覚悟
団三郎狸が消え去って……それから善右衛門は縁側に腰掛けての黙考をし始めた。
先程までの苦い表情ではなく、空を見上げながらの静かな表情でそうする善右衛門のことを、けぇ子とこまは何も言わずに……一体何を考えているのだろうと少しだけ不安に思いながら見守って……そうしてかなりの時が過ぎた頃、善右衛門がゆっくりとその口を開いた。
「……けぇ子、こま。
先程の話を聞いてお前達はどうしたいと考えている?」
その言葉に、けぇ子とこまがどう返したものかと悩んでいると、善右衛門が言葉を続ける。
「妖怪のままでありたいのか、神の座へと至りたいのか、それとも人として人の世で生きていたいのか。
……いずれ町の皆にも聞くつもりだが、まずはけぇ子、こま、お前達の想いを聞いておきたい」
その問いを受けて「そっちか」と思いつつも、けぇ子とこまはお互いを見合って頷いて、そうしてから順番に答えを返す。
「人の世で生きていきたいと思っています」
「わたくしも人の世で生きていきたいと思っております」
二人共、妖怪としての誇りを捨てた訳でもなく、神の座に至ることを諦めた訳ではないが、神にああまで警告をされてそれでも尚、意地を張ろうと思う程頑固ではなく、その道の先に自らの想いの成就があるとなれば他に選択肢など無いに等しかった。
善右衛門はその答えを聞いて再び黙考し……しばしの間目を瞑って何かを考え……その考えを言葉にしていく。
「まったく人とはどこまで業が深いのだろうな。
厄介な相手ではあるとはいえ、話が通じる相手を……うらのように共存出来たはずだろう鬼を力でもって滅しただけでなく、またぞろ妖怪達をそうしようとしている。
……いや、海の向こうではもう始まってしまっているのだったな。
海の向こうでそういった流れが起きたとなれば、追々幕府もその流れに乗ろうとすることだろう。
……そうでなければこの国そのものが流れに押しつぶされ消え去ってしまうに違いない。
そして国を守る為とあれば……妖怪達の犠牲など目もくれないことだろう。
……一体どれほどの妖怪が犠牲になるのやら……団三郎とやらが危惧を抱くのも当然のことだ。
ならば……ならばせめてこの町が、この俺が別の道を築くべきなのだろうな……」
その道が上手く行く保証などはどこにもなく、大きな流れの前ではまったく無意味な、押し流されるだけの砂の城なのかもしれない。
それでも妖怪達の未来を守る為の、波を弾く石垣になることが出来たなら、波など意にも介さぬ大城になることが出来たなら、この砂粒の一つでしかない人生にも何か意味があったのかもと、臨終の際に想うことが出来るかもしれない。
そう考えて善右衛門は、自らの両膝を己の両手でもってばしんと叩き、その道を征く覚悟を決める。
そうして善右衛門が、
「よし、やるか」
と、一言を口にすると、けぇ子とこまはわぁっと沸き立って立ち上がり、お互いの手を握り合って、その場でぴょんぴょんと……そういったことに無頓着な善右衛門がはしたないと思ってしまう程に騒ぎ立てる。
一族の未来が拓けたからといって、その様はあまりにも喜び過ぎだろうと、善右衛門がそんなことを思っていると、けぇ子とこまがとんでもないことを口にし始める。
「こまさんこまさん! まずは白無垢の用意からですかね!?」
「けぇ子さん、何を言っているんですか! 今の流行りは引振袖ですよ!
柄はやっぱりお花でしょうか、それともおめでたく鶴亀? それともそれとも……」
「あっ、善右衛門様の紋付袴ってどこにありましたっけ!?
ちゃんとお手入れをしておかないと……いっそ新しいのを作っちゃう? いえ、それよりも祝言の日取りを考えないと……あっ、熊さん達の祝言の日と一緒に、この町の新たな門出を記念する意味を込めて盛大にやっちゃいますか!?」
「そうですね、それが良いでしょうね。
町をあげてというよりも、山をあげての祝言にするべきでしょう!!」
そうした二人の言葉を耳にして、ようやく善右衛門は自分が失言をしたというか、失策をしたというか、考えなしであったことに思い至る。
善右衛門は団三郎狸の言葉のうちの半分、迫りくる危機をどう凌ぐかといった、妖怪達の未来のことばかりを考えて……もう半分、子を成せだとかそういったことについては深く考えていなかったのだが……けぇ子とこまにとっては、そのもう半分のほうが主題であったようで……先程の善右衛門の発言それ自体が二人への誓いの言葉であり祝の言葉……まさしく『祝言』であると受け止められてしまったようだ。
正直善右衛門としては、そちらについては追々……色々なことが落ち着いてからで良いだろうと考えていたのだが、けぇ子とこまの喜び様とその勢いは最早止められるものではなく……そうして善右衛門は、全く思ってもいなかった形で覚悟を決めることになったのだった。
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