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少女を担いでただ逃げる、俺だ!


 ウナと不思議な物語を終えて、家に帰ってきたあと、ウナは朝まで目覚めることはなかった。

 昨日みた力は、間違いなく魔法ってやつでいいと思う。もし俺にも使えるなら是が非でも使いたいものだが、熊に魔法は必要か?ないだろうなぁ。生きてく上で便利ではあるが無くても困らないし、憧れはあれど現実味がない。こういうのは異世界人の特権であるべきだろう。


「おはよ...」


 ウナの目が覚めた。ウナは朝は弱い方な気がする。目が半開きでうとうとしていた。

 熊の俺にはそこまで眠りを大切にしていない。俺は熊に詳しくはないので、もともと睡眠時間をあまり必要としていないのか、それとも俺の個体差なのか。


 今日もいつも通りの日常が始まる。そこにいつも通りではないウナという少女を連れて。


 朝は小河への洗顔から始まる。これは人間時代と何ら変わらぬ染み付いた生活習慣のなせるものだろう。生活習慣と言えば風呂に毎日入っていたが、あいにく今は冬。昼になって日差しがよければ水浴びしてみるのもいいかもしれない。


 魚を二匹打ち上げ、ウナが昨日作った調理場(仮)に火種を足して火をつける。


【ファイア】


 見るのはこれで3回目だがやはり魔法とはいい物だ。生活がずっと便利になるし、焼いた魚が食えるのは特権だろう。

 ウナは果たしていくつの魔法を使えるんだろうか。気になってので聞いてみることにした。


ウナは他にどんな魔法が使えるんだ?


「おさかなさんおいしいね」


 ダメだ。熊語は通じないらしい。

 魔法が使えるなら獣と会話ができる、なんて都合の良い魔法があっても良い気もするが。


 今日も美味しい火の通った魚を食べたあと、目的もなく散歩する。

 日が登り、だいたいお昼頃かなと言う時間。気温も珍しく高いようだし、水浴びをしようと思った。

 俺は河へとやってきて水の中へと向かった。俺は無駄にデカいので、腰にも浸からず先に足が付いてしまう。その状態で水を掬い身体に浸す。時間はかかるがこれが一番綺麗になる。

 

 そういえばウナはどこにいるかなと視線を向けると少し離れた場所でこちらを見ていた。こちらへ少し手を振った。

 それを見て俺も手を振り返す。が、ウナは入らないのか?

 俺はウナの元へと寄り入らないのか?と訴える。


「みずあびはきらい」


 なんと。水浴びをしたくないと申した。だが明らかにずっとお風呂に入っていないだろう。髪は痛みきっているし、獣の俺には言うほど気にはしないが、少し臭う気もする。

 女の子たるもの自分を綺麗にしてなんぼだろう。俺は強引ながらウナを持ち上げて河へと向かった。


「ちょっ、くまさん、や。や!」


 ささやかな抵抗をするウナ。

 ふはは。知らん。俺は問答無用で河へとぶん投げてやった。

 ざっぱーんと音を立ててウナは水の中へ入る。この河は浅いから溺れる心配はないし、例え流れようとも助ける分にはこの熊スペックを使えば余裕で救助できる。

 ウナは水面から頭だけ出して膨れっ面でこちらは見た。


「いじわる」


 うるさい。女の子なんだから自分のことは自分で綺麗になさい。好きな人ができた時に呆れられるぞ。


 ウナに普通の人として生きることは難しいし、問題は山積みだが、できる限りウナには人として生きて欲しい。

 人間の頃に子供はいなかったが嫌いではなかった。押し付けがましい父性ってやつが働いているんだ。すまんな。


 ウナは観念したように水の中で身体を擦った。綺麗にする気になったようだ。

 俺も少しばかり罪悪感はあるので、爪で傷つけないように、そっと優しく髪を洗った。綺麗な髪だった。普通に生きていればこんなに傷んでない美しい髪だったのではないかと思う。


 水浴びを終えた後、水面から出てきたウナをみて、そういえば服を着たまま放り投げてしまったことを思い出す。その証拠に唯一の服もびっしょりと濡れていた。


 どうしたものかと思うとウナいつも通り【ファイア】で火をつけると、服を着たまま乾かし始めた。すまん。


 身体を乾かし、お昼ご飯を探しにいこうとしたら、昨日助けた狼はが現れた。口にうさぎを咥え、背中には少量ながらキノコが乗っていた。

 狼はウナの元へと近づくと、ぺこりと一礼して持ってきた物を渡してすぐにまた野生へと帰った。


「ありがとー」


 ウナは去る狼にお礼を言って手を振った。俺も振っとこ。


 焼きキノコに焼きうさぎ。いつもとはレパートリーの違う食材に少し嬉しさを感じた。

 キノコは生で食うには抵抗があって今まで避けていたが、焼けキノコなら抵抗なく食える。むしろ久しぶりの野菜に少しテンションが上がった。


 マイホームへと帰ってくる。するとこのただ建てただけのログハウスは味気ないと今更ながら自覚した。ウナもここに住む気満々だし、家具の一つや二つは作るべきかもしれない。


 俺とウナは少し歩き建てたマイホームからは反対側の場所へやってきて気を倒す。ウナには危ないから離れていろとジェスチャーしておいた。


「わたしもやる!」


 そう意気込むウナだが、こんな幼女にどうやって気を切ってもらうのか。もう一度危ないから離れておけと伝えようとすると、


【エアー・カッター】


 ウナがそう言うと風の刃が飛んでいき、気を一本薙ぎ倒した。


わーお。魔法すっげー。


 ウナは俺が思っているよりずっと逞しい子なのかもしれない。これだけ強い力があるなら村の人も怖がって生贄にしようとしたとか、そんな感じなのかなーと考える。熊の俺にはわからん。


 それから5本の木を倒して、切った木の下の幹の部分を無理やり引っ張り出して椅子の完成。

 切った木を更に小さく切って4本の足を作り、一本の木を縦に切断。これを乗っけて机を完成させる。この爪本当になんでも切れること。恐ろしいね。


 次にベットでも作ろうかと思ったが、まずは木を乾燥させるところからだろう。何本かの木は持ち帰りマイホームの近くに立てかけた。

 そうそう。持ち帰ると言ったら、だいぶ前に倒した猪の角を持ち帰った。今はマイホームの中に適当に放置している。

 我が生涯に立ち憚った強敵として、弔いの意味を込めたつもりだ。

 マイホームの中に作った椅子と机を入れて、夕飯を魚を焼いて食べた。人間らしさを取り戻した気がした。


 夜の寒さは堪える。俺には耐えきれないものだった。だが毎晩必ずウナは俺にくっついて眠った。その人の温もりに、俺は安らぎを覚えた。怖い夢は見なさそうだ。


 一か月は経ったぐらい。俺はベットの制作に臨んだ。木を何枚も薄くして重ねて、足を作り超簡単簡易式ベットの完成だ。

 だがベットが使われることは一度だけだった。最初の一回はウナもベットで寝たが、俺の毛皮布団が相当気に入ってたらしい。ベットができて二度目の夜には気づいたら俺の腹の上にいた。モテる男は辛いぜ。

 それと、家の中に調理場を作った。マイホームの真ん中の地面に小さい四角い穴を開けてそこで火を使える様にした。

 これで家の中で調理はできるし机もあり、椅子もある。これはもう完璧なのでは?限りなく、家に近いだろう。トイレは野糞派の俺は作る必要を感じなかったがウナはどうなんだろうか。


「くまさんただいまー」


 どうやらウナも野糞派らしい。



 あれから4年は経った。多分。ウナもある程度成長して、大きくなったと実感する。

 年齢不詳だが、もし初めて会ったのが6歳ぐらいだとすればもう10歳の訳だ。人の成長は早い。それに比べて俺は何も変わらなかった。

 強いて言うなら、変わったと言うなら俺はウナの為に生きてきたと言っても過言じゃないだろう。何の目的もなく、ただ生きることを考えてた俺は、いつしかウナと共に生きる事を考えていた。ウナは不器用な子だった。多くは語らず、ベットを作ってやっても俺と一緒に寝たいという、本当は寂しがりやな子だった。今でこそ遠慮はなくなって。俺を布団にするのが当たり前になっていた。




 ある日のことだ。

 ウナと散歩しているとき、あの狼と出会った。それも一匹ではなく何匹も。数えたら十匹はいたと思う。空も次第に怪しくなり、雨が降り始めた。

 狼共がぞろぞろとどこかへ向かう様子を見て不審に思った俺とウナは後を付けた。それは山の頂上へ向かっていた。何があるのだと思いついていくと、次第に身体中に違和感を生じた。頭の中が真っ白になり、気持ち悪さが生まれた。

 するとそこには、あの日感じた禍々しナニカがいた。ナニカが。いたのだ。そこに。




 それは、言葉で表すにはとてもじゃないが恐れ、畏れ多い者なんだと知った。相対すること、いや、この目に焼き付けることすら不敬であると。敬虔なる使徒の様に。跪くのだ。

 

 黒と赤で塗られた、山羊だが身体の半分以上は形が現せない黒いモヤの塊の様に認識した。では何故山羊であると思ったのは、その頭に生える2本の巻角。人智を超えていた。それを理解できない俺たちなど、ゴミクズでしかない。

 瘴気があたりへばら撒きながら、頂上へ立つ姿はこの世のものではないと断言できた。


 狼共はその山羊へ、命を捧げるように跪く。俺はその中の一匹となっていた。何が山の長だ。あれがあれこそが、この山の長なのだ。全てを捧げ、全てを委ねるべきものであると。


そうだ。ウナは、ウナはどうした。彼女にも共に跪きこの世への救いを求めよう。開放を求めよう。それこそが我々の生きた意味なのだ。


...本当にそうか?俺は今までこんな初めて見る山羊に人生を捧げるために生まれたのか?違うだろう。

俺はあの少女を。身元不明で不思議ちゃんで、水が嫌いで、でもどこか逞しくて、俺のことを最初とは思えないぐらい遠慮なく布団にして眠るような、寂しそうな、かわいそうな、あの少女の為に生きてきたのではないか?


そうだ、俺は。ウナと共に生きてきたんだ。

ウナを探した。必死に、懸命に探した。するとウナはずっと後ろの方で頭を抱え、苦悶の声を漏らしていた。

 俺は震える足をぶん殴って喝をいれウナの元へと駆け出した。


ウナ!逃げるぞ!


 俺はウナを抱えて逃げ出した。後ろは決して振り向かなかった。いや振り向けなかった。あちらを向けば俺は帰って来られないと思ったからだ。頭を押さえ、苦しむウナを見て俺は言いよがないもどかしさを感じる。ウナは俺が守らなきゃいけない。

 逃げ出した場所からは肉片が潰れる音、びちゃりと、ぐちゃりと、何かが弾ける音。掻きむしる音が響いた。


〈正気度の減少を行います。・・・処理しました。抱えた聖女の力によって本来失う正気度を    から まで減少します。及び、人度が減少し、熊度が上昇します〉


頭の中にクソ訳わからねーことを誰かがほざいてやがるがうるせぇ!ウナを助けなきゃならねーんだ!


 俺はウナと共にマイホームへ向けて山をずっと降った。雨が止む気配はなかった。


 

何が山の長だ。あんな、あんなものがいるのに長なんて片腹いたい!アレこそが恐怖そのもの。この世のものではないナニカなんだ!


雨の中、たた無様に逃げ去るダサい巨体がいた。そうだ。俺だ


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