第65話 実情
「エセックス」級空母は当初、戦闘機と急降下爆撃がそれぞれ三六機に雷撃機が一八機の合わせて九〇機、「インデペンデンス」級空母のほうは戦闘機が二四機に雷撃機が九機の合わせて三三機で運用する予定だった。
しかし、日本海軍との戦いで戦闘機の重要性が浮き彫りにされ、「エセックス」級空母は急降下爆撃機と雷撃機を減らす替わりに戦闘機の数を二倍に増強していた。
そして、現在では戦闘機が七二機に急降下爆撃が二四機、それに雷撃機が一二機の合わせて一〇八機がその標準編成となっている。
搭載機数が増えたことで飛行甲板の運用が窮屈になるが、そこは我慢するしかなかった。
この措置について、第五艦隊司令長官のミッチャー提督は納得していた。
確かに急降下爆撃機や雷撃機の減少によって対艦攻撃力は低下するものの、一方で最新鋭戦闘機のF6Fヘルキャットは両翼にそれぞれ一〇〇〇ポンド爆弾を積むことで戦闘爆撃機としても使えるし、今回は間に合わなかったが改良型では魚雷の運用も可能になる。
だが、一方でその最新鋭戦闘機を駆る搭乗員のほうはその技量にいささかの問題があった。
「エセックス」級空母の戦闘機を倍増したということは、つまりは常用機だけで二八八機の増加を意味し、それはパイロットも例外ではない。
予備も含めれば三〇〇人を大きく超えるそれらを用意するのはさすがに世界一の合衆国海軍といえども容易ではなかった。
これまでも、離着艦技量に優れた、つまりは腕の立つ者の多くは飛行甲板が狭くて着艦難易度の高い「インデペンデンス」級に配属させ、残りは飛行甲板が広くて着艦が容易な「エセックス」級空母に送り込んでいた。
そして、同級空母は戦闘機を増勢したことでさらに平均練度を低下させてしまっている。
「つまり、現在の第五艦隊の戦闘機隊は戦力の低い小型空母は術力が高く、逆に戦力の大きな正規空母は練度が低いという一種の半身不随のような有り様だということだ」
なぜこうなったか。
そのことについては開戦当時「ホーネット」艦長だったミッチャー提督が誰よりもよく知っている。
開戦劈頭のウェーク島沖海戦で七隻の正規空母のうちの六隻までを撃沈され、そのことで戦前に入念な訓練を施した母艦搭乗員のほとんどを失ってしまったからだ。
その結果を受け、正規空母のうちで唯一難を逃れた「ホーネット」の搭乗員たちは母艦から降ろされ、それらの多くが教官や教員となって後進を育てる任務にあてられた。
しかし、その彼らでさえ他の母艦搭乗員から見れば技量未熟であり、本来であればさらなる錬成が必要な者たちだったのだ。
ある意味において、初心者が経験皆無の者を指導するようなものだった。
そして、教官や教員となっていた元「ホーネット」搭乗員らもその多くがオアフ島防衛戦に駆り出され、少なくない者が戦死した。
母艦である「ホーネット」もまた北大西洋海戦でようやくのことで育成した搭乗員もろとも海の底へとその姿を消している。
そのような有り様だからこそ、合衆国海軍内において艦上機パイロットの養成は最優先事項とされ、さらに海兵隊からも多くの者が転属してきた。
初戦で大打撃を被った海軍と違い、海兵隊のほうは熟練や中堅が数多く生き残っていたが、そのような彼らであっても空母への離着艦は困難であり事故が多発した。
今回参加する「エセックス」級空母のうちで訓練中に殉職した者が皆無の艦は一隻もなく、逆に殉職者の数が二桁にのぼっている艦のほうが多いくらいだった。
それでも、厳しい訓練が継続されたことで現在ではいずれの艦も戦闘機パイロットについてはその定数を満たしている。
さらに、少しばかり技量に問題があるものの、それでも予備のパイロットを用意することもかなった。
一方で、急降下爆撃機や雷撃機のほうは搭載数が減ったことで技量優秀なもので固めることが出来た。
しかし、それはある意味において皮肉以外のなにものでもなかった。
そして、情報の重要性を知悉するミッチャー提督は索敵に腕利きが駆る四八機のSB2Cヘルダイバーをあて、それらは大きな犠牲を出しながらも日本艦隊の発見に成功していた。
「日本の艦隊は事前の予想通り四群。ただし空母の数は二〇隻か。数え間違いを期待したいところだが、さすがにそれは命を賭して情報を集めてくれた搭乗員に対して失礼というものだろう」
航空参謀からの報告を受けたミッチャー提督は誰にも聞こえないよう、胸中でそうつぶやく。
指揮官として、根拠も無く部下を疑うような言動は厳に慎まなければならない。
「よし、攻撃隊を出せ! 必ずしも敵空母を撃沈する必要は無い。攻撃は広く浅くを心がけよ!」
例え日本の空母を撃沈出来なくとも、撃破して作戦を頓挫させればこちらの勝ちだ。
今回の作戦には参加していないものの、すでに三隻の「エセックス」級空母が慣熟訓練に入っており、この後も同級空母がそれこそ毎月のように竣工する。
単純な空母の数だけで言えば合衆国海軍はすでに日本海軍に追いつき、さらに来年以降は彼我の戦力差は隔絶する一方となる。
我慢の時代はもうすぐ終わるのだ。
ミッチャー提督の命令一下、「エセックス」級空母からF6Fが三六機にSB2Cが一八機、それにTBFアベンジャーが一二機。
「インデペンデンス」級空母からF6F一二機にTBF九機が次々に飛行甲板を蹴って大空へと舞い上がっていく。
七一七機にも及ぶ攻撃隊を出してなお、第五艦隊には三九六機のF6Fが直掩として残っている。
大編隊を組みつつ西の空に向けて進撃を開始した艦上機隊に、だがしかしミッチャー提督は不安を隠せない。
彼らの九割以上は実戦経験が無いのだ。
そして、はたと気づく。
実戦経験が無いのは、自分もまた同じなのだと。




