得てして、小さき存在は ✰︎
ロッタに手を引かれ、グラウンドへ連れて行かれる。
まだ休み時間が始まったばかりだからか、俺たち以外に人の姿はない。
とはいえ、今は休み時間なのだし、もう少し経ったら何人かは遊びに来るかもしれないけど。
「……んみゅぅ」
などと考えながら二人でグラウンド内を歩いていると、不意にどこからかそんな奇妙な声が聞こえてきた。
辺りを見回し、やがて近くにあるベンチに、一つの人影を見つけた。
さっきまで眠っていたらしく、ベンチで上体を起こして瞼を頻りに擦っている。
かなり、幼い少女だ。
サイドテールにした白銀の長髪は、全身の褐色肌と少し対照的である。
くりっとした青い瞳に、あどけなさの残る顔立ちは、まだ小学生くらいに見える。
しかしその顔に表情というものは乏しく、綺麗な青い瞳ですら半分ほどしか開かれていなかった。
「アル。あんた、またこんなとこで寝てたの?」
「……んむ? んん……眠いと、呼吸もままならない」
ロッタが呆れたように言うと、アルと呼ばれた褐色少女は半眼で見上げながら淡々と答えた。
どうやらさっきまで授業を受けずに寝ていたみたいだから、俺たちと同じクラスなのかもしれない。
さっき教室にこんな子がいたかどうかは、さすがに覚えていないけど。
「で、授業はどうしたのよ?」
「……授業? 知らない。睡眠より大事なことなんて、ない」
そこで、少女は口に手を当てて欠伸を漏らす。
そして立ち上がり、俺たちの横を通り過ぎていき、校舎のほうへ戻っていく。
常に表情が変わらなかったし、何だか不思議な雰囲気を纏う女だったな。
「あの子、先輩なんだけど全然そんな感じしないわよね。逆に、敬語を使うほうが違和感すごいわ」
「……先輩?」
「ん? アルは三年生だから、先輩でしょ? ていうか、あんたのお姉さんと同じクラスじゃない」
「えっ? あ、ああ……そうだったね」
今の俺より背が低く、小学生にしか見えないくらい幼いと思っていたのに。
まさか俺たちより年上で、しかもルナと同じクラスだったとは。
ルナと並んだら、きっと同い年どころか下手したら五歳以上離れているように見えるぞ。たぶん。
「えっと……アルジェント=ネーヴェさん。ルナさんと同じ、三年四組の生徒らしいですねー」
と、服の中からアンジェが小声で教えてくる。
ロッタはアルと呼んでいたし、俺もそうしたほうがいいのだろうか。
などと考えていると、不意に。
「るぅぅぅぅぅちぇぇぇぇぇっ!」
そんな、泣き声にも似た絶叫が辺りに轟いた。
直後、校門の方角から凄まじい勢いで影が迫ってくる。
反応が間に合わず、影の主――ルナが、勢いのまま俺に力強く抱きついた。
身長差的に、俺の顔がちょうどルナの胸に埋もれる感じとなってしまっており。
柔らかい感触や気持ちよさも当然あるものの、それ以上にただただ苦しい。
「もう、どこ行ってたのっ? 教室にいないから、何かあったのかと思って心配してたんだよぉぉっ」
泣きながら、更に俺の頭部を自身の胸に強く押し当てる。
この心配症シスコン、どうにかならないのか……。
「ルナちゃんルナちゃん、早く離してあげないと窒息しちゃうわよ」
「えっ? あ、あわわ、ごめんねルーチェ! あたしのおっぱいが大きいばっかりにっ!」
ロッタの忠告で気づいたらしく、ようやく俺の顔が開放された。
が、今のルナの発言に苛立ちを覚えたのか、ロッタの表情は明らかに引きつっている。
「……それ、人によっては、煽ってるとか喧嘩売ってるって思われるからやめたほうがいいわよ」
「んー? あー、ごめんね、ロッタ。大丈夫だよ、ロッタもそのうちあたしみたいに大きくなれるから」
「あたしのことじゃないわよっ! やっぱり喧嘩売ってるでしょ!? それに、あたしはちゃんとありますからっ! ちゃんと膨らんでますからっ!!」
自分の膨らみを強調するように、ドヤ顔で胸を反らすロッタ。
ルナはそれを凝視して、ポカンとしたのち。
腹を抱えて笑いだした。
「あ、あはははっ、もう冗談が上手だなぁ。そんなもの、ないのと同じだよー、あはははははつ」
「……あっはっはー、ぶっ殺すぞー?」
大声で笑い声を響かせるルナに対し、ロッタは完全に目が死んでいる。
お互いの間で、というかほぼ一方的に火花を散らしている。
何故だかは分からないが、俺を挟んで妙な喧嘩が始まってしまった。
胸の大きさによる格差問題は、男の俺には分からないが……そんなに気にするようなことなのだろうか。
「ルーチェちゃん! ルーチェちゃんは、こっちよね? 同じクラスだし、むしろあたし以上に小さいもんね!?」
ロッタが叫び、俺の左腕を掴む。
「あっ! ルーチェはお姉ちゃんの味方に決まってるでしょっ! ルーチェは、小さいからこそいいの!」
負けじとルナも抵抗し、俺の右腕を引っ張る。
確かにこの体は明らかに平坦だが、こいつら絶対に馬鹿にしてるだろ。
世の男子なら羨むシチュエーションなのかもしれないが、この二人が欲しているのは俺自身じゃなくてルーチェなわけで。
しかも、その原因は胸の大きさという下らないもの。
左右から引っ張られて俺の両腕は痛いし、決していいものではなかった。
「――何をやっておるのじゃ、お主ら」
ふと、そんな声が聞こえたかと思うと。
いつの間にいたのか、俺たちのすぐ近くに一人の少女が佇んでおり、こちらを見上げていた。
今の俺より、そして先ほどのアルより、更に背が低く顔立ちも幼い。
薄紫の髪は、膝の辺りまで長い三つ編みにしている。
そして――空は快晴なのにも関わらず、小さな傘を差していた。
「あっ! やった、貧乳仲間が増えたわっ!」
「誰がひんぬーじゃっ!」
ロッタの発言に、少女は老婆のような口調で叫ぶ。
するとルナは俺の腕を離し、少女のもとへ駆け寄った。
「マーレ先生、何か用ですか?」
「なに、少しばかり調査に来ただけじゃ」
「……調査?」
訝しみ首を傾げるルナに、マーレと呼ばれた少女はそれ以上答えず、前に歩む。
前――つまり、俺の目の前に。
「ルーチェ……と、ロッタ。お主らが見たのは、本当にAMpgAだったんじゃな?」
その問いに、俺とロッタは顔を見合わせる。
AMpgA――確か、さっき俺たちを襲ってきた機械人形の名称だったはず。
ということは、リコルドから話を聞いて来たのだろう。
こんな幼女にしか見えない女が教師というのは衝撃以外の何物でもないが、この世界に来てから驚きの連続で、もはやいちいち驚いていられなくなってしまった。
「う、うん、間違いないわ。リコルド先生も確認してそう言ってたんだもの」
「……やはり、そうなんじゃな」
短く返し、何やら考え込みながら俺たちの横を通り過ぎていく。
ルナは何のことか理解できず、怪訝そうな表情で首を傾げていた。
「あ、さっきのはマーレ=フルットさんで、ルナさんやアルジェントさんのクラスを担当している教師の方ですね」
いつも通り小さな声で名前を教えてくれるアンジェ。
助かることは間違いないのだが、毎回毎回、律儀なやつだ。
こいつが名前を知らない人なんて、この世界にはいないのだろうか。
それも、精霊だから、なのかもしれない。どうせ教えてくれないから、本人に訊いたりはしないけど。
と、そうこうしている間に鐘の音が鳴り響く。
もう休み時間が終わってしまったのか。
俺たちは顔を見合わせ、校舎の中に戻っていった。




