間もなく、交錯する ☆
「わーっ、可愛いー!」
ルナが黄色い声をあげ、ロッタは感心したように大口を開ける。
俺は後ろにある鏡を肩越しに振り返り、深々と溜息をつく。
黒い三角帽子、黒と紫を基調にした短いスカートや黒いニーソックスにマント、そして右手には箒。
そう。今の俺は、典型的な魔女の格好をしていたのだった。
既に、ボーイッシュな格好やメイド服などを着させられ、もう今が何着目なのかすら分からなくなってきている。
二人の瞳はずっとキラキラと輝いており、傍らに置かれたカゴの中にはまだいくつもの服が入っている。
まだまだ終わりそうにないことを察し、俺はもう一度深い溜め息をついた。
今度は、猫柄の白いタイツに、腕が隠れるほど長い袖のパーカーに身を纏う。
更に、頭部には猫耳を、臀部には尻尾をつけて。
「あぁん、もう可愛すぎるよぉーっ! にゃんって言って、にゃんって!」
何やら恍惚とした表情で、ルナがとんでもないことを言いやがる。
こんな格好をさせられている時点で猛烈に恥ずかしいというのに、その上そんな恥ずかしいセリフを言えるわけがない。
「は、はぁ? 何で……」
「いいからいいから、ほらっ!」
「く……っ、に、にゃん……」
「んはぁー、可愛い可愛い可愛いっ! ねぇねぇほらほら、あたしの妹は最高に可愛いでしょっ?」
「……あんたは興奮しすぎよ」
法悦に浸ってはしゃぐルナに、ロッタはジト目を返す。
くそう、妙に顔が熱い。後ろの鏡を見ると、俺の顔は真っ赤に染まっていた。
何だ、この屈辱。ルナの大声に周りの人の視線もちらちらと注がれ、余計に恥ずかしい。
しかも、服の中でアンジェが笑いを堪えているのも見えて……こいつだけ凄まじく腹が立つ。
「じゃあ、次はどうしよっかなぁ……。巫女とか、着物みたいなのも着せてみたいんだよねー」
「それもいいけど、ナースとかバニー、あとはゴスロリなんてのもアリよね」
「あぁー、最高だね、それーっ」
俺を置いてきぼりにし、二人で楽しそうにカゴの中を漁る。
学校ではあんなに言い合いをしていたくせに、どうしてこんなに衣装の話で盛り上がれるのだろうか。
店の壁にかけられている時計に視線を移すと、学校が終わってからもう二時間近く経っている。
二人の様子を見るに、あと数時間は続きそうだ。
俺の体力がもつかどうか、そして夕飯の時間に間に合うかどうかが心配である。
「……何、してる?」
と。不意に聞こえてきた声に振り向けば、さっきまでいなかったはずの少女が、いつの間にか近くに立っていた。
銀髪のサイドテールに、褐色肌。
ルナと同じクラスだというアルジェント=ネーヴェが、無表情ながらも怪訝そうに首を傾げている。
アルの半眼は試着室のほうへ向く。
俺の頭から足までを舐るように眺め――。
「……そんな趣味、あったんだ」
「ないからっ!」
たまらず叫んだ。
まさかこんなところでアルと遭遇し、挙句の果てに勘違いされてしまうとは。
そもそも、そんな趣味ってどんな趣味だ。
俺はすぐさまカーテンを閉め、猫耳と尻尾を外し、元の服装に着替えて試着室から出た。
するとルナが不満そうに「えー、もう着替えちゃったのー?」などとぼやいていたが、アルが来ても尚ずっとあの格好のままいさせるとか鬼畜か。
「それで、アルはどうしたのよ? あんたがこんなとこに来てるなんて珍しいじゃない」
「……さっきまで寝てた」
「寝てた!? ここで!?」
「……んむ。店員に邪魔されたから、仕方なく、起きた」
「当たり前でしょ。迷惑になるからやめなさい」
ロッタは呆れて、半眼で突っ込む。
俺がアルと初めて会ったときもそうだったけど、こいつは至るところで寝てばかりなようだ。
起きたと言ったが、今もまだ眠そうである。
「アル、寝るためだけにこの店入ってきたの?」
「……歩いてたら眠くなったから、近くにあったのがここだった」
「ちゃんと家に帰りなさい」
「……んむ」
そう注意するロッタは、何だか母親みたいだった。
でも本当にちゃんと聞いているのか、アルはウトウトと舟を漕ぐ。
「アルー、ここで寝ちゃだめだよー。ほら、起きてー」
「……ん、んん……ん。分かった」
ルナが頬を叩いて起こすと、アルは覚束ない足取りで店から出ていく。
眠気に抵抗できず、途中で倒れてしまわないか心配になってしまう。
「じゃ、そろそろ帰りましょ」
「えっ? まだルーチェに着せてない服があるのにー」
「それは今度ね。夜遅くなっちゃうわよ」
ぶつくさ不満を口にしながら唇を尖らせるルナの背中を押し、ロッタはカゴの中に入れていた服を全て元の位置に戻す。
ようやく終わってくれたのはいいのだが、もしかしていつかまたやるのだろうか。
頼むから、この一回限りにしてほしい。
やがて、特に購入もせず店から出る。
さっきまではまだオレンジ色だった空は、すっかり暗くなってしまっていた。
気づけば、もう夜か。
早く帰らないと、そろそろ本当に心配している頃だろう。
そう思い、家路を歩いていると。
不意に、視線の先に見知った人物を見つけた。
かなりの高身長に、金色の長髪。
十人中十人の女性が思わず振り向いてしまいそうなほど、整った顔立ちをしている――リコルド=リグアルド先生だ。
奴もこちらに気づき、口角を上げて向かってくる。
目の前にまで近づいたところで、リコルドはその問いを発した。
「こんな夜に、何をしている? 女子だけでは危ないから、早く帰ったほうがいい」
「大丈夫です、今から帰るところです」
「あ、そうだったのか。だが、それでも気をつけておいたほうがいい」
女子三人だけで夜道を歩いていることに、心配してくれたようだ。
本当はルーチェの中身は男なんだが……まあ、体が女であることに変わりはないし。
ルーチェが学校に戻ってきたことを知り、クラスメイトたちと過ごすために一時限めの授業を中止にしたり。
機械人形が俺とロッタを襲ったときや、今もこうして心配してくれたり。
やっぱり、生徒想いのいい教師なんだろう。
「大丈夫よ、リコルド先生! あたし、こう見えて案外強いの分かってるわよね?」
「それはそうだが、上には上がいるものだ。ロッタ君の〈武核〉は超近距離であり、遠距離の〈武核〉を持っている者に襲われた場合はどうする? そもそも、いくらロッタ君の〈武核〉があろうと、屈強な男性に襲われた場合は対抗できない可能性も充分に有り得るだろう。更に――」
「あー、はいはい、分かった、分かったわよ。そんなに長文で諭さないでってば」
まあ、少し心配症なところもあるのかもしれないが。
リコルドとロッタのやり取りに、思わず頬が緩み――。
「――危ないッ!」
不意に、リコルドの咆号が響き渡った。
反応する暇すらなく、リコルドの長身が迫り。
力強く突き飛ばされ、俺は尻餅をついてしまう。
刹那。
辺りに轟く、重いものが落下したような大きな音。
俺が先ほどまで立っていた場所には、大きな鉄球が地面にヒビを刻んでいた。




