第49話 大英帝国
後に北大西洋海戦と呼称されることになる戦いにおいて、第一艦隊と第三艦隊、それに第四艦隊の三〇六機の一式艦攻は、ただの一撃で五隻の空母と九隻の戦艦をすべて撃沈してしまった。
一隻あたり二〇機を超える雷撃機に、しかもそれを駆るのが一騎当千の熟練とあっては英米の主力艦が全滅するのも無理な話ではなかった。
また、一式艦攻の攻撃に先立って輪形陣の外郭を構成する巡洋艦や駆逐艦を狙った一四四機の爆装零戦のほうはそれらの半数を撃破する戦果を挙げている。
さらに、最後まで攻撃を控えていた第二艦隊の四八機の爆装零戦と一〇二機の雷装一式艦攻は生き残った巡洋艦や駆逐艦を攻撃、そのほとんどを撃沈した。
そして、洋上航空戦で勝利を決定づけた瞬間から突撃を開始していたイタリア艦隊がわずかに生き残った巡洋艦や駆逐艦をすべて平らげたところで海戦は終了した。
日本とイタリア、それに英国と米国との艦隊決戦が行われている最中に生起した英本土上空をめぐる戦いもドイツ側の圧勝に終わっている。
英空軍がエース搭乗員の多くを母艦航空隊に引き抜かれて全体の術力が低下していたのに対し、ドイツ側は西部方面航空隊に加えて東部方面航空隊とさらにイタリア空軍もまた助っ人として参上、そのことで戦力差が大きく乖離してしまった。
邪魔者の英米艦隊を始末し、英本土の航空戦力が衰滅したことを受けて第一機動艦隊は第二段作戦を発動する。
機動部隊をもって通商破壊戦に臨むのだ。
第一機動艦隊は第一から第四までの四個機動艦隊から成るが、そのうちの一つを海上交通線の破壊任務に投入し、残る三つは移動や整備補給、場合によっては訓練や簡単な改装をしたりもする。
常時、一個機動部隊しか作戦行動に供さないといっても各部隊はいずれも四隻の空母を擁しているから艦隊を二分、場合によって四つに分けることも可能だ。
そして、英米には日本の機動部隊に対抗できる空母や脚の速い戦艦は残っていないから、つまりは日本側のやりたい放題が出来るということだ。
実際、任務に携わる機動部隊は空母二隻の二群で英商船狩りを行うことを基本にしていた。
そして、作戦開始後、日本の空母は英商船にとって死神に等しい存在となる。
Uボートを遥かにしのぐ索敵能力と攻撃力を兼ね備えた機動部隊にとって、英商船はただの獲物でしかなかった。
これに合わせ、Uボート部隊やドイツ空軍も英国打倒にその総力を挙げる。
北大西洋海戦で大量の駆逐艦と熟練の船乗りを失ったことで弱体化が著しい英海軍護衛部隊の窮状を突き、Uボートは文字通り大暴れする。
さらに、ドイツ海軍は自国のものだけでなく日本やイタリアから大量にカンパされた機雷を主要港周辺に惜しみなく投入、英国の海上交通線にさらなる打撃を与えた。
ドイツ空軍も邪魔者のスピットファイアやハリケーンがいなくなったことで英本土上空を我が物顔で飛行、日々爆撃や銃撃に勤しんだ。
特にドイツ空軍が行った食品工場や市場への爆撃、さらに旧式機や民間機まで動員しておこなった焼夷弾による穀倉地帯の焼き打ちといったいやらがせは決定的で、このことで英国民の食料事情は急速に悪化した。
この結果、貧困層では餓死者が続出、高騰著しい食料品を闇市で買うことができる富裕層だけが飢えを知らずに済んでいる状況だ。
庶民の子供たちはやせ細り、医療品の不足から助かる命までどんどん失われていく。
そのうえ、栄養失調や飢餓は容易に疫病を蔓延させるから、さらに医薬品不足は深刻化する。
また、地域によっては爆撃によってインフラに深刻なダメージを受け衛生状態が極度に悪化、不衛生極まりない環境が疫病の拡散をさらに加速させた。
そのうえドイツ工作員の扇動によるものなのか、商店や食糧倉庫を狙った略奪や打ち壊し、それに暴動も頻発している。
飢えによって気が立った人間が英国の街中にあふれる一方で、病気や空腹で体力だけでなく気力まで失うものも続出している。
あまりの犯罪の増加に警察はもはやお手上げ状態だし、病院もただ患者が死にゆくのを指をくわえて見ているしかない。
もはや厭戦気分の蔓延どころではなかった。
これでは、とても戦争を続けることなどできない。
国民の健康と生命、それが容認できないレベルにまで危険にさらされてしまっている。
こうなってしまっては、英国としては休戦協定という名の実質的な降伏を選択せざるを得なかった。
そして、ドイツと英国の休戦協定発効の後、英海軍将兵らは意外な命令を受ける。
英艦艇について自沈は認めず、それぞれの艦は指定された港へ向かえというものだった。
てっきり、第一次世界大戦後にスカパフローで自沈の屈辱を味わったドイツから意趣返しに同様のことを強いられると考えていた英海軍将兵らは怪訝に思った。
実際には英国の残存艦艇はすでに日本とドイツ、それにイタリアとの間で有効活用することが取り決められていただけのことだった。
もちろん、接収される艦艇については英海軍将兵らがその気になれば米国へ逃亡することも自沈することも可能だ。
だが、食糧供給を枢軸側に握られてしまっている現状ではとうてい逆らえるはずもなかった。
それに、逃亡したり、あるいは自沈したりした艦の将兵らについては、本人だけでなく家族や知人にまでその責を問うというお達しも出ている。
仮に、喪失艦の賠償請求でもされたらその家族や知人らは一生奴隷扱いの人生を歩むことになりかねない。
相手は独裁国家だから下手をすれば命にかかわる。
それゆえ、英海軍将兵らは枢軸側の命令に対して唯々諾々と従うしかなかった。




