第60話 彼我の状況
「まず、米海軍の状況だが、空母の建造のほうはこれが異様なまでに加速している。昨年末に『エセックス』級一番艦の『エセックス』を竣工させ、さらに今年に入って一〇隻程度を完成させている。このうち二隻乃至三隻は就役して間が無いことから今作戦期間中にその姿を見せることは無いだろう。
それから『インデペンデンス』級のほうだが、こちらは一〇隻ほどが完成、そのほとんどが参陣するはずだ」
近代海戦の要となる空母、その相手の戦力について話す塩沢総長に小さく首肯し、山本長官はその続きを話すよう促す。
「艦上機については『エセックス』級空母は一〇〇機、『インデペンデンス』級は三〇乃至三五機程度を運用出来ると考えられているから最低でも一〇〇〇機、多ければ一一〇〇機から一二〇〇機程度の敵艦上機と戦うことになる。
また、それら機体についてだが、戦闘機はF4FワイルドキャットからF6Fヘルキャットに置き換わっている。F6Fは二回目のオアフ島攻撃の際に干戈を交えたP47やF4Uと同様に二〇〇〇馬力級の発動機を持つ最新の機体だ。従来のF4Fとは攻撃力も防御力も、それに機動力も比べものにならないくらい強力になっているはずだ。
それと、これは未確認情報だが、F6Fは両翼に五〇番クラスの爆弾を搭載できるうえにその気になれば魚雷を運用することも可能だそうだから、つまりは戦闘爆撃機であり状況によっては戦闘雷撃機にもなる、いかにも油断のならない相手だ。
急降下爆撃機についてはSBDドーントレスからSB2Cヘルダイバーに更新されているはずだ。ただ、こちらはいまだ戦場でその姿が確認されていないことから、正確な諸元については不明だ。しかし、SBDの実績を考えれば、SB2Cもまた警戒を要する相手であることは間違いの無いところだろう。
それから雷撃機は昨年から引き続いてTBFアベンジャーだ。こちらも改良は進められてはいるだろうが、しかしさほど大きな変更はやらかしていないと思われる」
一呼吸置き、塩沢総長はさらに話を続ける。
「空母を守る護衛艦艇だが、巡洋艦は『クリーブランド』級と『アトランタ』級、駆逐艦は『フレッチャー』級といった新鋭艦で固めているはずだ。
これらはいずれも対空能力に優れており、従来からの攻撃方法である雷撃やあるいは緩降下爆撃を行えば大損害は避けられないだろう。
まして、これら護衛艦艇を無視していきなり空母を狙おうものなら、輪形陣外郭の巡洋艦や駆逐艦からそれこそ十字砲火を食らって壊滅的ダメージを被ることは間違いない。だからこそ遠くから彼らを狙い撃てる新兵器が必要だ。そして、我々は新型艦攻とともにすでにそれを手にしている」
塩沢総長が話す新兵器は、重量こそ最新型の九一式航空魚雷と大差は無いが、しかし一方でその形状が独特なことから一式艦攻では搭載することが出来なかった。
一方、その一式艦攻の後継機となる新型艦攻のほうはその新兵器の運用が可能になるよう開発段階で機体形状に少しばかり変更がなされている。
「一方、我々のほうは今年の春に『大和』型空母の五番艦と六番艦、それに七番艦と八番艦が戦列に加わった。高角砲が八九式一二・七センチ連装高角砲から九八式一〇センチ連装高角砲になるなど変更が加えられている個所もあるが、それ以外はほぼ同じものだと考えてもらっていい。
それらに搭載する艦上機だが、いずれの空母も戦闘機は紫電改から烈風に更新されている。烈風は紫電改と同じ木星発動機を搭載するが、こちらは英国で造られたものであり、さらに同国から導入される高オクタンガソリンと組み合わせることで二一〇〇馬力を発揮できる。
これは国産のそれに比べて一割以上も出力が大きいうえに故障も明らかに少ないから稼働率も高い。残念ながら我が国と英国との科学力や工業力の差は思いのほか大きいと断ぜざるを得ない」
一五試艦上戦闘機は本来であれば三式戦闘機と呼称されるはずだった。
しかし、零式局地戦闘機の二つ名である紫電という呼称が思いのほか好評だったので、戦意高揚の意味もあって制空戦闘機のほうもまたそれに倣ったのだ。
その烈風は零戦よりわずかにサイズが大きくさらに重量が増えたものの、しかし一方で一三〇〇馬力の金星から二一〇〇馬力の木星にしたこととさらに空力特性を洗練させたことで最高時速は六五〇キロに達している。
また、武装も強力で両翼にそれぞれ二丁、合わせて四丁の二〇ミリ機銃を装備しており、それらはいずれも初速の速い二号機銃だ。
さらに自動空戦フラップを装備したことで旋回格闘性能は零戦と同等以上との評価を得てている。
「それから新型艦攻の流星だが、こちらもまた烈風と同様に木星発動機を搭載している。爆弾搭載量のほうは一式艦攻と同じ一〇〇〇キロだが、新型投下器を装備したことで新兵器の運用も可能だ。
それと、流星は両翼に二〇ミリ機銃をそれぞれ一丁装備している。五六〇キロに迫る速度性能と相まって準戦闘機としての働きも期待されているが、しょせんは攻撃機だ。一世代前のF4Fならともかく最新のF6Fには逆立ちしても勝てんからあまり過度な期待は抱くな」
帝国海軍は当初、急降下爆撃が可能な機体には星、そうでないものには山の名前をあてがうことにしていた。
しかし、帝国海軍に急降下爆撃が可能な現用機は一つも無く、また急降下爆撃性能が付与されるはずだった一五試双発陸上爆撃機も結局のところ開発中止となったことで星の名前が浮いてしまう。
そこで、艦上攻撃機には星、陸上攻撃機には山の名前を割り振ることに命名規則が変更され、本来であれば天山と命名されるはずだった機体は、だがしかし流星という名をもって戦いに臨むことになった。
「それとだ、流星には電探装備の機体も用意した。これらは『大和』型空母にそれぞれ六機が搭載される。
そして、これらは索敵や周辺警戒、それに空戦指揮や対潜哨戒もこなせる万能の電子戦機だ。この機体を使いこなせるかどうかがお前の指揮官としての、そして飛行機屋としての腕の見せ所でもある」
英国との講和の際、帝国海軍は飛行甲板露天繋止の機体を増やすために舷外に突き出した桁あるいはレールのようなものが英空母に備わっていたことを知った。
そこで、同じものを空母に設置したところ、艦上機の増載効果が認められたので今ではすべての空母に採用されている。
このことで、烈風や流星がそれぞれ零戦や一式艦攻に比べて機体が大型化したのにもかかわらず、各空母ともに搭載できる艦上機の数は減ることもなく、逆に飛行甲板が長大な「大和」型空母に至ってはむしろその数は増加していた。
そして、それら空母を指揮する山本長官にプレッシャーを与えるのを楽しむかのようにして塩沢総長はその後も説明を続けた。