婚姻話
進ノ介から祝言の話を聞かされて……何だか妙に疲れた気分となってしまった善右衛門は、散歩を切り上げ自らの屋敷へと足を向けた。
そうして屋敷へと到着したなら、玄関へと向かわずにぐるりと庭の方へと足を進めて……日当たりの良い頃合いとなっている縁側へと腰を下ろす。
すると八房が善右衛門の足元へとやってきて、自分もそこに行きたいとの視線を向けてくるので、懐から手拭いを取り出し八房の足の汚れを綺麗に拭き取ってやって……縁側に上がって良いようにと整えてやる。
そうしているうちにけぇ子が気を利かせてお茶を淹れてきてくれて……善右衛門はけぇ子と八房と共に、縁側での穏やかなひと時を過ごしていく。
晩秋らしく涼やかな風が吹く中、よく晴れた天からの日差しが暖かで……そんな中で飲む柿の葉茶は格別の味がして、全身の隅々まで染み渡ってくれる。
そうやってどれくらの時を過ごしたか、ふいにけぇ子が口を開く。
「そう言えば善右衛門様、ずっとお聞きしたいことがあったのですが……」
「うん? なんだ?」
と、けぇ子の問いに善右衛門がそう返すと、けぇ子は少しだけもじもじとしてから大きめの声を上げる。
「善右衛門様はこちらに来る前に奥さんと離縁したとのことですが……一体どんな方だったんですか?」
「どんな……どんなと言われても困るが、そうだな……口煩い女だったな」
「口煩い?」
「ああ……。
奉行と言えばかなりの出世頭、一生をそこで終えても良いくらいの地位なのだが『出世なさいませ、出世なさいませ』と何かある度に言ってきてな……これ以上何者になれと言うのだと言葉を返す気にもならん。
結局子供も出来ず終いで……それが良かったのか悪かったのか、ここに行かねばならぬとなったらあっさりと三行半だ。
……まぁ、死罪同然の命を受けたのを思えば当然の反応であり、それを責める気はないがな。
結局数年の付き合いでしかなかったが、果たして婚姻とは何なのかと今でも思うよ」
「そう……ですか。
では……その、再婚についてはどうお考えなのですか?」
「再婚?
再婚と言われても、なぁ……。
そもそも誰とするのだという話もあるが……そうだな、この町が落ち着いて、今の生活が馴染んだ日には、することもあるかもしれんな。
……とは言え、ここでは相手を薦めてくる上役も家族もいないし、自分で相手を探すことになる……のか?」
そう言って善右衛門はこくりと首を傾げる。
首を傾げて、青々しい空を眺めて……ぼうっとしながら思考に耽る。。
善右衛門にとっての婚姻とは、上役や家族……両親や親戚が探した相手とするものであった。
それが善右衛門にとっては当たり前のことであったし、そのことに疑問を抱いたことなど一度も無かった。
そんな常識を抱いている中で、改めて自分で相手を探す必要があると考えてみると……一体どうやって一体何処から相手を見つけて来たら良いのか、全く分からなくなってしまう。
何処かの家へと赴いて、そこの家長に娘さんをくださいと頼むのか。
それともあるいはその娘さんに直接嫁に入ってくれと頼むのか。
結納はどうしたらいいのか、いくらくらいの銭をかければ良いのか。
善右衛門に用意出来るありったけを積んだとして、こんな所に来てくれる娘さんなど存在するのだろうか。
そうやって善右衛門が考え込む中、すぐ側に座るけぇ子が、その手仕草でもってここに相手がいますよと訴えるが、そんなことには気付かないまま、ただただぼんやりと空を眺め続ける善右衛門。
「ふぅー……わぅん……」
そしてそんな二人の様子を見てなのか、少し離れた場所で丸くなりながら大きなため息混じりの声を上げる八房。
しかし八房の声は善右衛門にもけぇ子にも届かず、ただ時間だけが過ぎていって……そこに一人の影が入り込んでくる。
「あら、皆さんお揃いで、ご休憩中ですか?」
それは善右衛門に会いに来たのか、包みを抱えたこまであり……こまは縁側の、けぇ子から見て反対側……善右衛門をけぇ子と挟み込む形で腰を下ろす。
「休憩というか……まぁなんだ、雑談中というところだな」
座ったこまに善右衛門がそう声を返すと、こまは「雑談?」とこくりと首を傾げる。
その様子を見て善右衛門がなんとも素直に「婚姻の話をしていた」と返そうとした……その時、けぇ子が大きな声を上げて善右衛門の声を阻む。
「あーあーあーあーあー!
そんな大した話はしてないんですよ! ちょっとした、なんでもないお話をしていただけなんです!!
それよりもこまさん、その包みには一体何が入っているのでしょうか!!」
なんとも不自然な態度で、不自然な大声で、不自然な会話の切り方でそう言ってくるけぇ子に、こまは再度こくりと首を傾げながら包みを開く。
「えぇ、少し熟れかけですけども、山の方で良い柿を見つけたのですよ。
まだまだ若木の生命力に溢れた柿の木で、きっと味の方も良いと思いますよ」
その包みの中にあったのは、大きく膨らみ良い色艶に熟れた四つの柿だった。
その柿を見るなりけぇ子は、
「わーわーわー!! 美味しそうですねーーー!!」
と、またも不自然な大声を上げて、善右衛門とこまの首をなんとも不思議そうに傾げさせるのだった。
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