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収入源


 善右衛門とけぇ子が並んで歩く、雪に覆われた無何有宿の家々の軒先には、紐に縛られた様々な物が吊るされていた。


 干し大根に干し山菜に、干し魚に干し肉に、干し柿に干し茸に。


 秋の頃から徐々に吊るされていったそれらは、街道に並ぶ家々全てに見ることが出来て……それ程の食材と米と醤油と味噌があれば、冬を越すのに難は無いと思われて、善右衛門は表情を綻ばせる。


 皆が飢えないというのは何よりで、蓄えが十分にあるというのは幸福なことで……その幸福があれば揉め事や犯罪が起こることはないだろう。


 犯罪が起こらなければ自分のしごとも少なくなり、ありがたいばかりだと、そんなことを考えて……善右衛門はふと、米だの醤油だの、買わずには手に入らない品々を買う為の金は何処から出ているのだろうということに思い至る。

 

 無何有宿の皆が働きものである事は良く知っているが、何かを生み出し売っているという訳ではない。

 自らもまたいくつかの事件の解決や、新しく起こった宿場町のための書類仕事ばかりでこれといった何かをした訳ではない。


 それでどうして外部から……たまにやってくるという行商人達から物を買う事ができるのだろうか。


 そうした疑問を抱いた善右衛門は足を止めて、その疑問をそのまま隣のけぇ子へとぶつける。

 するとけぇ子は「何を今更」とでも言いたげな表情をしてから、柔らかく微笑んで言葉を返してくる。


「勿論行商人に物を売って稼いでいるんですよ。

 妖術で稼ぐというのは、もしかしたら人からすると思う所があるかもしれませんけど、生み出す量と早さに関しては抜群ですから、結構な需要があるようなんです」


 けぇ子のその言葉に善右衛門は、首を傾げてうぅんと唸る。


 確かにけぇ子達の妖術は、色々な品をあっという間に作ることのできる、とんでもない力を持っている。

 それを上手く使えば確かに稼げるのだろうが……しかしそれは、同業者を……同じ物を作ることを生業としている者を圧迫してしまっているということに繋がるのではないか?


 との疑問を善右衛門の表情から読み取ったけぇ子は、善右衛門が問いを投げかける前に答えを返す。


「妖力は有限のものですし、不必要に財を溜め込んだりはしませんから、おそらくは大丈夫だと思いますよ。

 妖怪達を追いやったせいで、いろいろな品物が手に入らなくなって、売れなくなって、結果没落した村の話なんてのもよく聞きますから、なんだかんだと持ちつ持たれつ、上手くいっているのだと思います。

 ……それにもし私達が周囲の人々の害になっているようなら、遊教さんのような方々がそれをお許しにはならないでしょう」


 その言葉に善右衛門は「なるほど」と頷いて納得する。


 それ合図にこの会話を打ち切り、さて屋敷に帰ろうかと足を進めようとするが、けぇ子は更に言葉を続けてくる。


「ちなみにですが無何有宿一番の稼ぎ頭は八房ちゃんですよ」


「……何? 八房だと?

 八房が一体どうやって銭を稼いでいると言うんだ?」


 すかさずそう言葉を返した善右衛門に対し、けぇ子はあちらを見てくださいと言わんばかりに袖を振る。


 その先には厠神の住まう厠があり……厠神を祀る祭壇や飾り、賽銭箱などがあり……けぇ子の指が賽銭箱を指しているのを見て、善右衛門はまさかという表情になる。


「そのまさかです。

 山の上の真神神社にも当然賽銭箱がありまして、無何有宿の皆さん、行商人の方々、未だ山に住まう山の目の皆さんなどがお賽銭を投げ入れていまして……それはもう中々の稼ぎになっちゃってます」


 そう言ってけぇ子は驚愕の色に染まる善右衛門の顔を見て、くすくすと笑い……笑いながら説明を続ける。


「善右衛門様が温泉を解放してくださった件とか、鬼の件をどうにか解決してくださった件とかについてお礼をしようにも、善右衛門様はまず受け取ってくださいませんし……であればと代わりに八房ちゃんのお賽銭箱に投げ入れる方が結構いらっしゃるようですね。

 勿論本来のお賽銭の意味で投げ入れる方もいらっしゃいますよ。何しろ神様がそこにお姿を見せていらっしゃるのですから、ご利益の方は約束されたようなものです。

 そしてそのお賽銭を受け取るべき八房ちゃんは、自分のご飯代以外は好きにして良いと私に渡しちゃうので、私の方で無何有宿に必要なものだとか、善右衛門様のお仕事に必要なものだとか、そういった物を買う用に使わせて頂いています」


 それはある種の年貢……税のような使い方であり、八房の稼ぎで自らの仕事が回っていると知った善右衛門は目を丸くする。


 今の善右衛門はお上にそうせよと命じられたとはいえ、お上から禄も貰えず、仕事に必要な経費も貰えず……お上との縁は切れているといっても良い状態にある。


 そんな状態で実質的に善右衛門の仕事を、日々の生活を支えていたのが八房であるとなると……つまりは今の善右衛門にとってのお上は、雇い主は八房であるとも言える訳で……善右衛門は普段の八房の、両手両足を投げ出し腹を丸出しにして寝ている姿だとか、自らの尻尾を追いかけて堂々巡りをしている姿なんかを思い出して、なんとも複雑な心境に囚われてしまう。


「ちなみにですが二番目の稼ぎ頭は厠神様となっています。

 ただこちらのお賽銭をどうするか、どうして良いのかは本人……本神様? からの判断がないため、厠の掃除や祭壇の掃除をしてくださっている方への賃金と、厠の改修用積立金ということにしています。

 追々あの厠も、立派な厠に生まれ変わるかもしれませんね」


 そんな説明も苦い表情をし続ける善右衛門の耳には届かず……そうして善右衛門はしばらくの間、自分とは、無何有宿の奉行とは何なのかの自問自答を繰り返すのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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