜叉丸はもろに喰らう。そして、持ち替えた槍で夜叉丸の身体を突き刺す。

夜叉丸の赤い血がカイゼルの槍を伝う。夜叉丸の刀は静かに落ちて地面に突き刺さる。

カイゼルはそのまま夜叉丸ごと槍を掲げて周囲に知らしめる。

「討ち取ったぞっ! このカイゼルがいる限り敵に遅れはとらんっ!」

敵軍はまた士気があがり、夜叉丸の隊は愕然とする。

「夜叉丸様が討たれた、、。」

士気を失った兵は士気の高まった兵に敵わない。見る見るうちに押されていく。

「ここらでいいだろう、やれ。力を見せつけよ。」

カイゼルの合図で再び後方から台車に乗せられた大砲のようなものが出てきた。

「あれはっ!」

「そうだ、妖気を溜め込み圧縮させ放つ、妖気圧縮気弾砲(ようあつほう)だ。これで終わりにしてやる楽になれ。」

砲台の口が妖気が集中し圧縮されていく。

皆が急いで撤退していくが、カイゼルは笑を浮かべてこれから起こる凄惨な想像をする。

「もう遅い、放てっ!」


ズドーンッッッッ

カイゼルの後ろから爆風が吹き荒れる。

黒銀(こくぎん)色にメラメラと光る太い落雷が大砲を含む敵軍の周囲一帯に投下された。

「何事だっ!」

カイゼルはその爆風に目を細めながら振り返る。自軍の兵達が何百という数倒れている。

カイゼルはその悲惨な光景に目を疑わざる負えなかった。

「こんなことがあり得るのか、、、。」

「カイゼル様っ、ご報告いたします。我が軍の後方部隊は先程の攻撃により壊滅ですっ!」

生暖かい脂汗がカイゼルの頬を伝う。

「それと、この攻撃は兵器ではなく敵の妖力によるものです。」

「馬鹿なっ! あれが人の攻撃なのか! まさかっ」

その時、カイゼルが大砲で一網打尽にするはずだった敵軍から歓声が聞こえてきた。

「殿だぁぁっ!!」「俺らの殿が来たぞっ!」「親方様だぁっ!」

歓声を上げる河童達の中、三首(みつくび)の馬に乗った男がゆっくりとカイゼル達の方に向かってくる。

左手で手綱を握り、右手は長い袖によって隠れているがその袖の先からは刃が顔を覗かせる。



「あ、あれが戦さの神と呼ばれる男か。」

カイゼルは生唾を飲み込んでその男の登場にたじろぐ。

「カイゼル様、あの男は一体何もなんですか?」

「知らないのか、あいつの妖気の量はバケモノだ。そしてあいつはかつて武神(ぶしん)を討ち取ったという噂がある。あいつが戦場に現れたらまずは逃げろ、これが鉄則だ、、、。」

「あれが噂のですか?」

「ああ、あれがタンバだ。」


皆が戦さの神と称え、殿と呼ばれる男。それこそが今のこの俺タンバだ。

色々訳あってこんなことになっているが、それはまたあとで話そうか。

カイゼルは俺の視線の先で馬に跨り、槍を構えている。

突きを飛ばしてくる気なのか? あの突きは結構強力そうだな。なかなかの妖気を纏っているな。

カイゼルの身体には緑色のオーラが大きなモヤとなって取り巻いている。


タンバは馬をゆっくりて歩いた。その先には体に風穴を開けられた夜叉丸が血の水溜まりを作って倒れている。

タンバは夜叉丸の開いている目を優しく閉じた。

「すまなかっ、、、、ありがとう夜叉丸。」

近くにあった石ころがガタガタと揺れ始めた。

兵達も肌で何かを感じ取り身体が震える。

「なんだこれ、」

「おいっ、あれをみろ。」

兵が指を差す先には、カイゼルの10倍ほどの黒銀(こくぎん)色の妖気のオーラを放つタンバが静かにいた。

敵も味方もそのあまりの威圧に身体が実際に圧迫されているかのような感覚に襲われる。


くっっっ、これがあのタンバという男か。

何という妖気だ、すごい圧があるな。

だが俺はこいつを倒してこそ最強の武人になれるっ。

「おい、お前は戦さの神と呼ばれるタンバと見受けするが違うか!」

タンバは無言で顔だけをカイゼルの方に向ける。

「やはり間違いないようだな! 我は天下布武の槍の名手、カイゼルだ! そこの男は俺が斬り捨てた。そんなやつでは俺のこの武者震いは治まらん。タンバ殿よ、俺とやり合おうぞっ!!」

カイゼルは手綱と槍を強く握り直して、タンバに構える。

「先に行かせてもらうぞっ!」

カイゼルが馬に乗り、タンバへ向かって駆ける。カイゼルは立派な大槍を振り回す。その槍が風を切る音が周囲に届くほどだった。

10数メートルまで距離を詰めるとカイゼルは槍に妖気を込め、その勢いでタンバに真っ直ぐ突き放つ。

爆風直乱風(ばくちょくらんぶ)っ!!」

大きな緑色の妖気の渦が空気を切り裂く音を立ててタンバに向かって飛んでくる。


ザンッッッ!!!!

タンバが右手を横に振るとカイゼルの放った突きは一瞬で掻き消された。

「な、なにいぃぃいっっつ!!」

カイゼルは初めての経験だった。槍の使い手として数多の戦場を駆け巡り、磨き上げた渾身の突き。この突きで多くの強者と命の奪い合いをしてきた。しかし、今一瞬にして無にされた。

そのことが信じられなく、それと同時にこれがいかにタンバという男を戦さの神として称えられいるのかを物語っているのかを理解せざる終えない。


「夜叉丸の仇、なんて言葉は使わない。死ぬか生きるかの世界がこの世界だ。命を懸けて戦ったやつをただ俺は誇りに思う。が、夜叉丸は俺に命を預けてくれている、俺は夜叉丸の仕えてくれている者としてお前を撃つ。」

敵将カイゼルに向けた、右の袖からは妖気を纏った刀が見えている。

カイゼルはタンバの瞳を見て汗を流す。その汗がカイゼルの額を伝い頬から流れ、地面にこぼれ落ちる。

と同時にタンバは右手の袖から刀を出し、カイゼルに斬りかかる。

カイゼルは咄嗟の判断でどうにか辛うじてその一撃を槍で防いだ。

しかし、タンバの刀が黒銀(こくぎん)の妖気を纏ってカイゼルの槍を真っ二つに斬り裂く。

カイゼルは馬が転げ落ちて回避するが額からは血が流れる。

「流石だな、見事な剣捌きだ。うおぉぉぉおおお!!!」

カイゼルは雄叫びを上げて折れた槍を拾うと両手で持って馬の背を踏み台にして高く飛び上がった。

そしてその勢いでタンバの頭上から新近距離で妖気を込めた突きを放つ。

「うぉぉおおお!!!」

タンバは無言のまま刀を振り上げ、黒銀色の斬撃を放つ。その斬撃は半円を描きそのまま上空へと放たれて登っていく。

砂埃が舞い上がるなか、縦に綺麗割られた槍が2本地面に落下する。カイゼルの体は血飛沫を上げて槍同様、左右に別れた体がタンバの足元に転がる。


一瞬の沈黙の後、この光景を見て言葉を失っていたタンバの軍勢は大歓声を上げ、カイゼルの軍勢は慌てて後退する。

そこへ太陽の光を遮る影がタンバの上に現れる。

「報告っ報告っ、各戦場にて勝利! 繰り返す各戦場にて我が軍の勝利っ!」

タンバはその言葉を聞いてホッと息を吐く。

その影はバサバサと音を出しながらタンバの目の前に降りてきた。巨大な3本足の八咫烏(やたがらす)だ。

「タンバ様、無事戦さは終結しました。」

「ああ、よかったよかった。」

タンバは八咫烏のクチバシを撫でるとその背中に飛び乗り空に向かって飛び立つ。

「タンバ様お見事でした。お疲れ様でございます。」

八咫烏は流暢かつ謙った言葉使いで背に乗ったタンバに話しかける。

「勝ったのは嬉しいけど、戦さは失うものが大きい。」

タンバは浮かない顔して寂しそうに呟く。


⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


タンバは戦さを終えて、領地の城に戻っていた。

「タンバ様、また牛鬼が現れて田畑の作物が襲われております。」

「タンバ様、南の国が軍を動かしているとの報告がありました。」

「タンバ様、武具にかかる財が足りない計算になっておりますので報告致します。」

代わる代わるタンバへの報告が毎日のように上がってくる。

戦さ以外にも領主としてやることが山のようにあった。国を治めるということの難しさに押しつぶされそうな日々を過ごしている。

タンバはそのたびにトイレに籠っていた。


あー、正直めんどくさい。

俺は今出るかもわからないがトイレで踏ん張っている。というよりもこうしてここに座っている時間が唯一落ち着いて思考を巡らせることができる。


色々問題多すぎだろっ、解決してもまた次から次に問題が起こるし。

俺は領主になってからちゃんとやれてんのかな。てか、この国大丈夫なのか?

俺がこの国を治められるような人間じゃないのは俺が1番よく分かっている。

でも、俺は領主になってしまった。だったらやることは決まっているけど、荷が重すぎるーーー!!

ただの高校生だった俺がどうしてこうなったのか、、、思い返してみよう。



◼️◼️◼️◼️◼️◼️


学校の教室で授業を受けているのかどうか怪しい男、丹波滝(たんばたき)ごく普通の高校生だ。

滝はここ何日か続く大雨を机に座り頬杖をついて眺めていた。不気味なほど黒い雲がここ一週間も青白い空を隠している。異常気象がここ数十年各地で起こっている。


この一週間の雨量は激しかった。一部では橋が流され川が氾濫したという。珍しいことではあるが、寒波による大雪や超大型台風などあらゆる気象異常でこの大雨など「大変だ」の一言で片付いてしまう。


そんなことよりも今滝が最も悩んでいることが進路である。

小学、中学と何となくで通過してきた。

やりたいことを見つけろ、と大人は言うがまだ何も見つかっていない。

高二の2学期が終わろうとしていた。

模試では具体的な希望の大学の合否の仮判定がリアルになってきていた。焦る気持ちもあったが、友人も具体的には考えていなかった。


だが、最近惚れている女子が薬学部へ進学に向けて勉強を頑張っていることがわかった。

それを知ってから滝の中で一気にモヤモヤが大きくなっていた。


やりたいことか、そんなもん高校生になれば勝手にできるもんだと思ってたのになー。

それに、正解の生き方なんてあるのかよ。

滝は昨日も今日も黒い雲を眺めていた。


チャイムが学校に鳴り響く。今日もやっと長いようであっという間の1日が終わった。

「おい、丹波!お前模試の結果どうだった?」

話しかけてきたのは滝と同じソフトボール部の隆史だ。

「とりあえず国立は厳しいってことがわかったよ」

「だよなー、俺もう就職でいいかも。うちの学校就職と進学半々だしさ」

それは言えている。


俺も進学じゃなくて就職にしようかな。でも四年間、男女6人ぐらいのグループでワイワイやって色んな恋愛を謳歌して友達の家に泊まってりキャンプ行ったりのキャンパスライフも非常に捨てがたい。


「ねぇ、丹波!」

話しかけてきたのはオカルト好きの野崎詩穂だ。

「何だよ、急に?」

「この前言ってた、この川の伝承で面白いことがわかったの!」

そう言えばこの学校から家までの間に流れている黒深川(くろみがわ)に面白い言い伝えがあるとか話してたな。

「何がわかったんだよ?」

「あの川には、神隠しの川って大昔呼ばれていたそうよ。しかも! 河童がいたって話も残ってるの!」

「何だよそれっ! 河童なんてどこにでもあるような話じゃねぇか!」

隆史が馬鹿にして笑っている。俺も同じ思いだった。

オカルト好きの野崎の話は面白いこともあるがここまで真剣にされても困る。

「そんなの隆史の言う通りどこにでもあるだろ。それに俺はそんな妖怪だの何だのよりこっちの方が好きだから。」

俺は本を野崎に突き出した。

「ラノベ? それ好きね丹波。」

「河童よりエルフだ! 魔法の異世界の方が百倍面白いっての。」

「妖怪の方が百倍面白いわよ! それにサムライ達が刀で戦うなんて日本人のロマンでしょ! 何が魔法よ、それでも日本人なの?」

「うるせぇ、神隠しの川なんて気持ち悪過ぎるし」

俺は魔法に溢れた異世界転生モノの小説やアニメにハマっている。むしろ憧れている。

見様見真似で魔法陣も描いたことがある。子供に揶揄われて終わったけど。

そんな話を野崎達としていると、廊下から視線を感じた。


「丹波君、ちょっと先生のところ来てくれるかな」

担任の宮野萌先生が廊下から滝に声をかける。

「お前萌ちゃんに気に入られてるよな!いいなー俺も呼び出し喰らいたいなー」

「ちょっとイチャついてくるわ」

「こいつ調子乗ってるぞ!受験全部落ちる呪いかけてやる」

いっそ呪いのせいにしたい。


滝が職員室のドアを開ける。

「2年2組の丹波です。萌、じゃなかった、宮野先生に用があって来ました。」

「おお、来たね丹波君」

笑みを浮かべながら手招きしている。


萌先生はまだ二十代の教師で男子女子ともに人気の先生だ。綺麗な黒髪ロングヘアに整った顔立ち、俺もそそられる。

が、何で呼ばれたのか大いに見当はついている。


「これさ、昨日君から没収した3巻だけど」

萌先生はそう言って滝に小説本を見せてきた。

「もう読んだんだけど、次4巻いつ没収させてくれるの?」

とてもウキウキした様子で滝の顔を見つめる。

「明日持ってきましょうか。」

「おお!いいね!でも、あんまり人に言わないでね!2人だけの秘密ね。」

そう言って滝にウィンクをした。滝はその無邪気なウィンクに思わず目を逸らした。


「で、先生!3巻の感想いかがでしたか。」

滝が真剣な顔で萌先生に問い返した。

「満点でした!あそこで魔法使いのティアが主人公のパティを助けに来るなんて最高すぎる!」

「ですよね!しかも敵が序盤で主人公とティアに襲いかかったドラゴンの天敵だった龍狩りのドラファンですよ!」

「3巻でここまで熱い展開になるとは思っていなかったわ!

流石丹波君が授業中に夢中になる本ね!」

「でしょでしょ!!いてっ!」

萌先生が本の角で滝の頭を叩いた。


「8割褒めてない」

「2割褒めてんじゃん」

「授業中はダメ、授業中は。だから模試の結果も落ちてくるのよ。」

滝は叩かれた頭を摩りながら萌先生の顔を覗き込む。


「丹波君、来年は受験が始まるわ。来年の今頃はもうみんな今後の進路が決まってきているの。やりたいことが決まっていないのは仕方ないことよ。でも、少しでも興味のあることや今後の人生について考えて方向性だけでも絞って欲しいの。」


さっきとは打って変わって真剣な顔で滝の目を見つめる。

「、、、、はい。」

「それに、先生は仕事や大学を決めてほしいわけじゃないの。丹波君がどんな風に生きたいのか。それを見つけて欲しいな。」

どんな生き方か、昔同じことを父親に言われたな。

『人を守れるような男になれ。何てありきたりの事を言ってるけど、お前が見つけろ。どんな風に生きて何をするのか、お前自身がいつか見つけるんだ。お前なら見つけられる、、。』

今更そんなことを思い出しても仕方ないのにな。


「丹波、進みたい道がわからないなら身近なお父さんの仕事なんか目指してみたらどうだ。」

横から年配の男性教師が口を刺す。

「山城先生っ!」

焦ったように萌先生が言葉を遮る。

「別に大丈夫です、もう前のことだし。でもそれだけは嫌で。また考えときますよ!じゃあ失礼します」


目が点になった山城先生は萌先生の顔をみる。

「先生、丹波君のお父さんは、、、警察官なんですが、」

滝は少し俯きながら職員室を出た。そしてまた黒い雲をから落ちてくるうるさい雨音に耳を傾ける。

「警察官ならなおいいじゃないですか!」

「、、殉職されたんです。」

「えっ、本当ですか、、余計なこと言いましたね」


滝は学校を出て、家へ歩いた。

俺は何でやりたいことがないんだろう。いやなくなったんだ。

昔は漠然と父さんみたいな人のためになる男になりたかった。俺が小さい頃は交番勤務で家にも良くいて職場に行った。弟と俺は全力で遊んでくれる父さんが好きだった。


でもそれ以上に警官姿の父さんはかっこよくて、帰って来たら必ずビールをシャツ一枚でとても美味しそうに飲む姿はとても生き生きとしていて俺もいつかはって思ってた。


父さんが刑事になった時も夢が叶ったって母さんと喜んで益々美味そうにビールを飲んでいた。


でもあの時、、

父さんの冷たい身体と白い布の下の見たことない黙り込んだ顔を見た時俺は思った。死にたくない。警察官にはなろうと思わなくなった。


ーーーーー


「ただいま」

家に着くと雨でズボンの下半分がずぶ濡れになっていることに気がついた。いつものことだがなんだかじめじめして気持ちが悪かった。


「おかえり!あんた、模試の結果まずまずって言ってたわよね」

部屋の奥から母の声が聞こえて来た。

これはわかる。終始穏やかだが、その内に内蔵された爆弾のような危険物があることは。

「う、うん。ま、まあ自分的には全然ダメだったって思ってるしむしろ全くダメみたいな気がするし、、」

「なによこれ!!大学行く気ないでしょうが!!」

爆発した。

あんた進学するつもりないなら、やりたい仕事でも早く見つけなよ!!働かざる者食うべからすよ!蓮も来年から高校生出しお金がかかるんだから。」

「わかってるよ、とりあえず頑張る」


弟の蓮は俺と違って、自分を見据えている。裁判官になりたいと言う大きな夢を持ち、勉強に励み、俺の高校よりレベルの高い高校へ進学が決まっている。どうして兄弟でここまで差がついたものか。


「頑張ることは結構なことだけど」

母は台所で料理を始めながら話し始めた。

「頑張るには具体的じゃなくていいから、目標がないとすぐ楽な方に流されるんだから。特にあんたは。このまま何となくで生きてくつもり?生きていけないよ、甘くないんだから」


滝はついてるテレビ画面を眺めながら話を聞いている。

「あ、これ父さんに持って行って」

母から茶碗に盛ったご飯を渡され、父の仏壇へ持っていく。

何となくてで生きていけると思う。

死にさえしなければ生きいるし、仕事なんて選ばなければいくらだってある。

そりゃあ外車に乗れない人生かもしれないが、飯食って適度に遊んで彼女つくって結婚して子供ができて。

どう生きるかなんて考える必要はない気がする。


「だよな父さん」

制服姿で歯を見せて笑っている父の写真に思わず話しかける。


「ただいまー」

蓮が帰って来た。

「今日も雨で部活できなかったよ」

「全然止む気配ないわね。はい、早く手を洗ってきて、もうご飯できるわよ」

俺も手を洗っていなかった。


洗面台で滝と蓮は並んだ。

「お前高校入ったら勉強大変なんじゃない」

「やばそうだねたしかに、きつそう」

「そんな無理しても裁判官になりたいのか」

蓮はうがいをして間を空けて答える。

「まあね、どうせ何かはするだから。ならなりたいような自分になって人生過ごそうって。ただ生きててもつまんないし」

とても胸が苦しい、息ができない。

「はぁはぁ」

「にいちゃんどうしたの」

「いや、何でもない」

鏡に並ぶ似たり寄ったりな顔だが、なんだか、全く違うものに見えてきた。


食事は悲惨だった。蓮の高校の話と再来週のクリスマスは彼女と遊ぶという話で胃もたれしそうだった。

俺は去年のクリスマスにクラスの女子に告白しようかと思ったが彼氏がいたことを知り雪の降る中謎に10キロもランニングした。

未だに何であれだけ走れたのか謎のままである。


やっとこの時間がきた。俺は自分の部屋に入ってベッドに転がり込む。今日も勉強はしない。

限られた人生だ。楽しいことを楽しみたい。

いつものように好きな女の子のインスタをチェックする。

今日は学校帰りにカラオケに行ってたみたいだな。

しかも男女のグループか、羨ましくない何て捻くれたことを俺は言わない。

「あーあ、つまんねぇ」

恋愛だの進路だのそんなことを考えるよりも俺は現実逃避を選択する。


この布団に入って読むファンタジー小説が今の楽しみだ。

萌先生にも貸しているが、これは魔法の世界に転生した主人公がその世界の禁忌に触れて最強の魔法使いとして成長していく冒険ロマンス。

野崎が言った妖怪やサムライは全然楽しそうじゃない。

俺の夢は魔法世界に転生して、可愛い女の子達に囲まれてパーティを組んで転生ギフトのチート能力で英雄人生を歩みたい。

だが、もし転生したら英雄にならないでもいい、ただ魔法を鍛錬してエルフの女の子と仲間になって楽しいライフをエンジョイしたいものだ。

なんといっても魔法は欠かせない。エルフもドワーフも欠かせない。ギルドに入って魔物を狩るのも楽しそうだ。


とにかく自分がどうやって生きていくか何を成すのか、そんなことは考えないで済む世界で生きていきたい。


この時の俺は現実も妄想の中でさえも甘く考えていた。

次の日俺はこの甘さを後悔する。

それは唐突にやってくる。そう、父のように、、、。





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