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また、戻ってきた平穏

「すみませんでした、アルさん……」


 刹那と戦った日の、翌朝。

 ルナのおかげですっかり完治したアルをルーチェの部屋に呼び出すと、刹那は開口一番にそう言って頭を下げた。


 部屋の中には、俺と刹那とアル、そしてルナがいる。

 俺たちの視線に晒され、ルナは無表情で刹那を見下ろしたのち。


「……許さない」


「ええっ!? そこは許す流れじゃないんですかぁー?」


「……あなたがしでかしたことを考えると、当然のこと。むしろ、今ここで殺されないだけありがたく思ったほうがいい」


「ヒェッ……アルさんって、そんなに野蛮な人でしたっけ……?」


「……あなたにだけは言われたくない。それに、わたしが野蛮なのはきっと世界であなた一人にだけ。つまり特別な存在」


「そんな特別、全く嬉しくないですよぉーっ!」


 と、まあ何やら言い合ってはいるが、決して本気で(いが)み合っているわけではないだろう。おそらく、たぶん。

 あれから、アルやルナにも俺たちの事情を伝えた。

 最初は驚いたりなかなか信じてもらえなかったりと大変だったけど、今では俺の中身が男であることも、刹那が俺の実妹であることも知った上で一応は変わらずに接してくれている。


 でも……内心はどう思っているのか、正確には分からない。

 何せ、ずっと自分はルーチェなのだと欺いてきたのだ。怒りの感情を向けられても、全くおかしくはないだろう。


「アル、世界の崩壊っていうのは、もう大丈夫なのか?」


「……ん。そこの女がまた変な気を起こさなければ、きっと大丈夫。だから、わたしはもうルーチェやルナたちを狙ったりはしない」


「そっか」


 だったら、とりあえず一安心だ。

 刹那とは分かり合ったつもりだし、二度と世界を壊そうなどとは考えないと思うが。

 もし万が一にも同じことを繰り返すようなら、今度は二発でも十発でもぶん殴ってやるだけだ。


「にしし、もう安心してくれて大丈夫ですよー。これからは、ただのスーパー美少女ちゃんに戻ったので、敵ではないんですから」


 ということらしいので、まあ信じてもいいだろう。

 それにしても、刹那は俺たちに正体を明かしたくせに、また敬語口調に戻っているのは何でなのか。


「なあ、そのウザい敬語はやめていいんじゃないのか?」


「やめないですよ! 今の姿は、美少女の刹那ではなく、スーパーウルトラ美少女のアンジェちゃんですから。あ、お兄ちゃんは刹那呼びで大丈夫ですよー」


 言っている意味はよく分からないが、敬語口調をやめる気がないなら無理強いする必要もない。

 形から入るタイプで、その姿に合った喋り方のままで過ごしたいということだろうか。アンジェは、初めて会ったときから正体を明かすまで、ずっと敬語だったわけだし。


「何なら、お兄ちゃん呼びも変えてみます? 今まで通り、ルーチェさんがいいですか? コウさんがいいですか? それとも、ご主人様? はっ、旦那様、とか……?」


「……お兄ちゃんでいいよ」


「なるほどー。お兄ちゃんは妹萌えだったんですねー。もー、変態なんでぐぶうっ!?」


 最後まで言わせず、刹那の小さい首を握りしめる。

 途端、一気に顔を青ざめさせ、握っている俺の手をパンパンと叩いてくる。


「ああ、悪い。つい手が出ちまった」


「つい、で人の首を締めないでくださいよーっ! もっと素直になったらいいじゃ……あ、いえ、何でもないです。そんなに人を殺せそうな目で睨まないでください……」


 さすがに面倒くさくなり、思わず不良どもにやっているみたいに睨んでみると、予想以上に怯えられてしまった。

 うーむ。ルーチェの顔でも、睨めば案外怖くなるんだな。


「お前、何でそんなにテンション高いんだ? いや、それはいつもだったけど……今日はいつにも増してウザいぞ」


「ウザっ!? そんなことないですってー。ただ、お兄ちゃんに言われちゃいましたからねー。下ネタを言うところも、そのテンション高いところも、全部大好きだ。愛してるってー。にゃははー」


「愛してるとまでは言ってねえ! 捏造すんな!」


 嫌いになれないって言っただけだが……でもまあ、それだけでもわりと恥ずかしいことを言ってしまったような気がする。

 大丈夫かな。咄嗟に、もっと恥ずかしいこと言っちゃってたりしないかな。


「でも、嬉しかったですよ、お兄ちゃん。わたしが生きていてくれて嬉しかったって言ってくれて、おかえりって言ってくれて――ありがとね」


 急に、そんな素直に礼を告げられ。

 顔が、急激に熱くなっていくのを感じた。


「ああああああああああッ! やめろ、それは忘れてくれ!」


「ええっ!? それ、そんなに恥ずかしいことですか!?」


「クソ恥ずかしいわ! クソが!」


「急にご乱心しないでくださいよ……」


 言った当時は案外何ともなかったりするが、あとになって恥ずかしくなってくることってあるよな。

 生きていてくれて嬉しいって言ったとき、自分でも少し泣いちゃってた気がするし。しかも、そのあと刹那を抱きしめながら「おかえり」とか……何だそれ。

 ふざけてんのか、俺。間違いなく黒歴史だぞ。


「あの……頭を押さえながら悶えてるところ悪いんですが、伝えておきたいことがあるので、ちょっといいですか?」


「……何だよ」


「露骨に不機嫌なのやめてください」


 ジト目でぼやいたのち、刹那はこほんと咳払いをする。

 そしてアルに目を向け、更に続ける。


「わたしは〈武核(クオーレ)〉を飲み込むことで、その人の武器を扱うことが可能なのですが、実はそれって一時的なものなんです。なので、わたしはもう鉄球は使えないですし、アルさんはまた使えるようになっているはずですよ」


 そう説明され、半信半疑ながらもアルは試みる。

 瞬間、腕が光り、そこにはすっかり見慣れてしまった鉄球の姿が。

 よかった。刹那に奪われ、アルはもう使えなくなってしまったのかと危惧していたけど、杞憂で済んだらしい。


「……とりあえず、奪った罰として鉄球で殴ってもいい?」


「ひぃっ! や、やめてくださいよっ! お、お兄ちゃんも何か言ってやってください!」


「アル、俺は許可する」


「裏切り者っ!?」


 刹那はショックを受けた顔で、涙声で叫んだ。

 とはいえ、アルも一応冗談だったらしく、その場で鉄球は消してくれた。

 ……まあ、俺は別に冗談ではなかったのだが。


「そういや、あのとき篭手が光ったのは何だったんだろうな」


 誰にともなく、そんな疑問を呟く。

 あのときというのは、もちろん刹那との戦闘中だ。

 突然篭手が光ったかと思ったら、全身から力が湧いてきたのである。

 そのおかげで何とか勝利したようなものではあるが、やはり少し気になってしまう。


「ああ、それがまさしく暴走ってやつですよ。自分の内に秘める強い意思に呼応して、〈武核(クオーレ)〉が止めどないエネルギーを与えてくれたって感じですね。その意思が負の感情だったり極悪なものだったら、もっととんでもないことになってたと思いますが……お兄ちゃんは、わたしのことばかり考えてくれてましたからねー。ふへへ、うぇへへへ」


「くねくねしながらキモい笑い声を出すな」


 最後の部分はともかく、大体は理解できた。

 暴走と言ってしまえば聞こえは悪いが、俺の場合は暴走と言うより覚醒って感じか。

 俺が極悪なことばかり考えているクズ野郎じゃなくてよかったな。


「……ねえ。えっと、ルーチェ」


 と。さっきまでずっと無言で俺たちのやり取りを見ていたルナが、意を決したように口を開いた。

 ルナもルーチェの中身が別の男だということは既に知っているはずだが、少しの逡巡を見せたのち、呼称は変わらずルーチェのままだった。


「どうした?」


「あの……ちょっと、二人で話をしたいんだけど、いいかな?」


「あ、ああ」


 訝りつつも、俺は頷く。

 そしてルナは立ち上がり、部屋から出ていく。


「あーっ、わたしも行きます行きますーっ!」


「二人でって言ってんだからお前は来るな。アル、頼んだぞ」


「……分かった。もしかしたら、戻ってきたときにはこの女は動けなくなってるかもしれないけど」


「ひぃっ!? ちょっ、お兄ちゃん! 二人きりにしないでくださいよぉーっ!」


 泣き叫ぶ刹那に苦笑で返し、急いでルナについて行く。

 俺に一体どんな話があるというのか、少しばかりの緊張を覚えながら。

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