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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カッターとナイフとノコギリと俺

作者: 水無千景

はじめまして。是非、最後まで見てみてください。





 最近、家族の様子がおかしい。


 今まで、朝早くから寝ている俺を起こして、健康的な朝ご飯を作ってくれていた母親が、一切俺を起こさなくなり、ネコの残飯を自室の扉の前に置くようになった。


「最近、ご飯を作ってくれなくなったよね」

 

 と俺は言った。


「そうね、あなたにご飯を作るぐらいなら、一丁目の河川敷で、テントを立てて野宿しているホームレスのおじいさんに作ってあげた方がいいってことに、最近気づいたからかしら」


 母親は、笑顔で俺にそう言うと、サーロインステーキを人数分に切り分けた。

 当然、家族の人数から一人分足りない。


「そう」

 

 俺は、呟くと、自室へと続く階段を上ろうとした。

 すると、会社帰りの弟がちょうど家に帰る場面に出くわした。


「おかえり」

 

 俺が弟に挨拶すると、弟は俺の存在に気づいていないかのように靴を脱ぎ始めた。

 最近、弟は俺と会話をしてくれない。


 前は、「ただいま、兄さん」と、笑顔で一日あったことを報告してくれ、休日に遊びに誘ってくれていたのに。


 最近は、俺の部屋の扉にノコギリやハサミやカッターで傷跡を残してばかりいる。


「最近、話してないよね」


 俺がそう言うと、弟はにっこりと笑って、


「俺がただいまって言うとでも思った? 兄さんにただいまって言うぐらいなら、そこらを飛んでるハエに言ったほうがましだってことに、最近気が付いたんだ」


 と言って、「ただいまー母さん!」とキッチンにいる母に挨拶した。


 俺は、そんな弟の様子を見つめた後に、再び自室に戻ろうとする。

 階段を上って角部屋の自室が見えてくると、ちょうど自分の部屋から出て行こうとしていた妹と鉢合わせる。


「美晴」


 と俺が妹の名を呼ぶと、妹は速攻で自室に戻っていった。


 バタンッという大きな音が廊下に響き渡る。

 俺は、妹の部屋の扉をノックした。


「何か用?」

 

 不機嫌さが滲み出た唸るような声音が、扉の奥から聞こえてくる。


 最近、いつも俺の姿を見るなり飛びついてきた中学生の妹がそっけない。

 いつもは俺と一緒にゲームを攻略したり、妹の好きなアイドルグループのライブ映像を見ようと誘ってくれたりしていたのだが、最近は、俺の歯ブラシでトイレ掃除ばかりしている。


「最近、俺に冷たくなったな」


 俺がそう言うと、妹は、


「当り前じゃない。あんたに愛想振りまくくらいなら、理科室の骨格標本に愛をささやいた方がましってことに、最近気が付いたの」


 と言った。


 俺はおとなしく自室に引きこもろうとする。

 部屋に入る瞬間、スマホの着信音が鳴った。


「もしもし?」


 番号を確認せずに、思わず通話ボタンを押す。


「あぁ、美佐子? 引っ越し用のトラックはもう頼んである。明日、適当に裕也を外に連れ出しておくから、その間に業者を呼んで裕也の部屋の荷物、全部運んでおいてくれ。家具は全部廃棄処分だ。あとは裕也をどっか遠い山奥にでも睡眠薬飲ませて捨てておくから安心しろ。おい、美佐子? 聞いてるのか? みさっ! ピーピーピーッ!」

 

 俺は、スマホの電源を切った。

 

 父親からの電話だ。

 美佐子とは、俺の母親の名前である。

 そして、裕也とはもちろん俺の名前だ。

 

 死のう――。

 

 俺はこの時、確実にそう思った。

 

 俺は、自室の扉を開ける。

 すると、そこには天井にいつの間にか取り付けられていたフックから、まったく身に覚えのない太いロープが輪っかの形をしてぶら下がっていた。

 その下には、学習机の回転椅子が置かれている。

 俺は、安定感のまったくない椅子の上に立ち、ロープの輪っかの中に顔を入れてみた。

 

 二十八歳ほぼ引きこもり歴十四年無職。


 この肩書が周りの人間に与える影響は凄まじい。

 今まで親しかった友人も、いつの間にか携帯番号が変わっていたり、すれ違っても俺に気付かない。


 親戚など、ここ十年程見ていない。

 毎年正月には俺の家に集まるというのに、祖父がいつもはくれない万札を五枚くれて、これで好きなことをしてこいと言って来る。

 もちろん、その日に家には帰ってはいけない。


 家では常に肩身の狭い思いをしなければならず、母親からは泣きつかれ、父親からは罵倒され、弟からは殴られ、妹からは家族と認識されない。

 そして、最後には誰もが俺の存在に見て見ぬふりをする。

 俺だって、こうなりたくてなったわけではないのに。

 周りの人間は総じて俺を責める。


 「お前が悪い」と。


 どうして俺が悪いと決めつけるのだろう。

 俺だって、こんな平凡な家庭に生まれず、富豪の家だとか、名家の家だとかに生まれていれば、こんな人間にはならなかった。

 中学の時、俺の事をいじめていた榊と同じ中学校に進学していなければ、俺が引きこもっていた間、外へ連れ出してくれる優しい友人がいれば、何か命を懸けてもいいといえる趣味があれば、俺にしかできない才能が有れば変わっていたかもしれないのに……。


 だが、親は選べないし、自分の才能も選べない。

 周りの環境も選べなければ、自分の運命さえ選べない。



 全てが俺のせい? 


 そんなわけはない、全ては最初から決まっているんだ。

 俺はこうなる人生で、こんな人間になるために生まれてきてしまったんだ。

 だから、仕方がない。

 これ以上生きていても意味がない。

 死のうと思ったことは何度もあった。

 でも、その度に行動に移すことはできなかった。


 だけど、今回ならば。確実に俺は死ぬことができる……!


 俺は、グラグラとふらつく足元の椅子を蹴ろうとした。

 だが、いざ蹴ろうとすると、何とか歯を食いしばって椅子を放すまいと足先に力を入れてしまう。

 しばらく縄を掴み、グラグラと揺れていた。

 首にはロープの輪っかが嵌まっていて、足元には不安定な回転椅子。

 散らかり放題の汚部屋に、緑色のジャージに丸眼鏡をかけている無職の男。


 全てが惨めだった。

 

 結局、俺は縄の輪っかから首を離し、床にダイブした。

 ダンッという大きな音が家中に響き渡った。

 掛けていた丸眼鏡が遠くに吹っ飛んでいく。


 失敗だ。

 やはり、死ぬのは怖い。

 こうやって、今まで自殺をしようとしては諦めてきた。

 

 そして、今回も諦めた。

 やはり俺は、自分で死ぬことはできないのだ。

 その事を、今回ほど実感したことは無い。


 何故なら今回は、俺が自殺できる最後のチャンスだったのだから……。

 

 俺は、大量のカップラーメンの空の容器が積み重なっている、学習机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 

 その時だった。


「お兄ちゃん。開けて?」

 

 妹の可愛らしい声が、唐突にドアの外から聞こえてた。 

 

 最近俺に対して冷酷な言葉を発し、邪険に扱っていた妹からは考えられない程甘えた声だった。


「兄さん。鍵を開けてくれよ?」


 最近、俺の部屋の扉を無言で切りつけていた気性の荒い弟とは思えない程、穏やかな声音で、鍵の掛かった自室の扉を開けてくれとせがんでくる。


「裕也? ちょっと扉を開けてくれないかしら?」

 

 母の声も聞こえる。

 いつもの、優しい声だ。


「ここを開けろよ。頼むから」


 先程スマホで聞いた声と同じ声が聞こえてくる。

 いつの間に父が帰ったのだろう。

 全く気が付かなかった。

 

 俺は、部屋の扉を開けるつもりはなかった。

 何故なら、俺が自分で扉を開けたところで、その後に起こる展開はもう決まっているのだから。

 

 俺は、一枚の紙。もとい、契約書の契約事項を目に焼き付ける。

 あれから、もう半年の月日が流れた。

 もっと早く死ねると思ったが、念のために半年間契約を結んでいた。

 そして契約の最終日が今日。

 今日の午後六時までに、俺が契約の第一項目を成し遂げることが出来なければ、第三項目が執行される。

 

 バキッと、扉に穴が開いた音がした。

 暗い室内に、一筋の光が漏れる。

 その先には、斧を持った弟が立っていた。

 そして、弟の後ろには、カッターを手に持つ妹と、包丁を持った母親。

 ノコギリを手に取る父親の姿が見えた。

 

 大きく開いた穴を弟が再び斧で押し広げ、家族全員が俺の汚部屋に足を踏み入れる。


「さようなら、お兄ちゃん、兄さん、裕ちゃん、裕也」

 

 家族の重なった声が聞こえる。

 家族四人は、各々凶器を手に取り、俺に向かって飛び掛かった。

 一瞬、凄まじい程の痛みが全身を駆け巡る。

 痺れる思考の中で、俺は思った。

 自殺しておけばよかったーーと。











「お疲れさまでした!」

 

 パチパチと、拍手の音が一人の男の死体を囲んでいる私たちに向かって向けられる。


「おい、本当に俺たちは罪に問われないんだよな?」

 

 血のこびり付いた斧を右手に持った若い男は、険しい声でそう言った。


 そういえば、と思った。

 彼は今回が初めての仕事だったと。


「えぇ、もちろんですよ。依頼人様との契約にはきちんと記載されております。契約期限を過ぎた場合、第三項目が執行されると。これは正式な契約書ですので、我々が罪に問われることはありません。もし、万に一つでもそのようなことがあれば、我が社が責任をもってあなた方の身の安全及び社会的地位を守りますので、ご安心ください」

 

 典型的な営業口調が特徴的な血の付いたノコギリを右手に構える五十代前半の男は、そう言った。


「第三項目を執行した場合、通常の契約金の五倍が支払われるのは、確かなのよね?」

 

 血に濡れた包丁をエプロンの端で拭いながら、金に汚い嫌な笑みを浮かべた中年女性が問いかける。


「はい、もちろんでございます。通常の契約金の五倍、一千万円をお支払いいたします」


 彼の言葉に、中年女性は満足したようだった。


「死体の処理は、早めにしておいてよね! あぁ、いやんなっちゃうわ、長い間この仕事をやってきたけど、第三項目を執行したのは初めてだったもの」


 彼女の包丁を持った右手が、僅かに震えていた。

 当たり前だろう。

 これは殺人だ。

 例えこれが依頼主との間で正式に交わされた契約の一部だったとしても。

 

 私も、最初に第三項目を執行した時は、まともではいられなかった。

 それまで数々の死体を目にしてきたが、自分で殺した死体というものは、あらゆる意味で違った。

 しばらくの間、休職していた。

 だが、私のこの中学生にしか見えない容姿というものは、需要が多いらしい。

 多額の報奨金につられて、再びこの業界に舞い戻って来た。


 そう、死と隣り合わせの、この『自殺部屋提供会社』に。


 

 『自殺部屋提供会社』


 それは、二十二世紀密かにブームが到来した。

 昨今、現代社会では自殺者が急増しており、その主な自殺場所は自宅が七割だった。

 

 そのため、この事態に損害を被り始めたアパートやマンションのオーナー、及び管理会社は、契約者が自宅で自殺をした場合、法外な慰謝料を自殺者家族に請求することを、部屋を貸したり、購入する際に契約し始めたのだ。

 そのため、家族に迷惑をかけないよう一時期海への投身自殺が流行っていたが、やはり馴染み深く落ち着く自宅で死にたいと考える人間が多いのか、いまだに四割の人間が自宅での自殺をしていた。

 

 そんな現代の社会問題に着目し、一計を案じたのがこの『自殺部屋提供会社』である。

 その名の通り、お客様が自殺するための家を提供する会社である。

 それも、今まで住んでいた自宅と変わらない落ち着きをお客様に感じていただくため、より家に馴染ませるための偽りの家族を提供している。


 人生の最後だ。

 ありったけの貯金をつぎ込むことを厭うわけもないお客様からの契約金を元に、『自殺部屋提供会社』はあっという間に全国各地に支社を作るなど広がっていった。

 

 もちろん、そんな法外な業務内容を政府が黙って見ているはずがない。

 だが、会社が発足してからは、自宅での自殺者が大幅に改善されたこと、及び、社長がどんなツテを持っているのかは分からないが、裏に手を回して動いていたことにより、政府黙認の正式な一企業としての地位を確立した。

 

 そして、そんな会社に私は就職した。

 理由は、高額のお給料と、私にしかできないお仕事だからか、その分また金が上乗せされるという理由からだろうか。

 

 私は、三十五歳にもかかわらず、中学生にしか見えない容姿をしている。

 それが病気なのか、遺伝的なものなのかは分からない。

 けれど、この容姿でことごとく就職試験に落ちてきた私には、金に困ってゴミステーションを漁っていた私をスカウトしてきたこの会社に就職するしか道はなかったのだ。

 

 この会社では、お客様が幸せな自殺を遂げられることをモットーにしている。

 そのため、お客様の理想の家族を提供するのだ。

 ごくありふれた一軒家に、お客様の理想としている家族像そのまんまの家族を演じる従業員を提供し、一緒にしばらく過ごす。


 だが、契約終了日から十五日前までにお客様が自殺を実行しなかった場合、徐々に家族がお客様が自殺したくなるよう追いつめていくシステムになっている。

 それは、最初の契約時点でお客様が必ず自殺をすることを誓わせたからだ。

 契約は、完璧に実行されなければならない。

 契約期間最終日までに自殺をしなかった場合、私たち家族である従業員たちがお客様を殺さなければならない。


 私は、この業界に入って十三年が経っている。その間、何度もこの手でお客様を殺してきた。

 

 今回の依頼者様は、二十八歳の引きこもりニートをしている『田淵裕也』という男だった。

 緑色の一昔前に流行ったジャージに、分厚い丸眼鏡を掛けた、冴えなく野暮ったい容姿をしている。

 家族からの風当たりが酷かったこと、そして、これからの人生に絶望したことから、この会社に依頼を申し込んできた。


 彼のようなお客様はたいして珍しくもない。

 就職難なこの時代、無職になって親の脛をかじった挙句、肩身が狭くなり自殺を図ろうと簡単に考える若者は珍しくないからだ。

 

 けれど、半年の間家族と慕っていた人をこの手で葬ることだけは、未だに慣れることは無い。


「ホント、今回は中々死なないんだもの。参っちゃうわよ。ま、その分お給料は良くなるからいいんだけどね」 

 

 そう言ったのは、この道三十年の、今回のお仕事で『田淵裕也』の母親役をやっていた女性だった。


「さっさと自分で死んでおけばいいものを。人の手を煩わせやがって」

 

 部屋の中心で息絶えている死体に向かって唾を吐きかけたのは、今回が初めての『自殺部屋提供会社』での仕事だという『田淵裕也』の弟役を演じていた元俳優の男。

 彼は初回にも関わらず、やはり演技がうまかった。


「みなさん、お疲れ様でした。玄関にワゴン車を用意しております。今回の仕事の給金は手渡しとなっておりますので、事務所のシャワー室をお使いになったあと、会計課からお受け取り下さい」

 

 社長にも関わらず、やたらと低姿勢で、末端の従業員にまで頭を下げるのは、今回の仕事で田淵の父親役をやっていた男だ。

 母親役と弟役の男は、手に持っていた凶器をそこらへんに放置すると、早々にこの部屋を出て行った。

 社長である父親役の男だけは、田淵であった男の死体の側で片膝をつくと、合掌をする。


「契約は無事遂行いたしました。ご冥福をお祈りいたします」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ダークなストーリー設定と出だしからは想像できない展開で面白かったです。 [気になる点] 最後の種明かしが少し長いような気がしました。一部は前半で伏線にしてもいいんじゃないかと。 [一言]…
[良い点] 「俺」がごく潰しなのかな…というのはなんとなく予想しつつも そこから始まる怒涛の展開が楽しめました。 作家が原稿を完成させるまで閉じ込めるカンヅメという行為がありますが、 それを思い出させ…
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