人別改帳行脚
山に鬼が出たからと宿場町に避難してきた熊や猪やみみずくの妖怪変化達。
それはあくまで一時的なものであったはずだったのだが……いつのまにか彼等は空き家を我が家とし、そこに腰を落ち着けてしまっていた。
それぞれが気に入った空き家を、自分達が過ごしやすいようにと勝手に改装し、狸達に拵えさせた家具まで並べて、冬越えの為の食料までも運び込んで……。
そんな妖怪変化達の行動に善右衛門は、呆れ半分、喜び半分といった態度を示していた。
善右衛門が呆れているのは彼等の手抜かりに対してだった。
この町に住みたいのであれば、素直に住まわせてくださいとそう言えば良いのに、有耶無耶のうちに居着くとは全く何事だと、そういう態度だ。
そういう態度を取りながらも心の半分で喜んでいるのは、狸達と狐達の笑顔が、熊達が住み着いて以来見違える程に増えたからだった。
町民が増えて仕事が増えて、自分達だけではない様々な者達が行き交う町らしい姿になったことを喜んで……本当に嬉しそうに、楽しそうに日々を送っている狸達と狐達。
善右衛門の呆れを半分の所で留めたその笑顔に免じて、善右衛門は厳しいことを言わずに、きつい態度を取らずに、彼等が町に住まうことを許したのだった。
そして住まうことを許したとなれば彼等は町民であるということになり、町民であるならば人別改帳を作らねばならず……そういう訳で善右衛門は、八房を伴っての人別改帳の作成に励んでいたのだった。
「……で、熊の妖怪変化は一体どんな力を持っているんだ?
これから先、どんな仕事をしていくつもりだ?」
熊の妖怪変化の長。
善右衛門が見上げる程の豪髪の隙間から熊の耳を突き出した髭面の大男。
その筋肉で紺色の着流しをぐんと膨らます、進ノ介と名乗る熊の住まう屋敷の、開けた玄関に腰掛けた善右衛門がそう問いかけると、進ノ介はそのぼさぼさとした松の葉かと思うような豪髪をがしがしとかきながら言葉を返してくる。
「自分達は見ての通りの体格をしている関係で力仕事が得意でして。
反面、妖術に関しては得意とは言い難いのですが、力と技と妖術を組み合わせての石細工なんかがまぁまぁの出来でして……そこら辺で食っていければと考えております」
見た目に反しての細い声と、丁寧な態度でそう言われた善右衛門は、一瞬だけその目を丸くしてから……墨壺に手にした筆を垂らし、今しがた聞いた話を人別改帳に記していく。
「……そうか。
石細工を出来る者が町に居れば色々助かることも多いだろう。
よろしく頼むぞ」
さらさらと筆を走らせ、書くべきことを書き終えた善右衛門がそう言うと、進ノ介がぐわりと大きな笑顔を浮かべて、
「善右衛門様にそう言って頂けて、まっこと嬉しい限りでございます!
励ませて頂きます!!」
その笑顔をじっと見つめ、全く見た目に似合わぬ性分の男なのだなと、小さく笑った善右衛門は、進ノ介の屋敷を後にし、熊達が住まう一画を後にし、猪達の住まう一画へと足を向ける。
するとそこには、分かりやすくする為なのか、うりぼう柄の猪耳を頭から突き出した老若男女の姿があり……彼等はどういう訳だか一様に、水の入ったたらいを前にして野菜やら木の実やらをひとつひとつ丁寧に、布やらへちま束子やらで磨き洗っていた。
「へぇ、いらっしゃいまし、いらっしゃいまし。
ようこそ猪の飯屋へ! まだまだ準備中ですが、善右衛門様がお客様とあれば多少の無理をしてでも……!」
薄青色の着物を身に纏い、それをたすき掛けにして、でっぷりとした腹を揺らす丸顔の小男―――
「お前は確か猪の長の……清兵衛と言ったか」
―――が、首にかけていた手拭いで手の水気を取りながらそう言って、善右衛門の下へとにじり寄ってくる。
「へぇへぇ、そうですと、そうですとも。
まぁまぁ、わいの名前なんてそんなものはどうでも良いでしょうや。
それよりもそれよりも、ご注文は何にいたしますか?」
「いや、今日は飯を食いに来た訳ではなく、お前達の名前と家族構成と……それとどんな仕事をしていくつもりなのかを来たのだが……どうやらソレに関しては聞くまでもないようだな」
「へぇへぇへぇ。
わいらは鼻は鋭敏、舌は肥えてる、山の美食家といったところでして。
食うに優れているなら当然食わせるにも優れていると、そういう訳なんですよ。
美味い飯屋があれば町民は勿論のこと、この町に立ち寄った旅人達も喜んでくれること請け合い!
草木を操るけぇ子様方とは、また違った味を提供してみせますとも!」
善右衛門の目の前までやってきて、鼻息荒くそう言ってくる清兵衛。
ふるんと揺れるその艷やかな肌を見やりながら、善右衛門は一歩後ずさってから言葉を返す。
「……仕事についてはよく分かった。
で、お前達はどんな妖術を得意としているのだ?」
すると清兵衛は、そんな善右衛門の問いににやりと笑いながら、
「ならば、お見せいたしましょう!」
と、そう言って、その両手を天高く振り上げるのだった。
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