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僻地宿場町のお奉行様 今日も妖怪変化相手に御沙汰を下し候  作者: ふーろう/風楼


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そして事件が

本日六話目の更新です


 塩飴を舐め終えて飴屋を離れて、道すがら立ち寄った井戸で水を汲み飲んで、そうして善右衛門と八房は神社へと足を運んでいた。


 夏祭りが催されて以降、町民達の憩いの場となっていた真神神社には、元気に遊ぶ子供達や、仕事の合間に体を休める大人達の姿があり……祭り以前とは打って変わっての賑やかさに包まれている。


 そうした光景は、この地の氏神である八房にとっては嬉しくて嬉しくてたまらないものであるらしく、神社に到着するなり八房の尻尾が凄まじい速度で激しく揺られ始める。


 右を向いて「ひゃわん!」と尻尾を振り、左を向いて「ひゃわん!」と尻尾を振り、右を見て左を見て、右を見て……そうしてその場でくるくると回転をし始めた八房は、何が嬉しくてそこまで喜んでいたのかということをすっかりと忘却し、激しく揺れる己の尻尾と遊び始める。


 そんな光景を微笑ましげに見つめた善右衛門は、境内の適当な場所へと腰を下ろし……そうして夏の暑さをじっとりと味わいながら、頭の中で考えを巡らせる。



 この日の本には鬼がいて、神がいて、妖怪達がいて……そんな中で人は人の世を作り上げてきたらしい。


 鬼は既に絶滅してしまっているようだが、それでも数多の神と妖怪がそこら中にいて……今こうしている間もそれぞれの営みを育んでいるようだ。


 以前けぇ子が人に近すぎると評した馬や牛でさえ、人の世の中に紛れ込み商いや飛脚業でもって銭を稼いでいるようで……だというのに善右衛門はそれに気付くこともなく、何も知らないまま、鬼も神も妖怪すらも、居ないものと考えてこれまでを生きて来た。


 一体それはどういった『力』の作用なのだろうか。


 当たり前にこの世に居る者達のことを、伝承伝説の類として扱い、世の人々に居ないものと信じさせるというのは……ちょっとやそっとで出来ることではない。

 少なくとも自然にそうなっただとか、偶然にそうなっただとかではなく……明確な意図があって、誰かの意図でもって為されているものだろう。


 そんな中で、遊教は当たり前に妖怪や神などの存在を知っていたようで、その言動からするにそうした者達と関わる日々を生きてきたようだ。


 ならば仏門に関わる者がそうしたのだろうか?


 それともお上が……幕府がそうしたのだろうか?


 あるいは神が、この世に住まう神々がそう望んだのだろうか?


 ……そしてその行いには一体どんな意図が、どんな意味があるのだろうか?


 この地に来てから目にすることになった、摩訶不思議で奇想天外なこの世界こそがこの世の本当の姿であるならば、江戸の世とは一体何なのだろうか……?



 そうしたことを、答えなど出ようはずが無いとも思いながらもつらつらと考えて……そんな思考の中へと深く潜り込む善右衛門。


 するとそんな善右衛門の顔をざらりと何かが撫でる。


 ざらりざらりと、しつこいまでにそれに撫でられて……そうして思考の中から引きずり出された善右衛門は、よだれにまみれた己の顔を袖で拭いながら、主犯である八房の体をひっつかみ、


「よくもやってくれたな!」


 と、そう言って徹底的にくすぐり倒す。


「ひゃわわぁん! ひゃわん!!」


 歓喜の声なのか、悲鳴なのか、そんな声を上げて体をよじる八房。

 そんな八房に構うことなく善右衛門がくすぐり続けていると……森の方からなんともおかしな声が聞こえてくる。


『―――ぉぉぉぉ!?』


 風の中に交じり、響いてくる獣の雄叫びのような何か。


『―――おぉぉぉぉぉ!?』


 段々と大きく、はっきりと聞こえてくる野獣のお雄叫び。


『ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』


 その声は善右衛門が良く知る、遊教の声によく似ていて……そうして善右衛門は大きな溜め息を吐き出す。


「はぁー……。

 ……よし、八房、家に帰るぞ」


 溜め息の全てを吐き出し、そう言った善右衛門は、八房を抱えながらすっくと立ち上がり……そのまま神社から離れ、雄叫びの聞こえてくる真逆の方向……宿場町の方向へと足を進めていく。


「ひゃわん!?」


 八房が驚きながら『え!? 良いの? 放っておいていいの?』という表情を浮かべるが、善右衛門は全く気付かない振りをして、すたすたとその足を早める。


 そうして後少し、後少しで町へと繋がる階段へと到れる―――となった所で、善右衛門の眼前に三匹の鼠達が飛び出してくる。


「ぜ、善右衛門様、大変でごぜぇやす!

 殺生石らしきものを見つけた遊教様が、殺生石に近付くなりその瘴気に取り込まれちまいやした!!」


 飛び出して来た三匹の鼠のうちの一匹、権太にそう言われた善右衛門は、天を仰ぎ、そうしながら大きく息を吸って、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 と、地響きのような溜め息を吐き出すのだった。


 


お読み頂きありがとうございました。

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