第48話 対空砲火
「大和」型空母から零戦一二機に一式艦攻三六機、「天城」型空母から零戦一二機に一式艦攻二四機、「金剛」型空母から零戦一二機に一式艦攻一八機。
総計六〇〇機からなる第二次攻撃隊は途中で敵戦闘機の迎撃を受けることもなく英米連合艦隊の上空にまでたどり着くことが出来た。
これらのうち零戦は二五番、一式艦攻はそのすべての機体が航空魚雷を腹に抱えている。
「第一艦隊は左翼、第三艦隊は右翼、第四艦隊は中央の艦隊を攻撃せよ。攻撃手順については各艦隊の指揮官に従え。第二艦隊は待機、目標は追って指示する」
第二次攻撃隊の指揮官を務める「武蔵」飛行隊長兼艦攻隊長の三宮中佐の命令一下、第一艦隊と第三艦隊の攻撃隊が左右に分かれ、第四艦隊の攻撃隊が前進する。
「第一艦隊攻撃隊の目標を指示する。戦闘機隊は小隊ごとに輪形陣を構成する巡洋艦ならびに駆逐艦を狙え。各隊は目標が重複しないよう気をつけろ。
艦攻隊は戦闘機隊の攻撃が終了後に突撃せよ。
『比叡』隊ならびに『大和』第三中隊は空母、『天城』隊敵戦艦一番艦、『葛城』隊二番艦、『大和』第一中隊ならびに第二中隊は三番艦を目標とする」
攻撃目標の指示を終えた「大和」艦攻隊長兼第一中隊長の花隈少佐は一一機の部下を引き連れ輪形陣の左前方に機体をもっていく。
第二中隊のほうは輪形陣右側の攻撃位置に急いでいるはずだ。
花隈少佐は最優先目標である空母に三〇機、三隻の戦艦にそれぞれ二四機の艦攻が攻撃にあたるよう配分した。
どの中隊も実戦経験豊富な熟練がその多数を占めているから戦力として不足は無い。
すでに眼下の艦隊が英米連合艦隊のうちの米艦隊であることもその空母ならびに戦艦のシルエットから掴み取っている。
「三宮中佐は一番手強いとされる米艦隊に対して、最も練度の高い第一艦隊を割り振ったのだろう。ならば、その信頼と期待にこたえないとな」
そう考える花隈少佐の目に攻撃を開始した戦闘機隊の姿が映り込んでくる。
零戦が一二個小隊なのに対して、米艦隊のほうは四隻の巡洋艦と一六隻の駆逐艦を擁している。
だからどうしても撃ち漏らしが出てくるがそこは仕方が無いと割り切るしかない。
そもそもとして、敵の巡洋艦や駆逐艦を叩くのは輪形陣を崩壊させ、その綻びを突破口にして一式艦攻を戦艦や空母に取り付かせるためだ。
四機の零戦が一糸乱れず緩降下に遷移する。
搭乗員の技量の高さを見せつけるかのような機動だ。
一方、狙われた米艦のほうも投弾前に一機でも多く撃ち墜とすべくその火弾や火箭を盛大に吐き出していく。
直撃弾を食らう運の悪い機体やあるいは高角砲弾の至近爆発によって炎を上げる零戦もあるが数はさほど多くない。
零戦が輪形陣上空を高速航過してほどなく、狙われた巡洋艦や駆逐艦の周囲に水柱がわき立つと同時に爆煙が上がる。
零戦が狙ったのは輪形陣の中でも前方に位置する艦が多く、被弾したそれらは脚を奪われ急激に速度を落としていく。
零戦が投じる二五番は戦艦に対してこそ威力不足が指摘されているが、しかし装甲の薄い巡洋艦や皆無に等しい駆逐艦であれば間違いなく甚大なダメージを与えることが出来る。
被弾した艦を回避すべく後方の艦は右やあるいは左に舵を切る。
四八機の零戦によって完全に輪形陣が崩壊したことを見て取った一〇二機の一式艦攻が腹に抱えた魚雷をもって米空母や米戦艦の横腹を食い破るべく突撃を開始する。
「ウェーク島沖海戦のときの米艦も対空砲火は激しかったが、今回のそれはさらに強烈だな」
狙いをつけた敵三番艦、その形状からおそらくは「サウスダコタ」級戦艦の左舷前方から肉薄する花隈少佐は米艦が持つ対空能力の高さに畏怖する。
一式艦攻はそれまでの九六艦攻や九七艦攻と違い、防御に重点を置いた設計がなされている。
防弾鋼板や防弾ガラス、それに防漏タンクや自動消火装置などといった防弾装備と呼ばれるものは一通り備わっている。
だが、こちらに向かってくる火弾の大きさはそのような装備でさえ無意味にしかねないサイズを持つように思える。
そのような感想を抱いた次の瞬間、花隈少佐は後方で爆発があったことを知覚する。
部下の誰かが敵の火箭に絡めとられたのだ。
さらに、もう一つ爆発が続いた後、ようやくのことで射点に到達した花隈少佐は裂帛の気合とともに魚雷を投下する。
生き残った九機の部下もそれに続く。
魚雷を放てばもはやここに用は無い。
一〇機の一式艦攻は敵戦艦の艦首や艦尾をすりぬけ一目散に遁走を図る。
その際、さらに一機が対空砲火に食われるが、被害はそこまでだった。
「目標とした戦艦の左舷に水柱、さらに一本、二本、三本。
右舷にも水柱です! さらに一本、二本」
後席の部下の報告を信じるのであれば、敵三番艦に七本の魚雷を命中させたことになる。
炸薬を初期型の二倍に増強した新型の九一式航空魚雷を、しかも同時に七本も食らえばいかに新型戦艦といえども浮いていることは困難だろう。
実際、眼下の敵三番艦は完全に脚を止め、一目見ただけで喫水を深めているのが分かる。
「大和」第一中隊は第二中隊と共同で敵新型戦艦を撃沈する戦果を挙げた。
しかし、同時に第一中隊は二五パーセントにも達する機体とその搭乗員を失った。
第二中隊や第三中隊の被害状況は分からないが、おそらくは第一中隊と同じように甚大な損害を被ったはずだ。
いずれにせよ、もしあと一度同じ攻撃を繰り返せば「大和」第一中隊は完全にその戦力を喪失する。
目的は達成したが、しかし花隈少佐は胸中にうすら寒い感情が湧き出してくるのを抑えることが出来なかった。




