お前の父ちゃん人殺し
「お前の父ちゃん人殺しなんだって?新聞みたぞ。新聞に写真付きで載ってたぞ。
お前の父ちゃん人殺し!ひっとごろし!ひっとごろし!
ひっとごろし!ひっとごろし!メヌキのとーちゃんひっとごろし!
きったない、きったないひっとごろし!」
登校すると教室で同級生に囃し立てられ、彼らに目を合わせずメヌキは席についた。
「オラ、人殺しの息子。詫びろや。殺された人に詫び入れろや。息子のお前の責任あるやろ。なァ」
番長の荻野が凄みを入れると、ざわついていた教室が静まり返った。
「わ・び・ろ!わ・び・ろ!」
すかさず荻野の子分のお調子者、楢林が音頭を取り、合唱が始まる。
「百々塚の親父は汚ったないひっとごろし!ひっとごろし!ひっとごろしの息子!わ・び・ろ!わ・び・ろ!死んだお方にわ・び・ろ!」
「土下座やな、土下座。それからお前も腹切り。腹切りぃや、親父さんと一緒に」
「ど・げ・ざ!ど・げ・ざ!は・ら・き・り!さあ、みなさんもご唱和ください!」
メヌキは目頭を熱くし、それでも少しでも弱みを見せまいと、歯を食いしばり、座りながら必死に堪えていた。
恥ずかしさと屈辱と、何も言い返せない己の弱さに腹が沸々と煮立っていた。
「ちょっと男子!止めなさいよ!先生呼ぶわよ」
見かねたクラスの女子、優等生の上室木 照が荻野軍団を注意した。
「なんじゃお前。人殺しの息子かばうんか。人殺しやぞ。人殺しぃ。ひょっとして、お前人殺しのタレか。できてんのかお前ら」
「彼とは関係ない、話したこともないし!でも、アンタら酷いよ。普段は彼と関わってなかったのに。こういう時に寄って集って弱い者いじめ?情けないわ」
気風のいい照の煽りに、女子達が「そうよ、そうよ」と同調した。
「なんじゃとコラ!いてまうぞ、このクソアマ!」
荻野が標的を照に移し、彼女の胸ぐらに掴みかかり、教室は騒然とした。流石に子分たちが荻野を抑えるも、照は荻野の凶暴さにひるまず、彼を睨んでいた。
メヌキは、今日登校したことをひたすら後悔していた。自分に普段通りの振る舞いをするように諭し、登校させた叔父貴を憎みさえした。
「なんじゃ、コラ。おいこら、ナラ(=楢林)、クロ(=黒野、共に荻野の子分)、一片あのアマぶん殴らせろ。どつき回してヤキ入れな気が済まんわ」
「荻ちゃん、まずいって。先公にばれたら、停学だよぅ」
「私に手出したら停学じゃ済まないわよ。退学させてやる」
「そうよぉ。照のお父さん、弁護士先生なんだから」「このご時世、中卒はきついわ~」「荻野、早く謝んなよ」
「クソっ、カキタレ共がっ」
荻野は歯噛みして地団駄を踏んだ。
「おい、こら、人殺しのガキ。お前の親父は、罪のない善良な市民の命を絶った。
お前の家の血は薄汚れとるわ。詫びを入れろや、詫びを。
指全部切り落として目玉潰して残りの人生牢屋で臭い飯食って過ごせ」
荻野のこの侮辱でメヌキの中で何かが切れた。一回りは体格の大きい荻野に飛びかかり、彼の顔を拳で思いっきり殴ると、骨が折れる音がした。
だが、荻野は倒れず、猿のように咆哮し、メヌキを投げ飛ばした。机の角で首を強く打った。それでもメヌキは激痛の中、立ち上がった。
「先生!先生呼ばなきゃ!」
「やめろ、荻ちゃん、手だしたらやばいって」
喧騒は大きくなる。メヌキは拳を握りしめて、敵を見た。荻野は口から折れた歯を吐き出し、メヌキを睨みつけた。
「黙っとれ、クロ。こいつぶっ殺す。先手はこいつや。これは正当防衛…」
メヌキが再び飛びかかると、荻野は殴られながらも前進し、メヌキを床に叩きつけるように押し倒し、マウントを取ると、拳骨を振り上げた。
「これは被害者の分!人殺しにされた被害者の分!これも人殺しにされた被害者の分じゃあ!!」
口から血を吹き、絶叫しながら荻野は何度も何度もメヌキの頭を殴った。メヌキは間もなく気を失った。