それは、光の名
本日は、あと3回投稿します
「……誰だよ、これ」
鏡の中の姿に、目の前の妖精みたいな女に問う。
すると、何言ってるんですかとでも言わんばかりに首を傾げて答えてくる。
「誰って……コウさんですよ?」
「ふ、ふざけんな! 何で俺が、女にならなくちゃならねえんだよ?」
「まあまあ、訊きたいことは色々とあると思いますが、それはあとにしてください。まずは街に行きましょう。わたしが口頭で話すより、何倍も分かりやすいことがあるはずですから」
「は、はあ……?」
肝心なことは何も話してくれず、そうやって誤魔化されるのみ。
一体、何だというのか。訳が分からなくて、全くついて行けない。
しかし、そんな俺に構わず俺の手を引き、歩むことを促してくる。
この様子だとあんまり答えてくれそうにないし、訝しみながらも仕方なく歩を進める。
と、坂を降りる道すがら、女は俺の肩に座って口を開く。
「あ、そうだ。わたしのことはアンジェと呼んでください。わたしはこの世界の精霊なので、もっと敬ってくれてもいいんですよ?」
「体は小さいくせに、態度だけはでかい女だな……」
坂を降りると、すぐに街中になっているらしく、様々な建物が並んでいた。
かなり広く、老若男女問わずたくさんの人々が闊歩していてかなり賑わっている。
結構、盛んな都市なのかもしれない。
「それじゃ、わたしは隠れさせてもらいますねー。精霊という存在は、あんまり人前に出るべきではないのですよー」
突然そう言ったかと思うと、アンジェは俺の服の中に入って身を隠す。
もし精霊が神のように崇められているのなら、そういうものなのかも。まあ、こいつにそんな崇める要素などなさそうだが。
そもそも、精霊ってのは何なんだろう。
あまりにも分からないことが多すぎて、モヤモヤを通り越してイライラしてくる。
「……なあ、さっさと教えろよ」
街中を歩きながら、服の中に向けて小声で話しかける。
「もー、せっかちですねぇ。ちゃんとあとで教えますって。でも先に、この街の、いやあなたの体の現状をしっかりと知っておいたほうがいいと思いますから」
俺の体の現状、か。
あくまで推測に過ぎないが、さっき墓の中にいたことにも何か理由があるのだろうか。
髪が長くて邪魔だし、目線が低くて変な感じだし、ドレスのせいで少し歩きにくいし、自分の口から女の声が発せられるなんて未だに慣れないし。
できることなら、今すぐにでも早く男に戻りたいのに。
などと、心の中で嘆いていると。
「……ル、ルーチェ様!?」
不意に、そんな女の叫び声が聞こえて。
一人の女が、俺のところに走ってきた。
「ああ、ご無事だったのですね!? また変わりないお姿を見ることができるなんて……」
黒髪のセミロングに、前髪ぱっつん。
白と黒に彩られたメイド服を着ていることから、どこかのメイドであることは分かるが。
生憎と、こんな美人の知り合いなんて俺にはいない。
よほど感極まっているのか、目尻には涙が溜まっている。
でも俺からしてみれば、どう反応すればいいのか分からず微妙な笑みを浮かべることしかできない。
しかし、そんな俺に気づかず。
メイドの女は俺の小さな手を掴み、笑顔で言う。
「それでは、お屋敷に戻りましょう。みなさんに、その元気なお姿を見せて差し上げてください」
「いや、ちょ……」
俺の制止の声も待たず、メイドは歩き出す。
手を引かれ、メイドの後ろについて行くことを余儀なくされてしまった。
困惑しながら歩くこと、およそ十数分。
先ほどより幾許か人気が少なくなってきた頃、その大きな建物が見えてきた。
圧倒的な、威圧感。
相当な金持ちが住んでいることは火を見るより明らかな、巨大な屋敷だ。
門の時点で成人男性の二倍ほどの大きさはあるし、更に門を潜った先にも広大な庭が広がっている。
「どうぞ、ルーチェ様」
「……え、あ、はい」
メイドは門を開け、俺が先に入るよう促す。
辺りをキョロキョロと見回しながら、ドアまでの庭を歩く。
一体いくら稼げば、こんなに大きな家に住めるというのか。
どちらかと言えば貧乏な俺には、全く想像もつかなかった。
扉を開け――まず真っ先に視界に入ったのは、豪華なシャンデリア。
そして左右に配置された二階へ続く階段に、たくさんの扉。
屋敷というより、まるで城のようだった。
思わず呆然としていると、先ほどのメイドも俺に続いて中に入ってくる。
かと思ったら、今度は二階から一人の女が降りてきた。
ロングハーフアップにした金髪は、前髪や毛先など所々に白銀のメッシュを入れている。
服の上からでも分かるほど、豊満な胸部。
おそらく、まだ十代後半くらいだろう。かなり若く、かなり可愛い部類の女だ。
「……あ、シンミア。おかえ――り……?」
女の視線が、メイドから徐々に俺へと移り。
目が見開いていき、ぶわっと滝のように涙を溢れ出した。
そして――。
「――ルーチェっ!」
突然駆け出し、勢いよく俺に抱きついた。
「ほんとに、本当にルーチェなんだね。あたし、もう二度と会えないかと思って……悲しくて、苦しくて……。でも、よかった。またこうして、戻ってきてくれて」
泣いている。俺の耳元で、嗚咽を漏らしている。
先ほどメイドも言っていたが、この体は元々ルーチェという女のものだったようだ。
だが、メイドやこの女の口ぶりから察するに――もう会えないというのは、つまりはそういうことだろう。
そうだとすれば、最初、墓に入っていたことにも得心がいく。
アンジェは、俺をこの二人に会わせたかったのだろうか。
体の持ち主が、どこで暮らし、どういう人たちに囲まれていたのかを身を以て知るために。
気づかれないよう、そっと自身の服の隙間に目を落とすと。
アンジェが、にっこりと意味深な笑みを浮かべていた。