第67話 未曽有の洋上航空戦
第五艦隊の八隻の「エセックス」級正規空母ならびに九隻の「インデペンデンス」級軽空母から発進した一四四機のSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機とそれに一七七機のTBFアベンジャー雷撃機、そしてそれらを護衛する三九六機のF6Fヘルキャット戦闘機。
合わせて七一七機にもおよぶ大攻撃隊は、だがしかし進撃の途中で烈風によるありがたくない歓迎を受けた。
この時、第一機動艦隊の二〇隻の空母にはそれぞれ二個中隊、合わせて四八〇機の烈風が艦隊直掩任務にあたっており、半数が上空警戒で残る半数が即応待機の二直態勢だった。
前路警戒任務として一機艦と米機動部隊の中間空域にあった電星による誘導のもと、真っ先に敵編隊に立ち向かったのは上空警戒組の烈風だった。
電星によって事前に敵編隊の的針や的速、それに進撃高度といった情報支援を受けていた二四〇機の烈風は相手よりも優位高度を確保したうえで接敵、高空から二〇ミリ弾を撃ち下した。
これに対し、護衛のF6Fも果敢に反撃、ブローニング機銃の高性能を信じ、劣位にもかかわらず機首を上に向けて一二・七ミリ弾を放つ。
しかし、いくらブローニング機銃が優秀で低伸性に優れるとはいっても上向きに撃ち上げてしまってはさすがに撃ち下ろしの二号機銃には及ばない。
しかも烈風が十分に照準を合わせて銃撃を仕掛けたのに対し、F6Fは急降下爆撃機や雷撃機をかばうための咄嗟の牽制射撃のようなものだったから精度があまりにも違い過ぎた。
九六〇条にも及ぶ二〇ミリ弾の奔流はF6Fに対して決定的なダメージを与える。
この攻撃によって一〇〇機を超えるF6Fが撃墜されるかあるいは戦闘続行が不能になるほどの損害を被った。
それに対し、烈風のそれは一〇機に満たない。
大きく数を減じたF6Fはそのまま烈風がつくりだす乱戦の渦に巻き込まれる。
この時点でもなおF6Fは数的優位を確保していたものの、しかし決定的な差というほどのものでもなかった。
そうなれば、あとは機体性能と搭乗員の技量が勝負を分けるが、しかしその両方において劣勢なのは明らかにF6Fの側だった。
直掩任務にあたるF6Fの搭乗員とは違い、攻撃隊に随伴しているF6Fの搭乗員は航法に優れた、つまりはそこそこ腕の立つ者たちで固められていた。
だが、それは合衆国海軍内での話であり、開戦以降の戦いで実戦経験を積み重ねてきた烈風の搭乗員には遠く及ばない。
それでもF6Fは健闘し、二四〇機の烈風の拘束には成功していた。
護衛のF6Fを引き剥がされ、なおも進撃を続けるSB2CとTBFの前に立ちはだかったのは即応待機組の二四〇機の烈風だった。
目標が重複しないよう、第一艦隊と第三艦隊の一二〇機は雷撃機、第二艦隊と第四艦隊の同じく一二〇機は急降下爆撃機を狙うよう指示されていた。
「最後尾を行く編隊を狙う。全機続け!」
「大和」戦闘機隊第五中隊長の石屋川中尉の命令のもと、一二機の烈風が翼を翻し低空を行く巨大な単発艦上機、TBFの後ろ上方へと遷移する。
狙われた側のTBFは必死になって防御機銃を振り回すが、それに絡めとられる烈風は一機もない。
TBFの最高速度は四〇〇キロを超え、雷撃機としては比較的速い脚を持つものの、それでも烈風との速度差は二〇〇キロ以上もある。
烈風は短時間のうちに距離を詰め、次々にTBFに機銃弾を撃ち込んでいく。
単発艦上機としては破格の防御力を誇るTBFも、四丁もの二号機銃から吐き出される高初速の二〇ミリ弾をしたたかに浴びてはさすがにもたない。
烈風が翼を光らせるたびに胴体を削られ、翼を叩き折られたTBFが炎や煙を吐きながらミッドウエーの海面へと墜ちていく。
一二〇機の烈風の襲撃を受けた一七七機のTBFはたったの一撃でその三分の一以上を墜とされてしまう。
ほぼ同数になってしまってはいくら防御機銃が充実したTBFであってもさすがに勝ち目は無い。
勝算なしと判断した、あるいは恐慌に陥ったなど理由は様々だが、魚雷を投棄して遁走を図るTBFが続出する。
それでも、任務に忠実な機体はそのまま直進を続ける。
「敵ながら立派な心掛けだ。だが、戦争では真面目な者から死んでいく」
敬意といささかの憐憫が入り混じった気持ちを相手に向けつつ、石屋川中尉は機銃釦を押し込む。
両翼から合わせて四条の火箭が噴き伸び、それらが照準器に映るTBFに突き刺さっていく。
TBFは炎と煙を吐き出し、数瞬後に大爆発を起こす。
おそらく燃料タンクかあるいは抱えていた魚雷に火が入ったのだろう。
石屋川中尉が二機目のTBFを撃墜した時点で戦闘はほぼ終息していた。
一二〇機の烈風に狙われた一七七機のTBFは殲滅され、生き残ったのは早々に魚雷を捨てて逃亡を図ったわずかな機体のみだった。
また、同じく一二〇機の烈風による襲撃を受けた一四四機のSB2CもTBFと同じ運命をたどった。
二四〇機の烈風と干戈を交えた三九六機のF6Fは、相手に一割近い損害を与えた一方でその数倍の損害を被り、さらに急降下爆撃機や雷撃機の護衛にも失敗した。
第五艦隊が放った七一七機にも及ぶ世界史上最大の攻撃隊は、だがしかし四八〇機の烈風の防衛網を突破することはかなわず、それどころか第一機動艦隊の姿を見た者すらもいなかった。




