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少女担ぐ。そう、俺だ


 人間、とういう存在に俺はどこか憧れがあったのかもしれない。いや、俺だって人間だったわけだが、熊として生き、自分が熊であることに疑いをもてず、毎日を生きることだけを考えた結果、俺は人間としての感情を置き去りにしていたのかもしれない。

 

 目を擦りこちらに薄目で見つめてくる少女。彼女は冬場だというのに破られたように半袖の黒く薄汚れた白い雑な布を着ていた。髪は無理矢理切られたのか、乱雑に揃えられていない緑のショート。髪は痛みきり、びしょびしょに濡れていた。目は透き通るような青い目をしていた。そして目を引く身体中の痣や打撲痕は痛ましい。そして、その少女の身分を一言で証明するような、千切られた鎖を付けた首輪。彼女は奴隷ってやつなのか。それとも迫害された忌み子なのか。そんな彼女を見て、俺はずっと遠くに忘れてしまった人間らしさを取り戻したのだ。

 彼女の身を心配する気持ちもあったが、そんな事より人と出会えた。その喜びが勝った。

 彼女はまだ頭が動いてないのか、ただ俺を見つめている。開幕驚かれてパニックに陥られても困る。むしろ好都合かもしれない。


 俺は少しでも怖がらせないように、血抜きしたうさぎを家の外に寝かせ、ゆっくりと、極力慎重に家の中へと入った。

 自分の家なのにえらく臆病だと思うが仕方がない。まず少女に近寄ることだ。別に何かしようって訳じゃない。ただ、今までの人肌恋しさを感じたかったのだ。

 そうか、俺は、寂しかったのだ。


 少女に2メートルぐらいの間を空けて、座る。世の中ソーシャルディスタンスは適切な距離だろう。


「くまさんもひとりなの?」


 驚いた。なんとこの少女は近づいた俺に恐怖を覚えることなくただ、純粋に、俺のことを案じているようだ。

 俺は喋ることはできるが、多分それは熊語という人類には到底通じないだろう言葉なので、首を動かし頷いた。

 何にしても異世界なのに言葉が通じるとはご都合主義なものだ。


「そっか。わたしもひとりぼっちなの」


彼女が何故こんな場所にいるのかは分からない。どこからか逃げたした。そんな印象を受けたが、一人は寂しい。それだけは俺にもわかる。


「いっしょにいていい?」


 なんと。熊の俺と一緒にいてくれるというのか。俺は頷いた。


「ありがと」


 彼女はそのままゆっくりと立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りで俺の方へ向かい、抱きついた。

 戸惑いもしたが、下手に動けもしない。なぜなら彼女がすーすーと静かな寝息をし始めたからだ。俺はそんな彼女の枕となって、夜が明けるのを待った。

 久しぶりの人肌は、とても暖かいものだった。




 夜が明けて、いつの間にか雨も上がっていた。

 彼女は間もなく目を開けて、こちらに目を向けて言うのだ。


「おはよ」


 ああ。おはよう。

 久しぶりの挨拶だった。


「おなか、へったね」


 彼女はお腹をさすった。

 俺は立ち上がるため少女をどけ、のそのそと状態を起こす。二足歩行する俺に彼女は首を傾げたが、歩きだす俺にとてとてと付いてきた。

 家の外に置いたうさぎはいつ間にかいなくなっていた。確実に殺しているため、他の獣に喰われたとかだろう。

 俺は熊になってからのルーティンとして小河へと向かうのだが、少女も着いてきた。


「おみずいっぱいだね」


 小河だからな。


「おさかなさんもいる」


 小河だからな。

 俺は水を掬い顔を洗った。すると少女も真似するように顔を洗う。


「つめたい...」


 冬だからな。

 彼女は顔をしかめた。俺は彼女と話すことができない。だが少女は腹が減ったと言っていたので、魚を取ってやろうと思った。別に面倒を見る気もないし、この先どうするかなんて考えてもない。だがどんな生物だろうと、腹が減っては満たそうとするものだ。


 俺はいつものように河の中へ入り、爪を立てて魚を打ち上げた。

 きらきらと太陽の光に照らされ鱗が輝く。その姿に少女は目をパッチリと大きく見開いた。


「くまさん、すごーい!」


 パチパチと拍手する少女。なんのなんの。少し照れ臭くなる。

 打ち上げられた魚は一匹。だがこの場に居るのは一人と一匹なので、俺はそのままもう一匹も打ち上げた。魚も冬を超える為なのか、かなりの数を減らしてしまったから稚魚は出来る限り取らないようにしている。生態系とか壊したら食う物も無くなってしまうからな。


 さて。問題なのはここからだった。俺は魚を生でかぶりつくが、人間は生の魚などそう食べない。でもここには火なんてものはないし、どうしたものかと考える。

 そうこう考えていると、魚はその尾鰭を華麗に使い河へと帰ろうとするので、近くにあった太めの木の枝を口から貫き、二匹とも串刺しにした。

 かなりの血が溢れたが、少女にはバイオレンスな光景だったかと気にしてみるが。少女も逞しい性格のようで、何事もなかったように石を拾い集めてきた。その石を炎上へ囲い、真ん中に乾燥してそうな木の枝を集めた。


【ファイア】


 ゴウッと音を立てて枝に火がついた。

 ってなに?


 少女はよくやったでしょ。というようにふふんと両手を腰に当てて鼻で笑った。

 いや、それにしてもなんだ今のは?少女が手を伸ばして何かを念じたような瞬間に火が生まれたのだ。まさか、魔法?

 この世界が異世界ってやつなら十分考えられる。この少女は、もしかしなくても、魔法使いってやつなのか?

 少女は串刺しにした魚を俺からひったくり、地面に刺して魚を焼き始めた。


 凄いぜ。凄いとは思うが。人の物をひったくる感じはくまさんちょっと感心できないよ?

 それから暫くして魚が焼けたあと、少女は魚へとかぶりついた。


「おいしい」


 どれどれ、俺も一口食べてみる。

 ...なるほど、これは美味い。今まで魚は生で噛み付くだけだったが、火を通した魚の味がこれほど美味いものだったとは。長らく忘れていたら感覚だ。人間らしい物をここにきて初めて食べた。


 魚を食べながら、俺は通じもしないだろう熊語をお披露目してみる。


 それで、お前はなんて名前なんだ?どうしてこんな場所にいる?


 話してみたが発せられた音はぼうぼうと情けない声だ。

 だが少女は返してくれた。


「わたしはうなっていうの」


 ウナ。それが彼女の名前らしい。

 俺は彼女と会話しているつもりでボウボウと行ってみる。


「わたしね。むらのみんなのためにやまのかみさまにささげられるはずだったの」


 彼女は自分の身の上話をしてきた。会話は何故か成立しているようだった。


 村?神様?この辺に村なんかあったか?俺が知っているのは麓から見えた小さな集落ぐらいだが、アレのことか?

 それに神様ってなんだ?この山に神様なんて今のところ見たことないが。もしかして、俺のことか?ついに俺は自称山の長から神様になったらしい。いや知らんけど。

 つまりあれか。この子は、生贄ってやつなのか。だがなんで生贄なのにこんな場所にいるんだ?


「わたしね。わたしがかみさまのものになるのがきまったひから、おかあさんともおとうさんともはなればなれになっちゃったの。しらないばしょにとじこめられてにげられないようにつながれちゃった」


 生贄。それがどういった制度なのかは知らない。だが、こんな5.6歳といった少女を親から引き離し閉じ込める。それがどれだけ残酷な事なのかは理解できる。逃げられないように、鎖で繋ぐ。酷い話だ。


「ずーっとずーっとどこかくらいいえのなかにいて。ごはんたべたくてもたべられなくて。たまにもってきてくれるきのみだけたべてた。だから、おさかなさん、すごくおいしい!」


 目をキラキラに輝かせて魚を食べる少女に、痛ましさを感じた。

 こんな小さな女の子が親とも会えず満足に飯も食えず、暗い場所に閉じ込められる。

 子供っていうのは外で遊ぶものだ。病弱だとかそういう理由がない限り、外で遊んで、笑って、飯食って、幸せに生きるものだ。それが子供の仕事であり、義務なんだ。

 俺は無意識に頭を撫でていた。爪を引っ込め、優しく、優しく。傷つけないように頭を撫でた。この透き通るように鮮やかな綺麗な目を、少しでも濁らせないように。


「くまさんありがとう」


 そう言って微笑む少女を、俺は守ってやらないといけない。そんな気がした。




 腹を満たして、散歩をした。

 ウナは俺を追いかけるようについてきた。何度も何度も離れてしまう距離を少し駆けて近寄ってくる。俺はスピードを落としてウナに合わせるように歩いた。


「わー!」


 ウナは楽しそうに走った。ぐるぐると俺の周りを駆けて、色んな光景に目を白黒させた。それは年相応な本来のウナの姿なんだと思う。


 そして、何より驚いたことがある。


「こんにちは」


 そういってウナは小さなうさぎやリスに挨拶をした。この小動物たちは俺が近くにいるときは決まって息を殺して過ぎ去るのを待つだけ奴らなのに、俺が近くにいるというのにウナの前へと現れたのだ。

 ウナが優しくうさぎを撫で、うさぎはされるがままに、むしろもっと撫でろと言うように身体を寄せていた。どうやらウナは動物に好かれやすい体質なのかもしれない。

 俺も微笑ましげに近づいたら、どいつもこいつも散らばって逃げてしまった。


「くまさん、こわがらせちゃめっだよ」


 そいつは無理な相談だ。俺はなにもしてないんだからな。

 そうして一匹と一人で山を巡った。いろんな物をみた。今までの散歩とは違い、誰かが一緒にいると言うだけで、楽しく思う。

 

 そんな平和そのものの中、一変して変わった匂いがした。とても不快で、吐き気を催す激臭だ。だが血の匂いではない。物が腐ったような、だがそれでいて、どこか異端なる匂い。俺はこの匂いを知らなかった。


 引き返そう。

 俺は嫌な予感がしてウナの手を引いて来た道を帰ろうとしたとき、ウナが匂いの方へと駆け出したのだ。


おい!ウナ!


 ウナを追いかけて進んだ先には、一日の狼が横たわっていた。この山に狼が居たのは知っていたが、その姿を見るのは初めてだ。奴らと俺とでは生きるテリトリーが違ったし、互いに干渉をし合わないように動いていた気がする。


 そんな狼の足には、見たことがない文様が浮かんでいた。赤黒い文様は身体に根を張り、細胞の一つ一つを取り込もうとする。根は禍々しい眼を生やした。それでいて、神聖さを感じた。まるでこの世の物じゃないような、どこか遠くの、それも遥か彼方、宇宙のどこか果てを連想させた。

 正気を失いそうだった。根はまるで生きているかのように、それは正に触手のように狼の身体中に回る。

 そのあり得ないと思ってしまう光景が、何故か神の悪戯の一端と思えてしまったのだ。

 狼は苦しみ、のたうち回っているというのに、俺はどこか、羨ましさを感じた。


「おおかみさん。いまたすけてあげる」


 助けるとはなんだ。彼は今から偉大なる神の命にて身を捧げるのだ。邪魔をしてはいけない。何故かそう思いウナの手を引こうとすると、ウナから黄金の光が走った。


【トワイライト・ヒール】


 なんだ、これは。

 それはまるで神の奇跡だった。ウナが触手の根元に触れた途端、黄金の光は触手を這い、浄化するように消していく。眼は血走りながら、白目を向いて、そして消えていった。


 全てが終わったかのように、ウナから溢れる光は次第に小さくなっていき、消えた。


「はあ...はあ...」


 ウナは全身をびっしょりと汗を巡らせ、意識を保つのもやっとだと言うように座り込んだ。


 根が生やされていた狼は立ち上がりウナへと姿勢を正して礼をした。礼をした狼は要件は終わったと言うようにどこかへ駆け出す。

 残されたウナは微笑んだあと、地面へ身体を委ねた。


ウナ!


 俺はウナへ駆け寄り、意識を確認した。

 すーすーと初めて会った時のように気持ちの良さそうな寝息を立てて、俺の手をちょこんと引っ張るように繋いできた。


 それから俺は、ウナを担いで家へと向かった。今日みたあの光景はなんだったのだろうか。あの禍々しくも、平伏したくなる眼はなんだったのだろうか。それにウナが浄化したあの光は?

 俺はあの光がウナを生贄とされた理由であるような気がした。

 ウナは普通の少女ではなく、それはまるで神の使いだというような神聖な存在だと思った。


 でも。


 でもウナはまだ幼い。10にも満たない幼い少女なんだ。よく遊んで、笑って、食べて、寝る。そんな当たり前が幸せで、義務な、ただの子供なんだ。ならば、俺はウナを見守ろう。この子が成長して、一人立ち出来るようになるまで、この子を守り、育てあげよう。

 目標も生き甲斐もないこの熊人生。もしかしたら俺は、ウナを育て上げる為に熊に転生したのかもしれない。

 まだ分からないことばかりで、ウナのことも何も知らないけれど。

 この子と生きて、全てを捧げよう。そう思ったんだ。



 山の中、一人の少女を背負って歩く3メートルはある黒い影。そう、俺だ。


 

 


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