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つまり、無限の果てで

「どういう、ことだよ……?」


 自分でも声が震えるのを感じながら、変わらない無表情で突っ立っているアルに問いかける。

 つい先ほど、彼女は言った。


 ――王族の人間を殺すことが、自分の使命である、と。


 この世界に於いて、王族とはつまり。

 ルーチェ、ルナ、そして父親のアストロ……ファコルタ家の三人のことだ。

 ルーチェを殺害したのは、てっきりリコルドの私欲のためだけなのかと思っていたが……どうやら真相に繋がる鍵は、アルが隠し持っていたらしい。


「……王族の人間の体内には、普通の人とは違う〈武核(クオーレ)〉が入っている。常人よりも遥かに強大で……少しでも扱いを間違えたり暴走すると、世界を壊してしまう。だから、アルはそうならないように、持ち主自身を壊す必要があるの」


 (ルーチェ)の〈武核(クオーレ)〉は籠手で、見たところアストロの〈武核(クオーレ)〉は大剣なのだろう。

 もちろん弱くはないのだろうけど、だからといって世界を壊してしまうほどの要因になるとは思えない。


 ルナのやつはまだ見たことがないため知らないが、俺たちと何ら変わらないはずだ。

 何より、あいつが――そんな過ちを犯すわけがない。


「ふざけんな。今まで、そんなことにはならなかったんだろ。だったら、これからだって――」


「……今までになくても、これからも永遠にないとは言い切れない。そうなる可能性が少しでもあるなら、悪い芽は摘んでおくに越したことはない。そうやって、今回こそは大丈夫だって信じ込んで、全て無に帰す瞬間を――何回も見てきたから」


「え……?」


 アルの口から紡がれた一言に、俺は思わず眉を顰める。

 今、何て言った?

 何回も見てきた。それじゃあまるで、世界が崩壊した瞬間を実際に体験してきたみたいじゃないか。


 でも、すぐに察した。

 その考えが間違いではないことを、次に発せられた言葉で。


「……始めは、ちょっとした違和感だった。胸がモヤモヤするとか、頭が少し痛むとか、変な感じがするとか、その程度のこと。だけど、何回も、何回も繰り返して、ようやく気づいた。アルは――世界が壊れる度に、ループしているんだって。そう気づいたのが何回目だったのか、もう今は覚えていないけど」


 そう言って、憂いを帯びた表情で少し俯いた。

 もしそれが本当なのだとしたら、一体どれだけの恐怖と痛みを経験し、どれだけの絶望を過ごしてきたのだろう。


 世界が崩壊する度にループしてきたなどと言われても、普通はそう簡単に信じられるわけがない。

 だけど、今こんな状況で嘘をつく必要もないし、語るアルの悲哀に彩られた顔が事実であることを示しているような感覚さえしてしまった。


「……リコルドと協力するようになったのは、ただの偶然。あの人も個人的な私欲でルーチェの命を狙っていると知って、利用させてもらっただけ。でも、ルーチェの始末に成功したと言っていたのに、まさか生きているとは思わなかったけど」


 あのリコルドですら、アルの目的のために利用されていただけだったというのか。

 その協力関係は、一度は成功を収めた。ルーチェを抹殺するという仕事を終えたことで。


 しかし、今日また学校にルーチェが戻ってきてしまったため、今再びルーチェを、そしてルナやアストロたちを襲い始めたのだろう。

 大体の状況は分かった。

 でも、まだ納得のいかない部分がある。


「前、お……私を殺したときから今に至るまで、お姉ちゃんたちを殺さずにいたのは何でなの?」


 そう。アルの目的が王族の人間を殺すことなら、ルーチェを殺したあともまだ目的達成とは言えないはず。

 なのに、俺がこの世界で目を覚ましたあと、ルナもアストロも元気そのもので、命を狙われていたようには思えない。


「……ッ」


 ふと。何やら、アルが悔しそうに奥歯を噛み締めたような気がした。

 いつも無表情だったその顔には、焦りやら苛立ちやらが僅かに滲んでいる。

 訝しむ俺に、まるで何かに耐えるように、答えを紡ぎ出した。


「……何度も、殺そうと思った。何度も、終わらせようと思った。同じクラスだから、一応友人だから、機会は何度もあった。でも……できなかった……ッ」


 ……そうか。

 ルーチェを実際に手にかけたのは、アルではなくリコルドだ。

 そんなリコルドが人を殺す動機は、自分が惚れた者にのみ。つまり、対象外のルナたちは、アル自身がやるしかなくなる。


 いつも無表情で、常に眠そうで、何を考えているのかよく分からない女だけど。

 本当は、怖かったのだろう。

 自分の手を、赤く汚すことが。


 至って単純明快な理由。

 しなかったんじゃない。できなかったのだ。

 自分の勇気が、足りなくて。


「……でも、もう無理。そうも言ってられないの。アルは、やるしかないから」


 そこで、意を決したように鉄球を構え直す。

 きっと、誰かに相談することもできず、自分一人だけで抱え込んで。

 痛くて、怖くて、そんな辛い思いを何度も何度も繰り返してきたのだろう。


 運命っていうのは、本当に残酷なものなんだな。

 どうしてアルが、そんな使命を背負わなくてはいけないのか。

 心の中で問いを投げかける相手もおらず、返ってこない答えに苛立ちすら覚えてしまう。


 友人か、世界か。

 あまりにも理不尽な二択に迫られ、守るためには殺さなくてはいけないという二律背反に悩まされ――結局、世界を守ることに決めた。

 たった、それだけの話だ。

 自分の私欲のためだけに殺人を犯したリコルドとは違い、アルのことはあまり強く責めることなどできなかった。


「……ねえ、ルーチェ。あなたなら、どうする?」


 ふと、今にも泣き出してしまいそうな顔で問われ、俺は自身の胸に手を当てる。

 俺なら。

 もし俺が、アルと同じ立場だとしたら。

 どうするのが最適なのか一向に答えが出ず、悔しさで強く奥歯を噛み締めた。


「……理解できなくてもいい。納得しなくてもいい。でも、アルにはそうするしかないから――」


 そこで一拍あけ、俺を見据える。

 そして、告げた。

 頬に、一筋の涙を流して。



「――アルを、許さないで」



 そんな懇願の直後、突然アルは俺に背を向けた。

 鎖で拘束されたままのルナを抱え、窓から飛び立つ。


「ルナ……ッ!」


 アストロは叫びながら駆け出し、窓から外を見下ろす。

 俺も次いで窓の外を見てみると、ルナを抱えたアルがどこかへ走り去っていくのが微かに見えた。


 くそ……あいつ、どこに行く気だ。

 今ので最後だなんて、そんなことさせるかよ。

 これ以上、お前一人だけに、そんな辛い運命を背負わせてたまるか。


「お父さん」


「……む?」


 ちらっと負傷しているロッタに視線を移しながら、アストロに小さく声をかける。

 見たところ、ロッタはアルと戦闘を繰り広げた末にやられてしまったのだろう。それは、一階で壁にもたれかかっていたレオパルドも同じ。


 両者、明らかに傷は軽くない。

 殺すことが怖いと言っていたから手加減をしていたり致命傷は避けている可能性もあるが、たとえそれでも放っておいたら無事では済まないはず。


「ロッタとレオの二人をお願い。お姉ちゃんは――私が絶対に連れて帰るから」


「な……ルーチェッ!」


 アストロの叫び声を背に、俺は窓から飛び降りる。

 待ってろ、ルナ。

 待ってろ、アル。


 世界を守るために王族の友人を殺すことがアルの使命なら。

 そんな友人と姉を救うのは――代わりの妹である俺の役目だ。

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