第69話 航空主兵の連合艦隊
帰投してきた第二次攻撃隊の四一三機の流星のうち、被弾損傷が激しかったりあるいは発動機不調に陥ったりした六九機を除く三四四機に再び奮龍を装備、それらは第三次攻撃隊として二四〇機の烈風ならびに攻撃指揮や接触維持にあたる複数の電星とともに米機動部隊に向けて出撃していった。
対空能力に優れた米艦艇を相手にしてなお流星の未帰還が一九機で済んだのは、米軍が真っ先に自分たちに向かってくる奮龍の撃墜に躍起になり、そのことで流星に向けられる対空砲火が思いのほか少なくて済んだからだ。
奮龍を使用した第二次攻撃隊の戦果は凄まじく、九隻あった小型空母はすべて撃沈、一六隻あった巡洋艦はそのうちの四分の一にあたる四隻がすでに沈没し、六四隻を数えた米駆逐艦は実に三割近い一八隻がすでに海面下に没した。
無傷のものはわずかに八隻の「エセックス」級空母のみであり、残る艦艇はそのいずれもが満身創痍、グロッキー状態と化していた。
そこへ第三次攻撃隊の無慈悲とも言える猛攻が開始される。
まず、二四〇機の烈風が脚と反撃能力を失った巡洋艦や駆逐艦に緩降下爆撃を仕掛け、五〇〇発近い二五番を投下。
回避もままならない巡洋艦や駆逐艦に対し、命中率は二割程にとどまるといういささか不本意な成績ではあったものの、それでも一〇〇発近い直撃弾とさらにほぼ同数の有効至近弾は相手に決定的ともいえるダメージを追加する。
被害が累増した結果、被弾した巡洋艦や駆逐艦はその多くが急速に海面下に引きずり込まれていった。
それでもなお、死にきれない巡洋艦や駆逐艦に対し、半数近い流星が介錯とばかりに奮龍を突き込んでいく。
護衛艦艇を完全に一掃したのを見た電星から八隻の「エセックス」級空母に対して降伏勧告がなされる。
「五分待つ。降伏して溺れる仲間を救助するか、あるいは仲間を見捨てて逃亡を図るか好きな方を選べ」
複数の電星からの平文ならびに無線越しの肉声に対し、八隻の「エセックス」級空母はそのいずれもが白旗を掲げて洋上停止、ただちに溺者救助にとりかかった。
仮に遁走を図っても、なお百数十機もある日本の攻撃機とその腹に抱えた誘導弾から逃れられないことは明白だし、なにより仲間を見捨てて逃亡を図るなど海に生きる男としてはあり得ない選択だ。
理と情を天秤にかけるまでもない。
「エセックス」級空母の艦長たちに選択肢など最初から無かったのだ。
米機動部隊に差し向けた特務艦隊より「エセックス」級空母を鹵獲したとの報告を受けた第一機動艦隊司令長官の山本大将は胸中で盛大に安堵のため息を吐く。
これで、米海軍は完全にとどめを刺された。
九隻の軽空母と一六隻の巡洋艦、それに六四隻の駆逐艦を沈められたうえに八隻の大型空母を鹵獲されたのだ。
失われた将兵は数万、搭乗員だけでも数千に及ぶだろう。
もちろん、これからも「エセックス」級空母は次々に完成するだろうが、それを預けるに足る優秀な人間がいなければ戦力足りえない。
鹵獲した八隻の「エセックス」級空母のうち、一隻は調査研究の資料として日本に回航される。
最新型の「エセックス」級空母であれば電子戦装備や応急指揮装置をはじめ多くの先進技術を得ることが期待できるからだ。
残る七隻についてはそのまま西進して欧州へと回されることになっている。
ドイツ海軍ならびにイタリア海軍がこれらを取り込んで新しく編組される機動部隊の基幹戦力とするのだ。
すでに、二〇隻もの空母を擁し、さらに戦時急造空母である改「天城」型の竣工ラッシュを控えている帝国海軍に、一度に八隻もの米空母を編入する余力などどこにも無い。
しかし、このことで米国は東西から強力な機動部隊の挟撃を受けることになる。
ドイツ海軍とイタリア海軍はそれぞれ「グラーフ・ツェッペリン」と「アキラ」で空母運用のノウハウを積み上げるとともに艦上機搭乗員の大量養成を進めている。
さらに、英国から接収した二隻の改「イラストリアス」級空母もすでに一隻が慣熟訓練に入り残る一隻も完成が間近だ。
そのうえ戦艦「ティルピッツ」や「シャルンホルスト」級巡洋戦艦、それに「ヴィットリオ・ヴェネト」級戦艦や「キングジョージV」級戦艦をはじめとした水上打撃戦力は帝国海軍のそれを大きく上回るから、米海軍は太平洋だけではなく大西洋にも機動部隊ならびに大型水上打撃艦艇に対する備えをしなければならない。
そして、それは人的資源の枯渇に直面する米海軍にとってはあまりにも手に余る課題、もっと言えば難題だ。
山本長官が座乗する空母「大和」は本国から「トラ・トラ・トラ」の電文を受信している。
山本長官のみが知るその電文の意味。
「我、米国ト講和交渉ヲ開始セリ」
山本長官はミッドウェーの戦いに出撃する前に堀海軍大臣から極秘情報を伝えられていた。
堀大臣が言うには、米国における厭戦気分の蔓延はこちらが想像している以上にひどいものらしく、特に日本艦隊の襲来に怯える西海岸住民のそれは強烈で、彼らは一日も早い戦争の終結を望んでいるという。
そして、野党共和党や西海岸に地盤を持つ与党の有力議員たちがひとつのシナリオを携えて接触を図ってきているのだそうだ。
「この戦争は合衆国の意志ではなく、ルーズベルト大統領によるスタンドプレーによって引き起こされたものだ。それはハル・ノートという日本を挑発した外交文書がこれを雄弁に証明している」
もちろん、交渉事だからうまく行くとは限らない。
講和の話が持ち上がることによって日本国内で様々な問題が惹起することは避けられないし、ドイツやイタリアとの調整も必要だ。
それでも、山本長官はそのことについては割と楽観している。
同期の中で最も優秀な堀大臣が軍政の長に君臨しているし、それを支える次官の井上中将も剃刀の異名を持つ切れ者だ。
如才ない彼らはお上とその周辺に手を回して非戦派の組織固めをすでに終えており、さらに継戦派の排除にも動き出しているはずだ。
それに同じく同期の塩沢軍令部総長や吉田連合艦隊司令長官もまた彼らの大きな助けとなってくれるだろう。
「それにしても、戦艦をわずかに二杯しか持たない帝国海軍が、よくもまあここまで米国を相手に戦うことが出来たものだ」
胸中で苦笑しつつ、山本長官の脳裏にとある人物が言った言葉が蘇る。
「航空主兵の連合艦隊。これ以外に帝国海軍が進むべき道は無い」
(完)
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