異種婚姻譚
こまの持って来た少し熟れた柿……甘く柔らかくなり、硬い柿とはまた違った味わいのある柿を存分に堪能してから一息ついた善右衛は、誰に言っているのかぼつりと言葉を漏らす。
「昔の昔から異種婚姻譚というものは数多く存在していたようだが、実際はどうなのだろうな」
その言葉に善右衛門を挟む形で縁側に腰を下ろしていたけぇ子とこまは、小さくない動揺を見せてから、恐る恐るといった様子で言葉を返す。
「え、えぇっと、それは一体どういう?」
「ど、ど、ど、どう、とは……ぐ、具体的にどんなことお気になさっていらっしゃるのですか?」
けぇ子とこまのそんな露骨な態度に気付かないまま、善右衛門は己の顎を撫でながら淡々と言葉を吐き出す。
「あー……そうだな、たとえば、だ。
狸の夫と、狐の妻という形の婚姻があったとして、二人の間に子供は出来るのだろうか、出来たとしてどんな子供が出来るのだろうかと思ってな。
この町は多種多様な妖怪変化の住まう町となった……となれば、いずれそういうことも起こり得るだろう?」
善右衛門のその言葉に『自分達』のことでは無かったのかと小さく落胆したけぇ子とこまは、お互いを見合いこくりと頷き合って……そうしてけぇ子が二人を代表する形で声を上げる。
「妖怪変化と妖怪変化、あるいは人と妖怪変化という形の夫婦であれば、問題なく子宝に恵まれますね。
ただし、そのままの姿ではダメで、どちらかの姿に変化して合わせることが条件となります。
そうでないと……その、お腹の中で赤ちゃんを育てるか、卵の中で赤ちゃんを育てるかといった、種族の違いが大きすぎる壁になってしまいますので……。
人と妖怪変化という形の夫婦も、妖怪側が人に変化していれば問題なく恵まれます。
善右衛門様が先程おっしゃった、狐女房や蛇女房などの有名な異種婚姻譚は、実際にあったお話なんですよ」
「……ふむ、なるほどな。
そういった昔話の中で俺が耳にしたことがあるのは……確か猿婿、犬婿、河童婿。それと蛤女房、亀女房、鶴女房……だったか。
ああ、それと以前に遊教の奴が人と狐の間に子が出来て、それが安倍なにがしだとかなんとか言っていたな……。
……それで、そうした婚姻をした夫婦の間に生まれた子供はどうなるんだ?」
顎を撫でながら納得の唸り声を上げる善右衛門に対し、けぇ子はこまにも気付かれないようにほんの僅かだけ、本当に僅かだけ善右衛門の方へとその身を寄せながら言葉を返す。
「それは両親次第となりますね。
妖怪変化同士の結婚であっても、お腹の中、卵の中に居る赤ん坊に妖力を与えてあげないと、普通の赤ちゃんが……獣としての赤ちゃんが生まれますので、妖力をどれだけ与えるのか、どういう形で与えるのかで結果が変わります」
そこで一旦言葉を切り……少しの間を置いたけぇ子が、身体を緊張させながら言葉を続ける。
「た、たとえばですね、に、人間のお婿さんと、狸変化のお嫁さんが婚姻を結んだとして……何もしなければ狸の、獣としての狸の子が産まれます。
人間の子になれと僅かな妖力を込めながら育くめば、僅かな妖力をまとった人間の子が産まれますし、狸変化の子になれとそれなりの妖力を込めながら育くめば狸変化の子となります。
名高い安倍晴明様のように人間と妖怪変化が半分半分の……良いとこ取りみたいな子も産まれなくはないのですが、それにはこう……調整が難しいといいますか、綺麗な形で人間と妖怪変化の天秤を整えなければ上手くいきません。
これに関しては神のみぞ知ると言いますか……狙って出来るようなものではありませんね」
「なるほどな……そこら辺は妖力次第、妖怪次第という訳か」
けぇ子の思惑に気付かないまま、あっさりとそう言う善右衛門に対し、尻尾の毛を逆立て、ぷくりと両頬を膨らませるけぇ子。
そちらを僅かも見ようとしないまま、善右衛門は言葉を続ける。
「ちなみにだが、人と神の間はどうなるのだ? 子が出来るのか?」
そんな問いに対してけぇ子は、頬を膨らませたまま露骨なまでに不満を含ませた声を返す。
「出来ないこともないですがー……そもそも神様が人と結婚すること事態がとっても稀ですからねー。
人柄がとっても立派で高潔で、神様に見初められるような人でないとそもそもありえないことですしー……ああ、でも、とっても悪どい人間がその悪知恵でもって結婚した例がありましたねー。
ほらー、天から降りていらした天女様……つまり女神様の、羽衣を隠して天に帰れなくしたというお話があるじゃないですかー」
「ああ……あの話か。
実際に神が居ると知ったいま考えてみると、あんな真似をしでかしたその瞬間、あっさりと天の神々に見咎められて、天罰を食らいそうなものだがな。
……余程に上手くやったと、そういうことなのだろうか……」
そう言って善右衛門は、秋の空をじっと見つめ……何やら深く考え込んで、思考の世界に入り込んでしまう。
そんな善右衛門の横顔に対し……頬を更に大きく膨らませたけぇ子と、そんなけぇ子に同情し、同調する形で頬を膨らませたこまは、半目での冷えきった視線を送り続けるのだった。
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