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僻地宿場町のお奉行様 今日も妖怪変化相手に御沙汰を下し候  作者: ふーろう/風楼


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がぶりと噛み付いて


 八房が上げたその声に込められた意味を、その場に居た一同は、まるで耳で聞いているかのように心でもって感じ取る。


『うら、お前はこれからどうしたいのだ、どう生きたいのだ』


 その可愛い見た目からは全く想像も出来ない、透き通った心を貫くかのようなその心の声に、善右衛門も遊教も、うらさえもが目を丸くする。


 そうして善右衛門はことの成り行きを見守ろうと黙り込み、遊教はおいぬさまのお言葉には口を挟めないと黙り込み……その場に居た全員の視線がうらへと向けられる。


「お、オイがどうしたいかなんて聞かれても……。

 ただ飢えるのも死ぬのも嫌ってだけダァ」


『生きて何を為す、何の為に生きる』


「そ、そんなこと言われても分かんネェダァ……」


『ただ生きたいだけなのか』


「う……うぅ、勿論腹いっぱい食いテェだとか、落ち着いて眠りテェとは思うけども……」


『腹いっぱい食うことと、安眠することがお前の望むことか』


「……そ、そうかもしれネェダァ。

 そう出来さえすればオイは、何の文句もネェダァ……」


 ひゃわんひゃわんと鳴く八房と、怯えきったうらとの会話がそんな風に進む中……様子を見守っていた遊教はなんともいえない表情で歯軋りをする。


 八房もまた善右衛門と同じ考えなのか、この邪悪を放置するつもりなのか。


 いくらかの対策が出来るとはいえ、それは間違っている、絶対に間違っていると心の中でぐつぐつと想いを煮滾らせた遊教が、その想いを声にしようとした―――その時、八房が一段と強い心の声でもって、うらに問いかける。


『ならば誓うか、腹いっぱい食えて安眠出来るのであれば、決して邪悪には手を染めぬと、他者を生きる為の目的以外で害さず、虐げはしないと!』


 周囲一帯に、この山全体に響き渡るかのような心の声で、そう問いかけてくる八房に対し、うらは初めて見せた強い瞳でじっと八房を見つめて……大きな声を上げ返す。


「誓うダァ!

 オイは絶対に邪悪には手を染めネェダァ!

 生きていられるならそんな……そんなこと、してたまるかってんダァ!!」


 その声もまた山全体に響き渡るかのような声で……その誓いを耳にした八房は、ふわりと飛び上がり、うらへと飛びついてうらの脛にがぶりと噛み付く。


「や、八房!?」


「おいぬ様!?」


「いっデェェェ!?」


 三者三様のそんな声が上がる中、八房は脛に噛みつき続けて……そうやって出来上がった傷から、まるで植物の蔦のような痣をうらの全身へと広げていく。


 その痣はうらの全身を覆い、その全身を縛り上げるかのように蠢き「ぎしりっ」と、木が軋むような音を立ててから、すぅっと溶けるようにして消える。


 そうしてようやく八房がうらの脛を開放すると、そこにあったはずの傷が跡形もなく消え去っていた。


「……八房、一体何をしたんだ?」


 うらから離れて、善右衛門の足元へとやって来て、何でも無さそうな顔をする八房に、善右衛門がそんな声をかけるが、八房は素知らぬ顔で地面へと腰を下ろし、ぐいと後ろ足を上げて、首のあたりをがしがしと掻き始める。


 そんな八房の姿と、呆然としながら腰を抜かすうらのことを交互に見た遊教は「うぅむ」と唸り声を上げてから、ゆっくりと口を開く。


「……今のは、京で見た邪を封じ込めているという封印門に刻まれていた模様によく似ていたな。

 直前の会話から察するに……恐らくは誓いの『縛り』なんだろうな。

 誓いを破らせない為の封印……あるいは、誓いを破った際に発動する呪いってところか?

 おいぬ様……拙僧の考えは当たってますか?」

 

 そんな遊教の言葉に対して八房は、ふるふると尻尾を振りながら「ひゃわん!」との元気な声を返す。


 ……生き残りの鬼という存在に何か思う所でもあったのか。


 うらを救う為に、うらを邪悪の道に走らせない為にと、これまでの日々で溜め込んだ力を使い切ってしまったらしい八房は……もう先程のように心の声を上げることは出来ないようだ。


 そんな八房をじっと見つめて、その頭をぐしぐしと撫でてやった善右衛門は、八房をそっと抱き上げながら遊教に、


「……どうだ、遊教。

 こうなってもまだ異議があるか?」


 と、そんな問いを投げかける。


 すると遊教は「ぐむむ」と唸り……そうして黙り込み、ふいと明後日の方へと顔を向ける。


 そうやって異議はないが納得もしていないと、示してくる遊教に対し善右衛門は、苦笑いを浮かべながら「すまんな」と一言声をかける。


 そうして大太刀を腰紐に差し、八房をしっかりと抱え直した善右衛門は、うらへと向き直り……これからのうらの生き方についての話を、し始めるのだった。



お読み頂きありがとうございました。

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