フランキーの怪談日記
これは、私が中学生の頃に見た、奇妙な夢の話である。
気が付いた時、私は住み慣れた住宅街を行く当てもなく歩いていた。
日は沈み、周囲は闇に包まれている。
周囲の住宅に電灯が灯っていない事から、私は今が深夜なのだな、と判断できた。
街灯に照らされたアスファルトを歩く自分の状態に、私はようやく事態を飲み込み始めた。
そうか、夢を見ている。
何故、そう実感できたのか。
答えは、実感が無かったからだ。
寝間着のまま裸足でアスファルトの上を歩いているにも関わらず、足裏に痛みも違和感も無く、夜の空気を熱いとも寒いとも思わなかったからである。
ようやく夢だと理解した後、自分は一体全体どこに向かおうとしているのか疑問を抱いた。
しかし、暫く住宅街の中を歩くにつれて、目的地が漸く解った。
自分の通っていた中学校に向かって歩いていたのである。
周囲を観察できる程に冷静になれた事が幸いしたのか、自分が歩いているルートが、自身の通っている中学校への通学路である事を思い出したのだ。
そこから私は、足を進める夢の中の自分の体に行先を任せ、夜の中を歩きだした。
住宅街を抜け、田園風景が続く場所にいき、丘を越えて森を抜けた先に、自身が通っていた中学校がある。
夢の中の私は、中学校の正門の前まで来ると、立ち止まった。
はて、夢の中の私は何がしたくて学校に来たのだろうか?
私はそう疑問に思っていると、夢の中の私は大胆にも正門の門扉によじ登り、強行突破して夜の学校へ侵入した。
困惑している私を放置し、夢の中の私は校舎の敷地の中をスタスタと歩いていく。
生徒用の昇降口の横を通り抜け、何故か職員専用の昇降口の前を通りかかった時、
ポタ
夢の中だというのに、どこか現実味を持って、私の眼前に何かが落ちてきた。
学校内の街灯に照らされたそれは、——ちぎられたハトの手羽先であった。
灰色のハトの羽毛に包まれたそれは、生々しい白骨と血肉をむき出しにしていた。
学校という光景の中に、突如として入りこんだそのグロテスクな異物であったが、——私は何故か『そう言えば、上から落ちて来たな』と冷静に考えていた。
そのまま視線を上の方へ向けると、——
クッチャ クッチャ
と、生々しい咀嚼音を立てながら、昇降口の上にある『小庇』と呼ばれる小さな屋根の上で、一羽のカラスがハトを貪っていた。
『恐ろし』いとか、『残酷だ』とか、そういった感情が、あの時の私には湧かなかった。
恐怖心よりも、私の心に浮かんだのは、何故か『不注意』なカラスへの『怒り』だった。
そう。
夢の中の私はハトを食べるカラスへの恐怖よりも、もう少しでハトの手羽先が自分に当たりそうだった事に苛立っていた。
なので、——
「おい!」
と、注意するつもりで、軒先でハトを貪るカラスへ注意するつもりで声を掛けた。
すると、カラスは私の方を見やり、そして手羽先が私の足元に落ちている事を見やると、——
『あー、スマンなぁ、兄ちゃん!』
と、関西弁でそう言った。
声のトーンが、カラスの鳴き声そのままであった事を、今でも鮮明に覚えている。
え、——今、カラスが喋った!?
私が心の中で驚愕したその瞬間、——私はベッドの上で目を覚ました。
窓の外には朝日が昇り、自室の中を太陽光が照らしている。
私は「変な夢だったなぁ」と呟き、寝不足気味だったが、時計が6時を指していたので急いで起きる事にした。
その時の私はテニス部の一年生であり、コートの準備や顧問の教師へ朝練を始める旨の挨拶をするのは、私の仕事だったからだ。
朝食と着替えを済ませ、私はいつもの通りに中学校へ向かう事にした。
朝練の準備をし、職員室へ向かおうとした時、職員用の昇降口の前に教師達が集まっているのが見えた。
「何かあったんですか、先生?」
ちょうど、テニス部の顧問の教師を見つけ、私はそう尋ねた。
「あぁ、お前か。——今朝方、ハトのちぎれた羽が昇降口に落ちていたんだよ」
顧問の教師は、そう言って昇降口の軒先に落ちている、ハトの手羽先を指さした。
それは、夢の中の手羽先と、寸分違わぬモノだった。