いわば、嵐の前の静けさ
鐘が鳴り響く。
ようやく本日の全ての授業が終わり、俺は机に突っ伏した。
どうやら、この世界の学校では自身の武器を使用した鍛錬という授業も存在するらしいが、今日はたまたまなのか座学ばかりで疲れた。
元の世界では普通にサボったりもしていたけど、ルーチェに成りきるためにはそれもできないし。
「どうしたのよ? 大丈夫?」
と、いつの間にかロッタが俺の席まで来ており、心配そうに顔を覗き込む。
そういえば、一緒に帰ると約束していたことを忘れていた。
「う、うん、大丈夫。帰ろ」
「そうね、ちょうどルナちゃんも来たみたいだわ」
ロッタは教室の入口を見ながら言い、俺もそちらに目を向ける。
確かに、生徒たちの中にルナの姿があり、大きく手を振っていた。
それにしても、ルナの周りには多数の生徒たちが集まり、妙に俺たちを見て騒いでいるような気がするのだが……。
「みんな、あんたが生きて戻ってきたことを知って、確認しに来たんでしょうね」
「ああ、なるほど……」
得心はいった。
でも、できることならあんまり注目の的にはなりたくない。
ぼろが出るのも避けたいし、何より時間がかかりそうでめんどくさいし、みんなには申し訳ないが、さっさと帰らせてもらおう。
そう思い、ロッタと一緒に教室から出る。
みんなが俺に話しかけようとしてくるも愛想笑いで返しつつ、ルナを連れて三人で足早に外へ向かう。
「もうちょっと相手をしてあげてもよかったんじゃないかしら……。みんな、あんたのこと心配してたのよ?」
校門を潜り、ロッタが校舎のほうを振り返りながら苦笑する。
そう言われると罪悪感が凄まじいな……。
「これからいくらでも話そうと思えば話せるし。それに、今日は……ロッタと遊ぶ約束もしてあるから、あんまり時間かけたくなくて」
「もう……それこそ、今日じゃなくても大丈夫なのに。でも、ありがと」
ロッタは顔を赤らめ、嬉しそうにはにかむ。
すると、そんな俺たちのやり取りを見ていたルナが、途端に会話に割り込んでくる。
何故か、必要以上に頬を膨らませて。
「えーっ! 二人で遊びに行くのー? いいな、いいなー、あたしもルーチェと遊びたいっ!」
「はいはい、分かってるわよ。もちろん、ルナちゃんも一緒に遊びましょ」
「やったーっ!」
まるで無邪気な子供のように、両手を上げて喜んでいる。
年上のはずなのに、何だか一番年下みたいなやつだな。だからこそ、その豊満な胸部だけが異様なアンバランスさを保っているわけだが。
「じゃあさ、せっかくだからこのまま遊びに行こうよ。家に帰らずにさ」
「え? でも、お父さんとかシンミアたちが心配するんじゃ……」
「ちょっとくらい大丈夫だよ、ルーチェ。それに、どうせ使用人の誰かがついてくるに決まってるんだから」
そう答えるルナは、完全に反抗期の少女みたいだった。
登校中のときもレオパルドがこっそりついて来ていたから、可能性は大いに有り得る。
「ロッタは大丈夫なの?」
「んー? あたしも大丈夫よ。今日は家族いないもの」
「じゃあ……そうしよっか」
反対意見は出なかったため、俺たちはこのまま遊びに行く。
とはいえ、特に行きたい場所もないのだが。
とりあえず、色々な店へ行ったり三人でブラブラと街を歩いたりすることに決まった。
§
まず真っ先にルナとロッタの意見が合致し、俺たちはかなり大きなスイーツショップへとやって来た。
ケーキ、クレープ、アイスクリームにかき氷と、様々なデザートが売っている。
まあ、女はこういう甘いもの好きだよな……。
偏見だけど、それは間違いないだろう。
現に、ルナとロッタの二人は瞳を輝かせて楽しそうに物色している。
「ルーチェはどれがいい?」
「え? えっと……どれでもいいよ」
「そう? じゃあ、全部頼んでくるねー」
「全部!? 殺す気かっ!?」
ルナは「あはは、冗談だよー」とか言いながらレジに向かい、チョコケーキとチーズケーキらしきものを注文する。
よかった……本気なのかと思ってしまった。
「あ、わたしはティラミスをお願いしますー」
「お前は水でも飲んでろ」
「素っ気ないっ!」
涙目で非難してくるアンジェは適当に無視し、ルナから先ほどのケーキを受け取る。
あと数時間後には夕飯もあるはずだけど……まあ、これくらいなら大丈夫か。
ロッタはイチゴのクレープを、ルナはチョコとぶどうのアイスクリームを注文し、俺のもとまで戻ってくる。
どうやらこの店には買ったものを食べるスペースまで用意されているらしく、俺たちはそこで早速食べ始めた。
正直、俺はケーキってあんまり好きじゃないんだけどな……などと考えながらチョコケーキを口に運ぶ――と。
「……う、うまっ!?」
無意識に口から漏れ、二人の温かな視線に気づき、口を手で覆う。
しつこくなく、それでいて濃厚なチョコの甘味が舌から全身に伝わり、脳を揺さぶる。
何だ、これ。チョコケーキって、こんなに美味しかったか……?
「むふふ、味覚もルーチェさんのものになってるみたいですねー」
服の中からアンジェの小声の解説が微かに聞こえてくるも、俺は手を止められない。
気がつけば、ほんの数分程度で完食してしまっていた。
こんなにもケーキに感動を覚えたのは、初めてである。
「相変わらず、ケーキ好きだねー」
「そんなに美味しそうに食べられると、こっちも幸せになってくるわ」
まじまじと見られ、何だか妙に恥ずかしい。
いつの間にか二人も完食しており、微笑を湛えている。
「う、うるさいな。それで、次はどこ行くの?」
「あたし、行きたいとこあるのよ」
俺たちは立ち上がり、スイーツショップを出る。
そして、ロッタ先導のもと、とある目的地へ向かった。
そこは、かなり大きな服屋だった。
老若男女問わず、様々な種類の服が店内に並んでいる。
その中には、ゴスロリ系や派手なドレスにタキシード、更にビキニアーマーや魔女服に巫女装束など、元の世界では見かけないようなものまでいっぱいあった。
「ロッタ、何か欲しい服でもあるの?」
「うん、まあ、あたしが着るやつも欲しいのはあるんだけど。今日はそれがメインじゃなくて、ルーチェちゃんをいっぱい着せ替えたいのよ」
「……えっ」
ロッタの予想外な返答に、俺は思わず口角が引きつる。
しかし、そんな俺に構わず、ルナは声を弾ませた。
「あ、いいねー、それっ! ルーチェの可愛い格好、もっといっぱい見たいっ!」
「ふふ、でしょう? ようやく今日のメインディッシュが始まるわ!」
困惑する俺はそっちのけで、何やら二人で楽しそうに意気投合していらっしゃる。
メインディッシュって、俺を――というかルーチェを何だと思ってるんだ。
どんな服装にされるか、ある意味この世界に来てから一番大きな不安に襲われ、俺はたまらず声を張り上げる。
「ま、待って!? ロッタが自分の服を買うんじゃないの!?」
「大丈夫よ、ルーチェちゃんならどんな奇抜な服でも似合うわ」
「いや、そういう意味じゃ……って、奇抜な格好させること前提なの!?」
「えーと……こんなこともあろうかと、ルーチェちゃんに着せたい服ランキングをメモっておいたんだったわ」
「何に備えてんの!? 用意周到すぎて怖いっ!」
俺の必死な突っ込みをことごとくスルーし、二人で数々の服を物色し始めた。
なんか、猛烈に楽しそうなのが余計に怖い。
頼むから、できるだけまともな服であってくれ……と願うばかりだった。
それから、十数分程度で戻ってきた二人は、両手にカゴを持っていた。
カゴの中には、服やらスカートやら下着やらが大量に入っている。
「……これ、全部……?」
「もちろんっ」
俺の呆れ混じりの問いに、二人は満面の笑顔で返してきた。




