第22話 洋上航空戦
「約二〇機の編隊が六群、貴方へ向かう」
先行偵察の任を帯びた一式艦攻の搭乗員から、少しばかり緊張の色を帯びた声が搭乗員たちの耳に飛び込んでくる。
同時に制空隊の「大和」と「武蔵」、それに「天城」と「葛城」ならびに「生駒」と「筑波」の合わせて七二機の零戦が加速、高度を上げつつ指示のあった方角へと機首を向ける。
一方、「信濃」と「甲斐」、それに「笠置」と「阿蘇」ならびに「伊吹」と「鞍馬」の同じく七二機の直掩隊は一式艦攻のそばを離れず絶対防衛の構えを見せる。
「制空隊は各中隊ごとに敵の迎撃戦闘機隊にあたれ。各中隊長は目標が重複しないよう注意せよ。数はこちらよりも向こうのほうが多いから、無理をしてすべての敵と戦う必要は無い。多少の撃ち漏らしは直掩隊が始末してくれる」
制空隊長兼「大和」戦闘機隊長の元町少佐からの指示に従い、制空隊の六個中隊はそれぞれが目星をつけた敵編隊に向けて突撃をかける。
「『葛城』隊は中央左の敵を相手どる。全機続け!」
「葛城」戦闘機隊長兼第一中隊長の三里大尉の怒鳴るような命令に一二機の零戦が敵編隊に一斉に躍りかかる。
先行偵察機のおかげで高度争いに後れはとっていない。
ほぼ同高度で激突した日米の戦い、だがしかし先手を取ったのは米側だった。
低伸するブローニング一二・七ミリ機銃の性能に絶大の信頼を寄せているのか、米戦闘機は先手必勝とばかりに盛大に機銃弾を吐き散らす。
だが、フィリピンでの戦闘をはじめとして、米戦闘機が取りうる行動パターンを周知されている零戦の搭乗員たちはそれよりも一瞬先に回避機動に遷移していた。
互いの機体が交錯した次の瞬間、三里大尉は敵がF4Fワイルドキャット戦闘機だということを看破する。
南方戦域では日本の戦闘機と相まみえることは無かったが、陸軍のP40と同様に剣呑な機銃を擁していることは間違いない。
零戦とF4Fが互いに相手の後ろをとるべく旋回する。
先にバックをとったのは零戦のほうだった。
九六式戦闘機に比べて大味になった、あるいは陸軍の一式戦闘機には及ばないと言われる旋回性能も相手が米軍のP40やF4Fであれば十分に通用するようだ。
美里大尉は金星発動機の太いトルクにものを言わせて一気に相手との距離を詰める。
此度の海戦で第一機動艦隊に用意された零戦は最新の二二型だ。
発動機は一一型や二一型が搭載していた四〇系統の金星から五〇系統のそれに変更され、馬力も一一〇〇馬力から一三〇〇馬力と二割近くも出力がアップしている。
また、四丁ある機銃も二一型が二〇ミリと一二・七ミリの混載だったものが、二〇ミリ機銃のベルト装弾機構の開発成功によってそのすべてが二〇ミリ機銃となっている。
機銃発射の直前、三里大尉は全周を見回す。
敵機を撃ち墜とそうとするその瞬間こそが最も危険だということは訓練生時代に耳にたこができるほどに聞かされている。
敵機が存在しないことを確認した三里大尉はいつも以上に丁寧に発射釦を押し込む。
両翼からそれぞれ二条の太い火箭が噴き伸びF4Fに次々に吸い込まれていく。
初速の速い長銃身から放たれる二〇ミリ弾をそれこそシャワーのように浴びてはいくら堅牢な米軍機もさすがにもたない。
「青木代われ!」
これまで後方で律儀に自分のサポートに回ってくれていた青木一飛曹に一番機の位置を譲り、三里大尉は二番機の位置に下がる。
銃弾の消費の偏りを無くすこともそうだが、青木一飛曹にも撃墜の機会を与えてやりたい。
そう考えると同時に三里大尉は「葛城」戦闘機隊長として全体状況を把握すべく周囲を見回す。
第二小隊長の魚崎飛曹長らしき機体が部下とともにF4Fを追いかけ回し、第三小隊長の住吉飛曹長の機体と思しきそれは列機とはぐれたのか単機でF4Fを相手どっている。
どちらも零戦側が押しているようだ。
一瞬で情勢判断を終えた三里大尉は次の瞬間、眼前の青木一飛曹がそれこそ単射かと見まがうような一瞬の射撃でF4Fを仕留めるのを認める。
三里大尉も腕には自信があるが、しかし青木一飛曹にはかなわない。
不謹慎なのは百も承知だが、それでも青木一飛曹のそれは技術というよりも芸術のようにすら感じられた。
だがしかし、青木一飛曹の神業とも言うべき射撃術に見ほれているわけにもいかず、三里大尉は意識を切り替えて他の獲物を物色する。
制空隊に与えられた任務は敵戦闘機の撃滅だ。
そして、敵の数はこちらよりも五割は多かったはずだからまだ獲物は十分に残っている。
そう考える三里大尉だったが、しかし周辺にF4Fの姿は無かった。
「この一瞬で全部食ったのか」
唖然とする三里大尉の周囲に魚崎飛曹長率いる第二小隊や同じく住吉飛曹長の第三小隊が集まってくる。
第二小隊それに第三小隊ともにそれぞれ四機、欠けた者はいない。
「魚崎隊、四機撃墜、一機撃破」
「住吉隊、三機撃墜、二機撃破」
第一小隊第二分隊長の深江一飛曹から敵機一機撃墜、二機撃破との報告を受けているから、第一小隊は三機撃墜、二機撃破となる。
「葛城」戦闘機隊第一中隊は二〇機近いF4Fを相手どり、その半数以上を撃墜し少なくない機体を撃破した。
このぶんだと、制空隊の阻止線を突破して攻撃隊本隊にたどりつけたF4Fは極めて少数のはずだ。
そうであれば直掩隊の防衛網をくぐり抜けることはまず不可能だろう。
そう思う三里大尉ではあったが、彼の考えは完全に正しかった。




