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僻地宿場町のお奉行様 今日も妖怪変化相手に御沙汰を下し候  作者: ふーろう/風楼


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雪景色の中で


「よくもまぁ、たったの一日でここまで降ったものだな」


 初雪が降った翌日、真っ白な雪に包まれた無何有宿の街道を歩きながらそんなことを呟く善右衛門。

 

 高下駄を履き、真綿を詰めた藍色の袷着を羽織り、合羽を肩に軽く掛けて。


 すっかりと冬の姿となった善右衛門の隣には、同じく真綿の袷着を着て高下駄を履いて、その髪をふんわりと、いつも以上に膨らませたけぇ子の姿がある。


「今年はかまきりの卵の位置が高かったですからねぇ、もっともっと降って、今のすねくらいではなく、腰くらいの高さまで積もるんじゃぁないでしょうか」


 その言葉を受けて、首を傾げた善右衛門は……少しの間その言葉の意味を考えてから、考えても全く意味が分からないなと渋面になって言葉を返す。


「……かまきりの卵がどうしたって?」


「かまきりの卵は枯れ草とかの茎にくっついているものですが、大雪になる年は、その位置がぐっと高くなるんですよ。

 少しくらい雪を被っても平気なあの卵も、何重にも積もったぎしぎしの雪に囲われちゃうと駄目になっちゃうみたいで……そういう訳で大雪の年は高めの位置にくっつけるようなんです」


「するとかまきりは秋の頃からその冬にどれだけ雪が振るのか、どれだけ積もるかを知っているという訳なのか……?」


「らしいですね。

 まぁ、高い位置にあっても全く雪が振らなかったり、低い位置にあっても大雪が振ったりする年もあるので、絶対に当たるって訳でも無いようですが、参考にしても問題ない程度には的中してくれますね」


「……それはけぇ子達が持つような妖力による占いのようなもの……なのか?」


「いえいえいえ、まさかまさか。

 妖力とは全く関係の無い、本能によるものですよ。

 その生き物が生まれながらにして持っている、この世を生きていく為の本能。

 人も獣も虫も持っているその力は、時に妖力では起こせないようなことも、起こせてしまうんですよ」


 柔らかな笑みを浮かべたけぇ子にそう言われて、善右衛門はふぅむと唸り声を上げる。


 本能に関する論に関しては、善右衛門も何度か目にしたことがある。


 数多ある本の中でも、特に大陸由来のものに見ることが多く……本能とは何かから始まり、性善説、性悪説に繋がり、様々な禁忌を忌避するのは何故かという論などに繋がり、犯罪とは、人を裁くとはどういうことなのかという、善右衛門の生業である奉行という仕事に深く関わる論である。


 人は生きる為に生まれながらにして欲を持っている。

 何も知らぬ赤子でさえ、母の乳を求め、父母の愛を求め、安眠出来る環境を求め、その欲求を泣き声として発することを知っている。


 つまりそれは人にとっての本能であると言える訳で……そうした欲を悪とするならば、人は皆、悪を心に持って生まれてくるということになる。


 それだけを持って論じるなら人は悪の存在だと言える訳だが……内心に棲まう悪を抑え込み、平和と規律を愛し、平穏と安寧を愛し、欲望に支配されることなく日々を生きることが出来るのであれば、人は決して悪の存在などではなく、何よりも最も尊ばれる善の存在であるとも言える。


 本能が、悪心があるからこそ人は、その意思の力によって善行を成すことが出来る。


 本能が無くては人は生きてはいけず、本能がなければ善という価値観も生まれなかったかもしれない。

 欲があればこそ人の世は発展してきたし、欲がなければ今の便利な生活は存在していなかったかもしれない。


 結局の所、人にとって本能であり欲望であり悪心であるそれは……必要不可欠なものであり、失くしてはならないものなのである。


 だからといって本能のままに生きてしまえばそれはただの犯罪者であり……だからこそ人には、法や意思の力でもって自ら律することが求められる……らしい。


 奉行という仕事に就いてから善右衛門は、そうしたことが書かれた本をいくつも読んだが……それらの本に書かれていることが正しいのかについては、未だに結論を出せないでいる。


 本能が悪い、悪心が悪い。

 それらを律すれば人は正しくあれる。


 と、それだけで結論が出せる程、人の世とは簡単なものではなく……また罪を犯した者達も、簡単ではない複雑な事情を抱えていることが多かった。


 正しくあろうとして罪を犯したものもいれば……全く意図せず、その行為が悪だとは知らずに罪を犯したものもいるし、全く望まぬ形で罪を犯さざるを得ない状況に追いやられた者もいる。


 全くもって複雑怪奇、珍妙奇天烈なる人の心を……人を裁くという仕事の難しさは、地獄の閻魔でさえ理解出来ないだろう、驚天動地のものなのである。


「―――どうかしましたか?」


 と、ちょっとしたことをきっかけに深い思考へと潜り込んでいた善右衛門は、妻の心配そうな表情と、その一言で引き戻される。


「いや、何でもない。

 少し考え事をしていただけだ」


 と、そう返して柔らかな笑みを浮かべた善右衛門は、けぇ子と二人、無何有宿の中を歩いていくのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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