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なのに、交わされる

 あれから、ひたすら走り続けた。

 どこまで行く気なのか分からないけど、ルナを抱えたアルの背中は何とか追うことができている。


 ただ、特に根拠があるわけでもないが、何だかあてもなく逃げているというよりは、とある目的地へ向かっているような気がしてくる。

 まるで、そこまで俺を誘い出しているみたいな――。


 と、そこまで考えて、アルが行こうとしている場所を悟った。

 ここは、俺も知っている。


 何故なら。

 俺が、この世界で――最初に目を覚ました場所なのだから。


 坂を上ると、大量に並んだ墓の中央にアルは背を向けて立っていた。

 その傍らには、ルナが尻餅をついている。

 俺が追いついてきたことに気づいたのか、アルはようやくこちらを振り向く。


「こんなとこに、何の用だよ」


「……別に。ルーチェを、もう一度墓の中に入れてあげようと思っただけ」


 俺の問いに応じながら、アルは構える。

 幼い容姿に似つかわしくない、その大きい鉄球を。


 やっぱり、やる気か。

 ここは、人気がない。確かに戦うのにはちょうどいいのかもしれない。


 でも。

 それでも、心の中で探してしまう。

 俺たちが争わずに済む方法が、ひとつでも隠されていないかと。


「ルーチェ……アル……。やめて、戦わないで……っ」


 ルナが瞳に涙を浮かべ、声を震わせる。

 できることなら、俺だってそうしたい。戦わずに済むのなら、それに越したことはない。

 だけどアルが世界のために俺たちと戦うしかないと言うのであれば、こっちだって大人しくやられるわけにもいかないのだ。


「ル……お姉ちゃん。大丈夫だよ。私は絶対に負けないし、アルだって絶対に死なせたりはしないから」


 だから、そう答えるのが精一杯だった。

 もちろん何か妙案が浮かんだわけでもなければ、アルに勝てる見込みも当然ない。


 ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつアルが歩み寄る。

 十メートルほど離れた位置でまた足を止め――鎖で繋がれた鉄球を、力の限り放った。


「ち……っ」


 舌打ちを鳴らし、咄嗟に右に跳んで回避。

 そんな俺を真顔で見ながら、アルはぼそっと吐き捨てるように言う。


「……できないことは、言うもんじゃない」


 更に鉄球を放ち、俺は左に躱す。

 また鉄球を放ち、今度は後ろに跳んで避ける。


「できるよ。してみせるよ。使命だか何だか知らないけど、そんなもののために大切な人を殺そうとする友達を、止めることくらいはな」


「……じゃあ。じゃあ……ッ」


 アルは拳を強く握り締め、奥歯を強く噛み締める。

 そして、吼えた。

 いつも無だったその表情に、怒りやら苛立ちやら悲しみやらを滲ませて。


「……じゃあ誰が、代わりになってくれるの!? 世界が崩壊した事実は、きっとアルしか知らない。崩壊する度に巻き戻ってループする人も、きっとアル以外にはいない。だから、アルがやるしかないんだよッ!」


 慟哭。

 俺は、何も答えることができなかった。


 あくまで赤の他人でしかない俺には、アルがどれほどの苦悩と絶望の中を過ごし、どれだけの決意を以て行動しているのか、その全てを理解できるはずもない。

 だからこそ、辛かった。悲しかった。

 無力な自分が、憎かった。


「……ごめん。さよなら――ルーチェ」


 再度、鉄球が放たれる。

 今度は避けない。

 ただ立ち上がって――一瞬で顕現させた篭手で、(すんで)のところで鉄球を防いだ。


「悪いけど、それでも死んではやらねえよ。うちのお姉ちゃんが、また泣いちゃうんでな」


「……ッ」


 喫驚するアルに、俺は鉄球を振り払って肉薄する。

 頬を殴る――寸前で、背後から鉄球が迫ってきていることに気づき、咄嗟に転がって躱す。


 だが、猛攻は止まらない。

 アルは頭上で鉄球を振り回し、そのままの勢いで鉄球をぶん投げた。

 回避を試みるも、腹部に直撃してしまう。


「く……かは……ッ」


 口から血を吐き、後方に吹っ飛ばされる。

 痛い……が、この程度の痛みなんて不良どもに殴られて慣れてんだ。弱音を吐いてやるほどでもない。


「ルーチェ!」


「大丈夫、だから……ちょっと離れてて」


 こちらへ駆け寄ろうとするルナを、声で制止する。

 アルはまだ、俺のことしか狙っていない。つまり、俺が何とかすればルナは傷つくこともなく巻き込まれずに済む。

 だから、ルナはできるだけ俺たちに近づかないほうがいい。


「……ルーチェ」


 小さく呟き、ルナは後退する。

 その瞳は揺れており、いかに俺のことを心配してくれているか痛いほどに分かった。

 何せ、一度は殺されてしまっているのだ。あの悲劇が、今度は自分の目の前で行われそうなのだから当然だろう。


 そんな代わりの姉に応える方法は、口であれこれ言うことじゃない。

 ルーチェの体で、自分の意志を、成し遂げてみせることだ。

 もう二度と、ルーチェは死なせない。ルナの大切な人を、死なせない。


「……なあ、アル」


 痛む腹を押さえ、立ち上がりながら名を呼ぶ。

 アルは訝り、構えていた鉄球を下ろした。


「お前はさっき、言ったよな。俺なら、どうするかって」


「……」


 無言で頷き、首肯する。

 口調も一人称も変わったことに不審がっているが、そんなことはもうどうでもいい。

 アルの目を見据え、俺は言い放つ。


「――止めてやるよ。何発殴り飛ばしてでも、何回蹴飛ばしてでも。そうやって世界が壊れる要因になるまで暴走したやつを、全力で止めてやる」


「……できるわけない。一度暴走してしまうと、普通の人間じゃどうすることも――」


「そんなの知らねえ。世界を守るためとかいう大義名分を手に入れて友達を殺すことよりは、よっぽどマシだろ」


「……」


 アルは、黙って鉄球を構え直す。

 何が原因で暴走するのか知らないし、暴走したらどうなるのか詳しくは分からない。

 でも、そんな理由があるからといって、アルに友達を殺させるわけにはいかない。


 俺は拳を握り締め、篭手を構える。

 暫し向かい合い、ほぼ同時に地を蹴り、お互いのほうへ駆け出した。

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