だから、もっと二人で ☆
ルナと手を繋ぎながら廊下を歩き、俺たちは風呂場に到着した。
手を繋いでいた理由は、何故かよく分からないがルナが勝手に俺の手を掴んできたのである。
若干動悸が激しくなるのを感じつつ、脱衣所に足を踏み入れる。
ちなみに、脱いだら服の中に隠れていることがバレてしまうとすぐに察したのか、アンジェはどこかへ飛び去っていった。
つまり、現在は正真正銘の二人きりである。
「えへへ、久しぶりだなぁ~」
ルナは楽しそうに声を弾ませながら、服を上にたくし上げる。
純白の下着に覆われた、豊満な胸部が外気に触れた。
服の上からでも分かってはいたが、かなりの大きさのモノが二つの窪みに納まっている。
「……で、でっけぇ」
「んー? どうかした?」
「な、何でもない」
首を傾げるルナに背を向け、俺は自分の服に手をかける。
そして、服を脱ぐ……と思ったが。
生憎、今着ているドレスは男物の服と比べて妙にごちゃごちゃしており、脱ぎかたがいまいち分からない。
この場にアンジェがいれば、手伝えと恐喝――もとい、お願いすることができるのに。
「あれ? ルーチェ、脱がないの?」
「いや、それが……」
脱衣という行為に悪戦苦闘の俺に、後ろから声をかけられる。
曖昧に答えながら、後ろを振り向く――と。
真っ白のパンツ以外、何も身に纏っていなかった。
つまり、手のひらでも納まらないであろう大きな乳房は、その全貌を露にしているわけで。
そう。綺麗なピンクの先端まで、全て。
「あああ、えと、その、ふ、服を、脱がしてほしいな、って……っ」
「えー? 何それ、甘えんぼだなぁー」
顔が熱くなるのを感じつつ再び顔を逸らし、しどろもどろに告げる。
ルナは少し不思議そうにはしていたものの、笑って俺の前に中腰で立つ。
そうなると、大きな二つの膨らみは視界のすぐ下でぶら下がっている状況。
俺はできるだけ見ないよう天井を見上げ、きつく目を瞑る。
アンジェが見ていたら、ヘタレだとか童貞だとかチキンだとか馬鹿にされてしまいそうだ。
そういう意味では、いなくてよかったかもしれない。
「はいっ、じゃあ入ろっか」
ルナの声が聞こえ、目を開けると。
いつの間にか俺は全裸になっており、目の前には全裸のルナが立っていた。
下を見て、自分の体を確認する。
ルナとは違い、膨らみかけの幼い体型。
よかった……これなら、自分の体を見るだけで赤面してしまうなどということはないだろう。
一番の危険人物は、すぐ目の前にいるわけだが。
浴室は、凄まじく広かった。
俺の家の風呂より、軽く十倍はある。
ルナやメイドたちと一緒に入っても問題のない広さだ。
先に髪を洗い、体を洗う。
長い髪は、思っていた以上に洗うのが大変だ。
単純に、男のときの短髪より時間がかかってしまう。
そのあと、二人で肩を並べて湯船に浸かった。
俺はあまり風呂は好きではないのだが、今日は色々あって疲れたからか、気持ちよくて顔が蕩けてくる。
「……ねぇ、ルーチェ」
無意識に快楽の吐息を漏らしていると、不意に横から名前を呼ばれた。
振り向き、次の言葉を待つ。
ルナは俺を見据え、その問いを発する。
「明日は、また一緒に学校行けるよね?」
「が、学校?」
「うん。みんな、ルーチェが来てくれたら喜ぶと思うよ。もちろん、あたしも楽しみで今からワクワクしてるし」
――学校。
この世界でも、やっぱりあるのか。
元の世界でも学校には通っていたけど、この世界特有の何かがあったらどうしよう。
そもそも、今の俺は女。それも、ずっと前も通っていたであろうルーチェの姿だ。
ルナやシンミアが相手なだけでもかなりきついのに、ちゃんとルーチェに成りきって学校生活を送れるのか不安でしかない。
とはいえ、家には戻ってきたのに学校に行かなかったら、それはそれで怪しまれてしまうだろう。
何より、俺との登校をこんなに楽しみにしているのに、拒むとまた泣かれたりするのかと思うと気が引ける。
「……そうだね。一緒に行こう」
「えへへ、やったっ」
小さくガッツポーズをとるルナ。
一緒に登校できると知っただけで、そんなに嬉しいのだろうか。
でもまあ、引き受けてしまった以上仕方ない。
俺は心の中で、何事もなく無事に暮らせることを祈るのだった。
ここまで平和を望んだのは、生まれて初めてかも。
この姿になっている今は、元の世界とは異なって喧嘩を売られたりはしないだろうから大丈夫だとは思うけど。
それから、数十分程度。
ルーチェがいなかった頃の話とか、友人との話とか、他愛のない雑談に付き合った。
「まだ話したいこと、いっぱいあるんだけど……ちょっとのぼせてきちゃったかも」
「明日も明後日も、これからずっと話せるんだから大丈夫だよ」
「えへへ、そうだね」
ルナは照れたように笑い、立ち上がる。
更に湯船から出て、こちらを振り返った。
「ルーチェは上がらないの?」
「うん、もうちょっとだけ入っとく」
「そっかー、ほどほどにね」
その言葉を最後に、ルナは浴室から出て行った。
直後、ほぼ無意識に深々と吐息が漏れる。
別に会話が楽しくなかったとかそういうわけではないのだが、口調が戻らないように意識しながら喋るのはやっぱり疲れる。
と、不意にブクブクと水面に泡が現れ。
水中から、アンジェの顔が浮かび上がってきた。
「……尊い」
小さく呟き、水の中から飛び出す。
そんなアンジェを、俺は半眼で睨み据える。
「お前、どっか行ったんじゃなかったのかよ」
「女の子同士、しかも仲のいい姉妹! 二人のイチャコラちゅっちゅは実に尊いものですねぇ~」
「イチャコラもちゅっちゅもしてねえ」
というか、妙に古臭い気持ち悪い表現しやがって。精霊という存在のことはまだよく知らないが、年を取りすぎた弊害じゃないのか、それ。
今は、他に誰もいない。
せっかくだし、そろそろ訊いておくべきだろう。
「なあ、精霊ってのは一体何なんだよ? お前のこと何も知らねえんだ、そろそろ教えろ」
「えー? わたしのこと気になっちゃいました? むはぁっ、これがデレ期ってやつですか!」
「デレてない! 一応、一緒に行動してんだから、相手のことを何も知らないっつーのは……なんか、気持ち悪いだろ」
本当に、アンジェのことは何も知らない。
何も、聞かされていない。
強いて言うなら、名前と目的だけだ。
俺たちと何ら変わらない普通の人間なら、別にそれだけでもいい。
だけど、アンジェは自分のことを精霊と称した。
俺が暮らしていた元の世界には精霊なんて存在していないし、この世界に存在する精霊とは一体どういう立ち位置なのか。
そして、初めて会ったときに言っていた「あんまり人前に出るべきではない」という言葉の真意。
俺には、話してもらう義務があると思う。
「それはですねぇー……わたしの目的、つまりルーチェさんの命を狙っている人の企みを阻止することに成功したら、教えてあげてもいいですよん」
「は、はぁ……? 何でだよ?」
「むっふっふー、わたしはそんなに安い女じゃないのですよー」
「……うぜえ」
どうしてそんなに話したがらないのかは分からないが、無理矢理言わせるほどでもないか。
アンジェのにやけ顔に凄まじい苛立ちを覚えつつ、俺は諦めて浴室から出た。