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それでも、信用と疑惑の狭間で

 浴室から出ると、俺が脱ぎ捨てたドレスは何故か綺麗に畳まれていた。

 それだけでなく、汚れの全くない綺麗なものに変わっている。

 洗濯機の中を覗くと、風呂に入る前に着ていたドレスが入っていた。


 ルナはさっきまで俺と一緒に入浴していたし、入浴中にメイドのシンミアが取り替えてくれたのだろうか。

 そもそも、こんなに広い屋敷で雇われているメイドがシンミアだけなのかどうかすら分からないけど。


 手伝ってもらいながら服を着終わり、アンジェはいつも通り服の中に身を隠す。

 そして、脱衣所の扉を開け、外に出る――と。


 視界の端に、一つの人影が映り込んだ。

 訝しみ、そちらに顔を向ける。

 見たことのない一人の長身の男性が、俺を睨むようにして立っていた。


 マッチョとまではいかないものの、かなりガタイがいい。

 紅の髪に、黄色の双眸。その目つきは、とても悪い。

 そんなヤンキーのような容姿でありながら、整った執事服に身を纏っているのが少しアンバランスだった。


「……この男は?」


「レオパルド=レオーネ。この屋敷で仕えている、執事の一人ですよ」


 小声で服の中に向けて問うと、アンジェも小声で返してくる。

 やはり、使用人はメイド一人だけではなかったか。

 正直、俺からしてみればシンミアのようなメイドやルナのような女より、こいつのようなヤンキー然とした男のほうが慣れてしまっているが。


「シンミアから聞いて疑心暗鬼だったが、マジで戻ってきてたのかよ」


 誰にともなく、男――レオパルドは小さく呟いた。

 かと思ったら少しずつ歩み寄り、俺を見下ろして言う。



「お前――本当にルーチェ様か?」



「……え?」


 その問いに、思わず素っ頓狂な声をあげる。

 どういうことだ。まだ初めて会ったばかりだというのに、もう早くもバレてしまったのか?

 困惑するばかりの俺に、レオパルドは更に続ける。


「俺は、ルーチェ様の死亡を確認した。呼吸は完全に止まっていたし、あの重傷で生きてるわけがねえんだよ。少なくとも、そんな風に完治して綺麗な体を保ってるわけがねえんだ。ま、ルナ様とかシンミアとかは全く疑いもしなかったみたいだがな」


「あ、えと、その……」


 顔が青ざめ、血の気が引くのが分かった。

 完全に、俺を疑いの目で見ている。それが間違いであるなら、笑い飛ばして否定することだって容易だっただろう。

 だけど、射竦めるように見下ろされ、全身から冷や汗が吹き出す。


 レオパルドの口ぶりから察するに、生きてるほうがおかしい状況だったのだろう。

 俺自身どうして今は傷の一つも残っていないのか分からないが、そんな思考に耽る余裕もなければ、至近距離にレオパルドがいるためアンジェに問うこともできない。


 レオパルドに気づかれないよう、こっそり服の隙間に目を落とす。

 その中に隠れているアンジェも、珍しく動揺していた。


「わ、私の知り合いに、治してもらって……」


「へぇ、誰にだ? ルーチェ様の傷を完治してもらったんなら、執事として礼を言わないといけねえから教えてくれよ」


 咄嗟に思い浮かんだ嘘も、すぐに返された問いによって俺の焦りを強めるだけだった。

 どうする。どう答えるのが最適だ。

 いつも暴力での喧嘩ばかりで、言葉で欺いた経験があまりにも欠乏しており、必死に脳をこねくり回しても全く思いついてくれない。


 こんなことなら、ただの殴り合いのほうが何倍も簡単で楽だ。

 アンジェは運任せで別世界に住む人の魂とルーチェの魂を入れ替えさせたと言っていたが、明らかに俺が来るべきではなかった。

 ソーシャルゲームで例えるなら、せいぜいレアノーマル程度でしかないだろう。


 などと、こんな状況だというのに別の思考を生んでしまっていると。

 不意に、廊下の奥から一つの人影が小走りで向かってきた。

 その人影――シンミアは、レオパルドの隣で息を整えたのち口を開く。


「レオくん、何してるの?」


「あ? 何でもねえよ。感動の再会してただけだっつーの」


「もう、レオくん。またルーチェ様にタメ口きいてたんでしょ」


「ちっ、うっせーな。ここの奴らは、いちいちそんなこと気にするような奴らじゃねえだろ。お前が真面目すぎんだよ」


 レオパルドは後頭部を掻き、舌打ち混じりに毒を吐く。

 そして片手をズボンのポケットに突っ込み、俺の横を通り過ぎて立ち去っていった。


 追及するのをやめてくれたのだろうか。

 図らずもシンミアに助けてもらった形になったのだが、あんなに疑惑の目で俺を怪しんでいた割には諦めるのがあっさりしすぎている気がする。

 何なら、今この場でシンミアにも言ってしまえばよかっただろうに。

 自分の考えが間違っていたのだと思ってくれていたら、いいんだけど。


「本当に申し訳ありません、ルーチェ様。レオくんに言い聞かせておきます」


「いや、全然大丈夫。私の部屋って……どこだったっけ?」


「えっ? もう、忘れてしまったのですか? 二階の奥、ルナ様のお部屋の隣ですよ」


「あ、そうだったね。ありがとう」


 短く礼を述べ、お辞儀をするシンミアに背を向ける。

 質問したら疑われてしまうかと不安だったが、それは杞憂だったらしい。

 まあ、体はルーチェそのものなわけで、中に別の人間が入っているなどとは普通なかなか思わないか。

 先ほどのレオパルドは……中に誰かが入っていることに感づいてしまったのか、それともただ生きていること自体が疑問なだけなのか、どっちなのだろう。


 何はともあれ、長い廊下を突き進み、二階に上り、奥へ向かう。

 そこにあった扉を開けると、途轍もなく広い空間が視界に映った。


 大きなお姫様ベッドに、テレビにテーブルに椅子に棚。

 二十畳近くはありそうなほどの広さで、まるで超高級ホテルの一室のようだ。

 とはいえ、高級ホテルなんか行ったことがないから想像でしかないけど。

 さすがは、この国の王女の部屋といったところか。


 キョロキョロと見回しつつ、部屋の中を歩く。

 何というか、広すぎて逆に落ち着かない。

 俺がおずおずとベッドの上に腰を下ろした瞬間、服の中からアンジェが飛び出してきた。


「いやぁ、びっくりしましたねぇ。まだ一日も経っていないのに、もう気づかれてしまったのかと思いましたよ」


「……かなり危なかったと思うけどな」


 あのときシンミアが来なかったら、誤魔化すこともできなかったかもしれない。

 俺は頬杖をつき、単純に思ったことを言ってみる。


「なあ、アンジェ。レオパルドたちには言ってもいいんじゃねえのか? 誤魔化し続けるのも無理があるし、協力者がいたほうがいいと思うんだけど」


「だめですよ。言ったはずですよ、誰がルーチェさんの命を狙って殺害したのかも分からないんです。つまり、それが友達か家族の可能性だってあります。そう易易と明かすわけにはいかないのですよー」


 確かに使用人や家族の誰かが犯人という可能性もある以上、あまり信用して話してしまわないほうがいいのかもしれないが。

 唯一、事情を知っている協力者がこの精霊一人だけというのは、この先不安しかない。


「ほらほら、そんな些細な心配は全部、この完璧でビューティーでラブリーなわたしにお任せしておけばいいんです!」


「些細じゃねえし、お前にビューティーとかラブリーの要素ないだろ」


「もー、失礼ですねっ! 明日は学校があるんですから、さっさと寝なさい!」


「……母親みたいなこと言うな」


 アンジェに促され、半眼で返しつつも仰向けで布団の中に入る。

 とても柔らかく、心地よい。

 俺の意識は、あっという間に闇の中へ落ちていった。

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