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僻地宿場町のお奉行様 今日も妖怪変化相手に御沙汰を下し候  作者: ふーろう/風楼


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茶飲み話


 翌日。


 善右衛門が熊の祝言の打ち合わせの為にと朝から屋敷を空けることになり、善右衛門不在となった屋敷の縁側にてけぇ子とこまと八房の三名は、ひなたぼっこついでの茶飲み話に花を咲かせていた。


 日常のあれこれや、家事の際のちょっとしたあれこれや、長としてのあれこれや。

 そういった話題を終わらせた後に続くのは、当然のように善右衛門についてとなる。


 特に昨日の善右衛門との異種婚姻譚についての会話は、けぇ子とこまの二人になんとも言い難い衝撃を与えていて……そのせいで湧き出てくる愚痴の数々は留まることを知らなかった。


 鈍感、朴念仁、女心知らず。

 

 そんな罵詈雑言が絶えることなく飛び交っている屋敷の縁側に、ひょこりと一人の男が姿を見せる。


「おや? 善右衛門のやつはここにも居ねぇのか。

 町中で見かけなかったからここかと思ったんだが……」


 善右衛門の友人で、古くからの知人でもある遊教の顔を見たけぇ子とこまは、善右衛門の過去を知っているらしい遊教へと、ぎらついた視線をぐいと向ける。


「な、なんでぇなんでぇ一体全体……女子衆にそんな目で睨まれちまったら照れちまうだろうが」


 僅かに怯みながらそんな軽口を言う遊教に対し、けぇ子とこまはくいくいと手で宙を掻いて「こちらに来い」との指示を下す。


 ごくりと固唾をのんだ遊教は、素直に従って縁側の、けぇ子とこまが座る一帯から少し離れた場所へと足を向け、静かに腰を下ろす。


 すると待ってましたとばかりにけぇ子が、


「遊教さん! 善右衛門様はどうしてあんなに朴念仁なのですか!」


 と、大きな声を上げ、隣に座るこまが激しく頷いて自分も同じことが聞きたいと示してくる。


 その様子を見るなり「だっはっは!」と笑い声を上げた遊教は、腹が痛む程に笑いに笑って……そうしてからゆっくりと口を開く。


「どうしても何もねぇなぁ。

 それに関しては前世からそうだったと思うしかない程に筋金入りだからなぁ。

 両親は勿論のこと、周囲の友人連中、女衆連中、果ては嫁さんまでがその有り様に困惑したもんだよ。

 ……まぁ、それ程の生真面目さがあってこその異例の出世だったんだろうがな。

 酒にも女にも賭け事にも溺れねぇ、背筋に通った筋金が丸太よりも太い、まったく融通の効かねぇ朴念頑固野郎が善右衛門の本性よ。

 今のお江戸であれ程の堅物、まずはお目にかかれねぇだろうなぁ」


 そう言って再度笑い声を上げた遊教は、けぇ子とこまの目をじっと見つめて……そうしてから顔を空へと向けて、昔を懐かしみながら言葉を続ける。


「花のお江戸は伊達じゃねぇというか、お江戸に住んでりゃぁ誰であろうとそれなりの『遊び』をするもんだ。

 友人同僚なんかの横の付き合い、上司部下の縦の付き合い、その全てを断れる奴なんざ普通に考えれば居るはずがねぇ。

 ……だが善右衛門は、当たり前だと言わんばかりの面してその全てを断りやがる。

 遊ばねぇから女を知らねぇ、女を知らねぇから気遣いができねぇ。

 あいつが祝言を挙げると聞いた時は、ちゃんと初夜を迎えられるのかと、友人知人一同が心底心配したもんだったよ」


 そんな遊教の言葉に「そこまでなのか」とこまが物凄い表情を作り出す中、真剣な表情のけぇ子が言葉を返す。


「……善右衛門様はどうしてそこまで……その、お固くなってしまったのでしょうか」


「さてなぁ。

 拙僧とあれが顔を合わせるようになった頃には既にあれはあんな状態で、奉行をやっていたからなぁ。

 生まれつきの筋金入りか……それとも幼少の頃に何かあったか、そのどちらかなんだろうなぁ」


「……幼少の頃、ですか。

 そう言えば以前善右衛門様が、私によく似た誰かに……女性で武芸者で、博識でもある誰かに、お説教をされたとか、殴られたとかそんなお話をしていましたね」


「武家の嫡男である善右衛門を、殴った女……?

 親父さんがどっかの誰かを教育係として雇った……のか?」


「んー……確か、近所に住んでいた方だとかなんとか。

 誰かが雇っただとかという話はしてませんでしたねぇ」


 首をこくりと傾げながらけぇ子がそう言うと、こまが「そうでした、そうでした」と頷いて、けぇ子の記憶に間違いがないことを保証する。


「色々な説教をしながら、事あるごとに何度も殴られたとかなんとか。

 ……でも改めてそのお話のことを思い出してみると、なんだか善右衛門様に親近感が湧いてきちゃいますね。

 私の母もこう、事あるごとにまず手が出るという、そういう人でしたので……。

 家事を覚えろ、妖術を覚えろ、人のことを、人里のことを理解しろと、何度も何度も……」


 遠くを見つめたけぇ子がそう言葉を続けると、遊教が凄まじいまでの険しい顔をしながら言葉を返す。


「狸変化の母親が、家事を覚えろ? 人里のことを理解しろと……?

 ……そのおっかさんは、一体何処で人里のことや人のことを学んだんだ?」


「昔人里に住んでいたことがあるそうなんです。

 人に化けながら人里の中で日々を暮らして、そうやって人のことを学んだとか、なんとか。

 詳しい話は聞いたことがないのですけど……」


 遊教の問いにけぇ子がそう答えたその折、こまから「ああ!」との声が上がり、ぽんと手を打ったこまが、大きな声を弾ませる。


「そうです、そうです、思い出しました!

 けぇ子さんからそのお話を、お母様のお話をお聞きした際、わたくし一族の老人達に尋ねてみたのですよ。

 人里に住んだことのある狐はいないのか、一体狐は、わたくし達の一族は誰から『人』というものを学んだのか。

 すると返ってきた答えは『お江戸で暮らしていたことがあるという、狸から教わった』というものでした。

 同じ山ということからも、きっとそれがけぇ子さんのお母様だったのでしょうんぇ」


 そんなこまの言葉に対し、けぇ子が「へぇ~、そうだったんですねー」とあっけらかんとした上げる中、遊教は険しいその顔を更に険しいものとする。


「……それはつまり、その女武芸者ってのが……」


 と、遊教が何かを言いかけたその折、玄関の方から、


「帰ったぞ」


 と、善右衛門の声が響いてくる。


 その声を受けてけぇ子とこまと八房が沸き立って立ち上がる中、遊教は「なるほどなぁ」と、そんな言葉を漏らすのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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