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依頼・ゴミ捨て  報酬・悪役令嬢

作者: 中州颯二

『王宮で掃除があったんだが、ちょっとゴミが出てしまってな。

 そこで冒険者諸君の手を借りようと考え付いて、冒険者ギルドに依頼を出させてもらった。

 細かい事はギルドの方へ伝えてあるが、所定の事務手続きを済ませたら、王宮の裏門へ来て欲しい。なるべく地味な格好で頼む。

 ゴミの方の重量や、捨てにくさなどは気にしなくてもいい。年齢経験不問だ。報酬もその場で渡す。』


◇依頼主・諸事情により匿名◇



「いや絶対怪しい依頼でしょコレ……」


 珍しく早起きした3流冒険者の俺は、薄いコーヒーを飲みつつ冒険者ギルドの掲示板を眺め。思わず独り言を呟いた。

 依頼の全てが怪しく、中でも報酬の『悪役令嬢』なんて言葉が。それはもう怪しすぎるのだ。


「それねえ、王宮から来たって髭のおじさんがウチに委託した依頼でさァ」


 そして掲示板の前で怪訝な顔をした俺に、傍にある依頼受付のカウンターから声がかけられた。

 声の主は元気で明るい、受付のおばちゃんである。


 普段は冒険者達のケツを蹴り上げ、死なずに帰って来いと大笑いするような人だが。今日はどうにも苦笑いで、しかし依頼の事を教えてくれる。


「栗色の白髪が見える髪と、ライオンみたいな髭してて、青い瞳が綺麗なオジサマって奴さ。背が高くて背筋も伸びてて、薬指に立派な指輪をしてたよ。剣と杖の紋章の入った、ね」

「それってまさか王家の……!? というかその見た目って……!?」

「おっと言うんじゃないよ! まあ、この歴史ある王国の王家に連なる、やんごとなき御方ってやつ……かもしれないねえ?」


 受付のおばちゃんはそう苦笑いのまま言って、受付のカウンターへ来るよう俺に手招きした。


 俺は言われるがままにカウンターへ近寄り。一言断ってから、空の紙コップをカウンターに置かせてもらうと――。


「よしアンタ! この依頼受けな!」

「……マジですか……?」

「まあギルド側の措置で特例ってやつさ。ある程度はアタシが依頼を受ける奴を選んで良いって言われててね。そして丁度良いのが朝一番に来た!」

「丁度良いのが俺? 何でです?」


 流石に戸惑って聞き返せば、受付のおばちゃんは俺の姿を見てニヤリと笑い。


「アンタは十代の男! 見た目は弱そう! 犯罪歴無し! 恋人無し! うだつの上がらない3流! 自信も無い! 覇気も無い! 特技も無い! 普段からドブの掃除とか、農場の手伝いとか草むしり、王都の荷物配達なんかばっかりしてる、パッとしない奴!」

「全部が事実だけに言い返せねえ……!」

「つまり! ゴミ捨てなんて仕事にピッタリの、燻ってる人材って事だ! という訳で依頼受諾! はいココにサイン! それに冒険の始まりは急なもんだよ!」


 という訳で。

 おばちゃんの勢いと笑顔に押され、なすがままに依頼を受けさせられ。

 俺はこのいかにも怪しい依頼を受ける事になったのである。


 まあ受付のおばちゃんには日頃から世話になっているし。先の会話で、この怪しい依頼の裏には王家が――それも王家そのものとすら言えるような御仁が――関わっているのも分かり、そしてギルド側も何らかの事情を知っているのだと分かったのだ。


 王国の政情は安定しているし、変な噂だってあまり聞かない。今は平和であると言い切れる。

 強いて言うなら、平和だからこそ貴族達や有力者達が、宮廷で言葉の剣と法の盾で戦っているのを聞くぐらい。

 最近の冒険者ギルドにだって、いかにもお金持ち達が欲しがるような、珍しい宝石や毛皮を探す仕事が多くなって来ているのが、それらを証明している。


 変な事にはならないという、一応の確信と。

 何かあっても命までは取られないだろうという、我ながら若僧らしい想いがあったの――だが。



「オーッホッホッホッホッホッホッホ!! 貴方が報酬のワタクシを得る冒険者殿ですのね!! どうぞよろしくお願いいたしますわよぉオーッホッホッホッホッホッホッホ――ゲッホゲッホ!?」


 王宮の裏門に通された俺は、金髪碧眼の『悪役令嬢』さんの高笑いに歓迎され。

 金髪碧眼の美少女にしては、ちょっと汚いむせた声に困惑した。


 そしてそんな『悪役令嬢』さんに構う事も無く。

 俺は周りを、軽鎧を着た近衛騎士達に素早く囲まれて。サッと身体検査が行われ。腰に帯びていた唯一の貴重品、大特価セールで買った4割引きの長剣を、まるで伝説の名剣のように恭しく一度預かられてしまい。


 平服に身を包んだ大柄の年配男性――王国近衛騎士団の団長さんがヌっと現れ。

 俺を真っすぐに見下ろすと、大きく深く溜息を吐いて。苦笑いをした


「剣を預かる無礼を許して欲しい。しかし若いな冒険者殿。年はいくつか聞いても?」

「じゅっ、17です! えっと、近衛騎士団長殿!」

「17か。やはり私の子供と似た雰囲気があると思った。いやまあ、そう堅くなるな。今回の依頼は、それはもう色々と面倒な事の積み重なった結果であってな……」

「は、はぁ……?」

「話せば長くなるが――」

「そういうのはよろしいですわ団長殿! さあ早く! お仕事の話をしましょう!」


 騎士団長が、それはもう俺を憐れむ様子で言いかけたのを。傍に立った『悪役令嬢』さんが止め。

 彼女は待ちきれないといった様子で、鼻息荒く目を輝かせた。


 それを見た騎士団長が、また大きく深い溜め息を一つ。

 俺に向き直り、服のポケットから紙切れを一枚取り出して手渡した。


 俺が紙切れを受け取り、何となく開いて見れば。『にんじん たまねぎ じゃがいも 大広間の掃除用のモップ 石鹸』なんて言葉が羅列してある買い物メモである。

 しかも先の言葉の全てに横線が引いてあって。もう用済みの買い物メモである。


「それが依頼のゴミだ。処分してくれ」

「承りました。冒険者ギルドに所属する冒険者として、ご依頼は必ず」

「うむ。そしてこちらの……『悪役令嬢』様が。依頼の報酬になる」

「う、承りました……」


 渋い顔をして仰った騎士団長に、俺もまた何とも言えない顔をして返すと。

 俺の隣へと、金髪碧眼の悪役令嬢さんが嬉しそうに近寄った。


 悪役令嬢さんは、恐らく俺と近い年齢だろう。

 金色の長い髪は黄金のよう。碧色の大きな瞳は宝石のよう。

 そして彼女の笑顔は太陽のようで、間違いなく美少女ではあるのだが。その笑顔はどこか意地悪で、白い歯がギザ付いて見えそうで。


「今この瞬間から! ワタクシは貴方のモノですわ! 冒険者殿!」


 そう仰って、俺の腕を取ってギュっと身体を寄せて来た。

 彼女が着ているのは、質素に見える上着にブラウスとズボン、足元は歩きやすい靴。これらは質素にこそ見えるが、しっかりとした質の良い旅装である。

 そしてちらりと見えた上着の懐には、剣と杖の紋章が入った短剣を帯びていた。


 服越しにでも分かる柔らかさとか、ふわりと香る良い匂いとか。普通ならばそういう事に喜べるが、今はそれどころではない。


 俺だっていくら鈍かろうと、この状況では当然色々な事に気付くし。王国に住む者の一般常識として、王家の家族構成も大まかに思い出せる。

 王族という、色々な事情がある方々ゆえに。公になっている人達の中でも、名前だけ表に出されていて、公的な行事に姿を見せた事の無い方は何人かおられたはずだ。


 つまり。こちらの『悪役令嬢』さんは――。


「あの、騎士団長殿……」

「言うな、若き冒険者殿。だが言いたい事は分かる。疑問もあるだろう。しかし、冒険者殿があえて口に出さず、触れてくれない事が、今の我々にとって本当にありがたい事なんだ。だがまあ、今日1日の辛抱だ」

「1日。ですか?」

「古い法律で定められた、限定的な措置というやつだ。まさか今の時代にこんな法文を適用されるとは誰も思っていなかったような、かび臭い程の古さのな。一時的にあらゆる権利権能を奪う、少々変わった追放刑と言うべきか」

「は、はぁ……?」

「公には出来んが、我々近衛もそれとなく君を補助する。日が落ちるまで、どうかそちらの御令嬢のワガママに、付き合って頂きたい」


 そして周りの近衛達が整列し直し。

 騎士団長に一度渡された俺の安売りの長剣が、団長自らの手で、俺へと名剣の如く恭しく返却された。


 俺もなるべく丁寧に剣を受け取って、緊張したまま自分の腰に長剣を戻し。

 騎士団長が何度目とも分からない溜息をついて。


「仕事の話はこれで終わりだ。それでは冒険者殿、どうか良い旅を」


 そう優しい微笑みで仰られた後。

 俺は悪役令嬢さんと共に、王宮の裏門から外へと案内された。



 そして裏門が閉じられ、裏と言えどきちんと整備された石畳の道を歩き。城下町と王宮の区画の境目を出で、衛兵達が見えなくなったところで――。


「オーッホッホッホッホッホッホッホ! 今まで生きて来た人生の中で! 最高に清々しい気分ですわよぉオーッホッホッホッホッホッホッホ!」


 俺の隣でしばらく黙っていた悪役令嬢さんが、心底嬉しそうに高笑い。

 王宮近くゆえに、静かに道を往く人々の視線を一気に集めた。


 俺は驚き、周りからの奇異の視線に顔が赤くなるけれど。

 当の悪役令嬢さんは、そんな視線など全く気にせず。


「さあ冒険者殿! 今日はどちらへ行きますの!? やはり冒険ですわね!? 伝説の財宝を巡る大冒険ですわね!? あるいは世界の命運が掛かった大冒険ですわね!?」


 俺の手を取って嬉しそうに、碧色の瞳を十字の星が見えそうな程に輝かせて問いかけて来た。

 しかし俺の方は、もうどうしたら良いのか頭が真っ白に近い。


 この悪役令嬢さんは、少なくとも俺のような3流冒険者が関わるような御人ではないのだ。

 例えば俺と同い年でも、もっと優秀な。先の言葉のような大冒険に赴いている有望なルーキー達と出会い、共に何かを成し遂げるような。そういう御人である。


「……あー、では、その。どこか、行きたい所は……?」

「あら、ワタクシが決めてもよろしいんですの?」

「俺は今日はまあ、早起きしたけれど、ゆっくりしようと思ってまして……」

「なるほど! やはり冒険者というのは、自由な身分なのですわね?」

「この国の冒険者の何割かは、ですね。もちろん、全て自己責任ではありますが」

「では冒険者殿! ワタクシとりあえず城下を見て回りたいですわ! ぐるりと一周ですわよぉオーッホッホッホッホッホッホッホ!」

「ハハハ……じゃあ今日はそうしましょうか……」


 という訳で。

 俺はもう、悪役令嬢さんのノリと勢いと高笑いに気圧されて。名前を聞く間すら無いままに。今日は王都の城下町を、ぐるりと観光する事になった。



 朝の忙しい市場を2人で見て回り。

 大通りの商店街を2人でうろうろして。

 王立市民図書館で少し休憩。

 路地裏の変な物を売っている露店を冷やかし。

 昼間の港を眺めつつ、安い食堂へと2人で赴いてお昼を買い。



「オーッホッホッホッホッホッホッホ! ワタクシはこのサバサンドは初めて食べましたわ! 中々美味しゅうございますわね!」


 港が見える公園へと行き、2人並んで長椅子に座り。

 食堂で買った、焼いたサバを厚いパンで挟んだサンドイッチを頬張った。


 オリーブオイルと塩コショウで焼いたサバの切り身に、レモン汁を少し散らして風味付け。更に新鮮な玉ねぎやレタスといった野菜を添えて、熱くも厚いパンで挟んだ逸品だ。

 王都名物という程でもないが、港がある賑やかな都市だからこそ、それなりに有名な代物ではある。


「悪役令嬢さんは、こういう物をあまりお食べにならないんですか?」

「食事と言えば、どうしても会食などが多いですわね。色々な方々との懇親会も兼ねていますから、気楽なものではありませんわ。面白くもないお話を聞かされて、愛想笑いを返しますのよ。こんな風に」


 流石に少し慣れて来た俺が聞けば。

 隣に座る悪役令嬢さんが会食を小馬鹿にした様子で仰って、まるで人形のような笑みを浮かべて俺を見た。


 張り付いた笑顔。という表現が似合う笑顔には、一見すれば騙されそうな愛嬌があるけれど。視線が全く笑っていなくて怖い。


「御令嬢ってのも大変そうですねえ……」

「立場と責任ゆえの事ですわ。当然の責務ですから、大変とは思いませんのよ。ただ、つまらないとは常日頃思いますわね」

「つまらない。ですか」

「ええそうですわ! やりたい事はたくさんあるのに、やるべき事ばかりで出来ませんのよ! まあコレも仕方のない事ですし、納得はしておりますけれど! 限度というモノがございますわ!」


 悪役令嬢さんはそう仰り、口を大きく開けてサバサンドを齧る。

 そしてちょっとだけ腹立たしさを表現しつつも、俺に生気と元気ある笑顔を向けてから。口の中の物を飲みこんで。


 ふふん。と鼻を鳴らして金色の髪を流し、堂々と胸を張った。


「ですからワタクシは! ワガママで高慢で強欲な、悪い子になる事を決めましたの! 宮廷物語に出て来る悪役の貴族令嬢達のように! 自分の欲を押し通す! 道理に抗う無理になる事を!」

「ああ、それで『悪役令嬢』なんてよく分からない言葉が?」

「こう見えてワタクシ、悪い子になって何年も経ちますのよ? その『悪役令嬢』という御言葉も、周りの方々からの蔑称ですわね!」

「おおう……蔑称でしたか……これは失礼を……」

「あ、別に悪役令嬢と呼んで頂いて構いませんわ! ワタクシはその異称を気に入ってますのよ!」


 思わず謝った俺に、御令嬢は明るく仰って。


「だってそんな異称、周りから変な子だと思って頂けるでしょう? それに『悪役』なんて付いてますから、初めて会う方々からも警戒して頂けますし。おかげでちょっとトゲのある言葉も言いやすくて!」


 悪役令嬢さんはくすくすと笑った。


 まあ実際、変な子ではあるのだろう。

 自ら悪い子になると言って、本当に実行しているよう人物なのだ。


 俺はまだ『悪役』らしい場面に遭遇していないけれど、そう周りから呼ばれるからには、相応の悪行をしているのだろうとは思うが……。


「今回冒険者ギルドに出して頂けた依頼も、ワガママなワタクシが、悪事を働いた結果ですのよ」


 悪役令嬢さんは、そう仰り。

 笑いながらも申し訳なさそうに肩をすくめた。


「先日。とある王国貴族の御人が、有力者へ賄賂や献金等をしていた事が発覚した事件があったのを御存じ?」

「ちょっと前の王都の新聞に、少しだけ載っていたような気は。確か逮捕はされましたけど、裁判はもう少し後になるって話でしたよね」

「はい。そしてワタクシは件の御人が逮捕される前夜、お会いしなくてはならない用事がございまして。趣味が悪いですが、わざと失敗を笑って差し上げましたの。すると当然、件の御人は激昂なさって。しかしその勢いのまま、腰に帯びていた剣を抜きましたわ」

「えっ」

「その場にいたのは件の御人とワタクシだけ。しかし怒声を聞き、互いの護衛が飛び込んで来る1分あるかないかの間に、ワタクシの命を狙った斬撃が何度か。それらは全て避けましたけれど、事態を目の当たりにした護衛達は大騒ぎに」


 王家の人間に貴族が斬りかかる。

 その事態の重大さは、政治に疎い俺でもよく分かる。


 いかにこの悪役令嬢さんが挑発したとはいえ、危害を加えようとすれば、それは王国においてかなりの重罪となってしまう。権力や政治の力とは、そういうものだ。

 そして何を話したかは分からないが、どうやら会いに行ったのも、何か計画された『悪事』の一端で間違いはなさそうだ。


 だが悪役令嬢さんは。心底後悔しているという様子で頭を抱え、大きな溜息を吐き。


「迂闊でしたわ。これも今後のためとはいえ、ワタクシのやりすぎですわ。これはやるべき事ではありませんでしたの。『悪役』として失敗です」


 微笑みや明るさなど一切無い、重々しい声で胸の奥から言葉を吐き出した。


「この事態には結果として、王国法務省と宮内省、それに王家や元老院との間で会議が行われました。そしてワタクシは、王国法の200年は改定されていない部分によって、1日だけの追放刑を受けましたのよ」

「そう言えば、騎士団長さんも追放だかなんだか言ってましたね。それって一体?」

「法の加護の喪失。あるいは平和喪失、法外追放であるとか言う処置ですわね。王国法で定められているあらゆる権利権能を奪う刑罰ですわ。まあ簡単に言いますと――」


 悪役令嬢さんは自慢げに胸を張りつつも、悩ましく自分の身体を掻き抱くようにし。


「今のワタクシは、この王国内において。何をされても文句を言えませんのよ。例えば今、誰かがワタクシを殴っても罪に問われませんわ。そして喉を裂いて殺されたり、服を脱がされて辱められたりしても。王国はそれを咎めない。そういう刑罰ですわね」

「おおう……」


 そして悪役令嬢さんは意地悪に、白い歯がギザ付いて見える様な笑顔になると。俺にグッと身を寄せて来た。

 微かに甘い、桃のような香りがし。肌の暖かさが、密着せずとも分かる。続いて艶めかしく唇が動き。


「ワタクシは初めに、この身はもう冒険者殿のモノであると言いましたわね? あれは比喩ではありませんのよ? 今、冒険者殿がワタクシに何をしても許されますわ」


 蕩けるような声で、俺に甘い言葉を囁いた。

 それは思わず腕と指が、この悪役令嬢さんの肢体や頬に伸びかける程の魅力に満ちていたけれど――。


「……それって絶対。後で殺されますよね……?」

「今、ワタクシに手を出した場合。当然ながら裁かれませんし、後で裁かれる事もございませんわ」

「そ、それなら……!」

「しかし当然ながら! 今日という日が終わり、この追放刑が終わった後! 近衛達が事情を聞きには参るでしょうね! そしてワタクシに手を出した者として、近衛や王家に記憶されるのは間違いありませんわ!」

「ほらやっぱり! 生殺しですよこれ!」

「オーッホッホッホッホッホッホッホ! その通りですわよォオーッホッホッホッホッホッホッホ!」


 我ながら17歳の小僧らしく、微かにあった下品な欲望も。その先にある茨の道が明確なら引っ込んでしまう。

 一時の欲望に身を任せれば、俺は確実に王国では生きていけなくなるし。今思い出したが近衛の人達も、どこかでそれとなく見張っているはずだ。


 なので俺は顔を覆って、盛大に落ち込むしかなく。

 対して悪役令嬢さんは、屈託なく笑いだした。


 まあ何より。俺がここで手を出して、自分の粗末な家に連れ込もうとするなら。当然ながら悪役令嬢さんだって抵抗するのは明らかだ。

 今まで一緒に行動して、その所作を何となく見ていたが。彼女が上着の内側に帯びている、王国の紋章が入った短剣は。実用的な作りと、実際に使った形跡の残る逸品である。


 美しい花にはトゲがあると言うが、彼女のトゲは容易く俺の命を奪うだろう。


「ただし! 今のところワタクシは、冒険者殿の事を好いておりますわ! これはお世辞ではない本心ですのよ! さあまた王都を歩きましょう! 普段行けない所も、是非とも案内して下さいまし!」


 しかし。不意に明るく楽し気な声がして。

 この笑顔の眩しい悪役令嬢さんは、俺と共に再び歩き出そうと。そっと手を取り優しく引っ張った。


 彼女の手は柔らかではあるが、武術の訓練で硬くなっている部分が多々感じられ。手を出さなくて正解だった事を物語っていた。



 それからはまた、王都を2人で歩く。

 

 昼間の市場をまた見て回り。

 今度は冒険者達がよく通う武具店等を覗き。

 魔法使いや錬金術師達の商店で妙な物を見つけて笑い。

 王都の端の方にある訓練場で、文武魔道を生業とする人達の鍛錬を見学し。

 夕方の港を眺めつつ、俺は今度は少しだけ高い飲食店へと悪役令嬢さんを案内して。海の見えるテーブルで、ちょっとだけ背伸びをした食事をした。



 そして気付けばもう夜だ。

 今日は満月。明るい月光と王都に灯る魔石式の街灯が、夜の町を鮮やかに照らし出す中。


 俺は悪役令嬢さんと共に、朝通った王宮の裏門への道を歩いていた。


「こうして王都を自由に歩き回ったのは、人生で初めてでしたわ」


 ついさっきまで笑っていた悪役令嬢さんが。

 それも俺が武具店でフルフェイスの兜を試着して、髪が引っかかって苦しんでいた様子を思い出して笑っていた悪役令嬢さんが。

 ふと満月を見上げてしんみりと言った。


「ありがとうございます。冒険者殿。ワタクシをこうした冒険に連れ出して下さって」

「なにもそんな。俺はただ、一緒に歩いていただけみたいなもんで……」

「はい、冒険者殿。ワタクシはその、ただ一緒に歩いて頂いた事に。大変感謝しておりますの」


 嬉し気に言った悪役令嬢さんが、踵を鳴らして立ち止まり。

 俺も少し遅れて足を止め、悪役令嬢さんの方を振り向いた。


 満月の光と柔らかな街灯に照らされて。金髪碧眼の悪役令嬢さんの姿が、まるで輝いているように見える。

 そして悪役令嬢さんは、どこかスッキリした顔で言う。


「正直なところ、不安は多々ございましたの。たった1日とは言え、追放刑にされているのは事実。その間に起こった事は、全て自力救済しなければならず。もしもの場合は、短剣で自刃する事もあり得る状態でしたもの」


 胸の奥に溜まっていた何かを吐き出した彼女は、大きく背伸びをして。夜の少し冷たい空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。


「でも。今朝来て下さった貴方は、まずワタクシの望みを聞いて下さいましたわ。不安を隠すために言った、胸躍る大冒険に連れ出すのではなくて。見慣れているのに歩けなかったこの王都を、ワタクシの望むままに歩かせてくださいました」

「……別に大した事ではありません。それに俺は冒険者なんて言いながらも、冒険なんてしてない3流で……」

「いいえ、冒険者殿。今日、王都を共に歩いた事は。紛れもない冒険です」


 力強く言い切った悪役令嬢さんが。一歩俺に歩み寄る。

 その靴の踵が石畳を高らかに踏み鳴らし、まるでハイヒールのような音がカツンと鳴った。


「ワタクシにとって、王都を歩くと言うのは大きな冒険でした。だって見慣れてこそいるものの、きちんと自分で歩いた事はありませんでしたもの。これを未知への挑戦、あるいは未踏の地への冒険と言わずしてなんとしましょう?」

「そんなに、大袈裟な事でも……」

「いいえ、冒険者殿。これは壮大な冒険の第一歩として、大変有意義で、輝かしい冒険で間違いありません。どんな冒険者も、大抵の場合はまず足場を固めるものです。まあワタクシも書物と人から聞いた話でしか知りませんが……ともかく。これは輝かしい冒険譚の、最初の1ページですわ」


 ワタクシと、冒険者殿にとっての。


 そう続けて、再び力強く言い切った悪役令嬢さんが。もう一歩俺に歩み寄る。

 また靴がハイヒールのような音を鳴らし。彼女は俺からあと一歩の距離に立った。


 夜風が少し吹き。彼女の金色の長い髪が、さらさらと風に揺れる。


「ねえ冒険者殿。冒険者殿は、今回のワタクシとの冒険を、つまらないモノだと思っていらして? ギルドで依頼を見て、王宮の裏門でワタクシと出会い、一緒に王都を歩き周り、一緒に食事をして、またこうして戻って来るだけの冒険を」


 俺はその質問に。一度言葉を飲み込んで、口と心と頭で言葉を整える必要があった。

 悪役令嬢さんは立場ある身。本来、俺のような奴とは話す事など無いであろう人。そんな人物の意味ありげな質問に、どう答えれば良いのか分からなかったのだ。


 それでも俺は、なんとか言葉を練り上げて。大きく息を、ゆっくり吐いて言う。


「……正直に言うなら。まあ、刺激的な冒険では無かったと思います。戦いも無いし、だらだらしてるし、間延びしてるし……けれど!」

「けれど?」

「俺としては、めっちゃ楽しかったです! どうせもう会う事はないでしょうし、失礼かもしれないけど言いますが! 貴女みたいな美少女と歩けるのがスッゲエ楽しかったです! 周りの目も羨望っていうか? 俺普段はそんな視線浴びないのに違いましたし! とにかくヤベエです!」


 偽りの無い、決して上品ではない本心を叫び。

 両手を腰に当てて胸を張って。今日沢山見せてくれた悪役令嬢さんのような笑顔をした。


「俺はきっと、今日の冒険を忘れません。一緒にサバサンドを食べた事とか、近づいた時に何かいい匂いした事とか、兜を被ったら髪が引っかかって貴女が笑った事とか。一生、全部覚えてます。間違いなく」

「冒険者殿……」

「まあ忘れようったって無理ですよ。俺、3流ですしモテませんし。女の子と一緒に街を歩いたの初めてですから」


 自分で言って落ち込み。頭をガリガリと掻いて顔を上げると。

 妙に嬉し気な悪役令嬢さんの顔があって。俺は彼女に苦笑いを返した。


 そして大きく深呼吸。

 背筋を伸ばし直し、顔を引き締めて微笑み。悪役令嬢さんの正面から身を引き、前へ歩き出すように促し。


「さあ行きましょう。貴女をきちんと王宮へ送る事で、この冒険は終わります」

「冒険は終わり。そうですわよね……」

「ええ。ここで終わりです。さあ」

「……このまま一緒に冒険の旅へ出よう。とかは、仰って下さいませんか……?」


 俺は明るく言ったのに。

 悪役令嬢さんは予想外の返答を、予想外に弱い声で、少しだけ俯いて呟いた。

 彼女の碧色の瞳が期待するように揺れ、迷うように揺れる。


 碧色の瞳がその言葉は偽りのない本心である事を示しており。俺が彼女の手を取って、自由な冒険に向かう事を期待していたけれど。


 それは自由な冒険ではない。不自由な逃避だ。


 今日一日、一緒に歩いただけでも。俺と彼女は本来出会うような人々ではないのを確信し。平和に見える王国には、見えざる策謀や陰謀が渦巻いているのを感じられたのだ。

 今はまだ、冒険に出るべき時と場合、そして立場ではない。そう――。


「――……今は無理。ですね。そんな事をしたら俺と貴女は、王国中のお尋ね者になって捕まります」

「……そう。ですわよね……今は無理……」

「ですが! 今は駄目なだけです! いつかきっと! この冒険の続きをしましょう!」


 明るく言い切った俺は、3流冒険者である今の自分ではなく。

 自分が憧れる理想の『冒険者』として見栄を張る。


 なんせ俺が考える冒険者とは、そして冒険とは。自分は3流だと俯いて、街で燻っているだけではない。

 こういう時にこそ笑い。夢と希望を胸に抱いて、周りを巻き込み、波乱万丈でも明るく楽しい冒険に赴いて、人々を幸せにする大成功のために。努めて笑って顔を上げるのだ。


 何よりも。今、俯いている『悪役』の女の子を無責任に元気づける事が出来るのは。

 今はただの脇役である俺だからこその役目で間違いないはずだ。


 そう決意した俺は。

 片手を自分の上着の内ポケットに入れ。メモを破いて自分の名前と所属ギルド等を書いた即席の名刺を作ると、悪役令嬢さんに差し出した。


「俺はこれでも、冒険者ギルドに所属する冒険者です。また何かあったら、俺を指名してギルドに依頼を出してください。その時は必ず参ります。一緒に冒険をしに」

「……冒険者殿……それは例えば……?」

「例えば……ああそうだ。次に一緒に冒険する時は、伝説の財宝を巡る大冒険か、世界の命運が掛かった大冒険をしましょう。どうです?」

「大冒険……あっ……もう! 冒険者殿!」


 そう精一杯。理想とする『冒険者』らしく見栄を張り。それらしく白い歯をキラリと輝かせて笑って言うと。

 悪役令嬢さんは少しだけ顔を赤くして怒り。


 俺の差し出した名刺をひったくるように受け取って一瞥。

 大事そうに自分の上着のポケットへとしまい込んで深呼吸。

 そして『悪役令嬢』らしく。明るく溌剌としていて、しかし意地悪な笑みを口元に浮かべて。


「オーッホッホッホッホッホッホッホ! では冒険者殿! 次に備えて! ひとまずこの冒険を終わらせますわよぉオーッホッホッホッホッホッホッホ!」


 満月の空に響き渡る。それはもう嬉し気な高笑いを一度。

 続いて金色の長い髪を夜風にたなびかせ、碧色の瞳を十字星が見えそうな程に輝かせ。

 靴の踵を鳴らしつつ、堂々と胸を張って王宮の裏門へと歩き出した。


 俺は彼女の輝く髪を追いながら、明日からもう少し頑張ろうと心に誓う。

 なんせ俺は悪役令嬢さんと、この冒険の続きをしようと約束をしたのだ。

 冒険者らしく、次の冒険に備えて。準備をしておかねばならない。

 約束を守るためにも。




 それからしばらく。俺の背が伸び切った頃。

 幸か不幸か健康なまま、しかし貧乏な冒険者生活を続けていた俺は。

 頑張って早起きをして薄いコーヒーを飲みつつ、冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。


 ちょっとでも実入りが良さそうで、経験になりそうな仕事を探していたのだが。どうにも今朝はいまいちな仕事ばかりのようだ。

 それでもギルドに来ている依頼は、冒険者の誰かがこなさなければいけない。ひいてはギルドのため、自分の名を売るため。細々した冒険とは言えぬような仕事こそ、しっかりとこなさねばいけないのだ――が。


「あらおはよう。今日も早起きだねえアンタ」

「あ、おはようございます」


 ギルド受付のおばちゃんが、湯気の上がるコーヒーを片手に受付に出て来て。掲示板を見ていた俺と挨拶を交わした。

 そしておばちゃんは、コーヒーを一口飲んでから、書類の束を手早く確認していって。


「おや、今日はアンタ指名のお仕事があるよ」

「本当ですか? 市場の人とか、武具店の人あたりでしょうか?」

「えーっとねえ……あら匿名。仕事も変だけど……はいこれ書類」


 言われるままに受付のカウンターに出された書類を手に取って検めて。目を見張った。



◇依頼・ゴミ捨て 報酬・悪役令嬢◇


『王国中で大掃除があって、少々ゴミが多めに出てしまいましたの。

 そこで冒険者殿の手を借りようと考え付いて、冒険者ギルドに依頼を出させて頂きました。

 細かい事は後回し。所定の事務手続きを済ませたら、急いで王宮の裏門へ来て頂けますか。それと急ですが、旅と冒険に相応しい格好の用意を1人分お願い致します。

 ゴミの重量や、捨てにくさなどはお気になさらず。報酬はもちろんその場でお渡しします。本当に急ではありますが、どうかよろしくお願いいたします』


◇依頼主・諸事情により匿名◇



「……受付さん」

「うん? なんだい?」

「すぐこの仕事に行きます! という訳で依頼受諾! はいココにサイン! それとギルドの冒険者セット一式装備を1人分! すぐに準備してください! 俺もすぐ自分の装備を持って来ますから!」

「えっ、あ、ああ分かったよ? でも、どうしたんだいアンタ、急に?」

「急に? そりゃ当然です!」


 薄いコーヒーを飲み干して。空いた紙コップを勢いよくカウンターに置けば。

 紙コップがまるで、靴の踵が高らかに石畳を鳴らすような音を出し。


「なんたって俺は! 今から冒険の続きに出かけるんです!」




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― 新着の感想 ―
[一言] 近衛の方々の胃が大変そうですなw
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