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やっぱり、その輪は眩しくて

 トイレから出て、再び一年二組の教室の前にまで戻ってきた。

 一つ深呼吸をし、扉を開け放つ。


 扉の開く音で、一斉に注がれる生徒と思しき人たちの視線。

 黒板に、机に椅子、ロッカーなど。日本の普通の学校とあまりにも似通った、見覚えのあると言ってもいいほどよくある教室の風景。

 友人と駄弁っていたであろう、同じ制服を着た数十人の男女が、全員こちらを見ている。


 な、何だ、この注目。

 死んだはずの王女がまた学校にやって来たのだから、多少は覚悟していたつもりだけど。

 まさか、これほどまでとは。


 瞬間――。


「ルーチェちゃんっ!」


 一人の女子生徒が、いきなり凄まじい勢いで駆け寄ってきたかと思うと。

 俺の肩を両手で掴み、ぐわんぐわんと何度も前後に揺らし始めた。


「ほ、本当に大丈夫だったのね!? 怪我はっ? あれから誰かに酷いことされてない!?」


「だ、だいじょ……離し……お、落ち着……いて……」


「えっ、あ、ごめん」


 目が回りながらも必死に制止の声を絞り出すと、謝罪とともにようやく離してくれた。

 他の生徒も、次々と俺の周囲に集まってくる。

 人の輪の中心になったことなんて今までになかったから、どうすればいいのか分からんぞ。


「でも、よかった……。おかえり、ルーチェちゃん」


 涙ぐみながら言われ、周囲に集まった生徒たちからも同じ言葉が発せられる。

 ――おかえり。

 それは、決して俺に対する言葉ではない。

 だけど――いや、だからこそ。

 あまりの温かさに、自然と目尻から一滴の雫が零れ落ちた。


 ああ、そうだよ。

 ルーチェにも、そして俺にも。

 こうして、帰りを待っていてくれて、笑って迎えてくれる大切な人たちがいる。

 いた、はずなんだ。


「ただ、いま……みんな……っ」


 気がつけば、自分に向けられた温かさじゃないのにも関わらず。

 溢れて止まらない涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺はそう答えていた。


 胸が痛かった。心が張り裂けそうだった。

 罪悪感じゃない。これは、後悔だ。

 もう戻ってこない幻想が、みんなの言葉と笑顔の温かさで蘇ってしまったのだ。


 鐘が鳴る。

 おそらく、授業が始まるチャイムのようなものだろう。

 だけど、俺も、周りのみんなも。

 誰一人として、自分の席に戻ろうとはしない。

 ただひたすらに、別々の感情で泣き続けた。



     §



「……大丈夫か?」


「……はい。すみません」


 かなり顔の整った男性に訊ねられ、俺は目元を拭いながら答える。

 やってしまった。

 あんなに泣いたのは、久しぶりだ。


 ようやく落ち着いた俺は、目の前に立っている男性を見上げる。

 見れば見るほど、高身長な上に凄まじいほどの美形だ。

 金髪は腰の辺りにまで伸ばしており、綺麗な青色の瞳で俺を見下ろしている。

 更に、多数の女性を虜にしてしまいそうな低いイケメンボイス……無敵か、こいつ。


「リコルド=リグアルド。このクラスの担任教師ですよ」


 と、服の中に潜むアンジェが小声で教えてくれた。

 とっくに授業が始まっている頃だが、周りの生徒たちは俺を心配そうに見つめ、教師のリコルドも授業を始めずに俺を心配してくれている。

 今の俺、物凄い迷惑をかけてしまっている気がする。


「せっかくルーチェ君が戻ってきてくれたのだし、もっと再会を喜ぶ時間を与えてもいいだろう。一時限めの授業は中止にしてしまおうか」


「えっ? いや、でも……」


「気にしなくともいい。よく無事で、戻ってきてくれた。おかえり、ルーチェ君」


 そう言って、リコルドは俺の頭を撫でる。

 どいつもこいつも、おかえりって簡単に言いやがって。

 教師としてはどうなのかと思わなくもないが、本当にいい奴らなんだろう。


 だったら、その善意に応えるべきか。

 俺としても、普通に授業を行うよりかは遥かにそっちのほうがいいし。


「さっすがリコルド先生! じゃあ遊びに行くわよ、ルーチェちゃん」


「う、うん」


 俺が教室に入ったとき、真っ先に駆け寄ってきた女子生徒に手を差し伸べられ、その手を取る。

 少し薄めの赤髪をポニーテールにした、活発そうな女子だ。

 小柄でスレンダーな体型をしており、明らかにルナとは正反対である。


「えっと……ロッタ=エルディートさんですね。ルーチェさんとは仲がよかったようです」


 アンジェが完全に名前を教えてくれるだけの存在と化している。

 まあ、本人に訊くと怪しまれるだろうから助かるのだが。


「他のクラスは授業中だ。あまり迷惑をかけないよう、静かにな。それと、学園の外にも出てはいけない」


「はーい!」


 リコルドの忠告に、明るい返事を返して教室から出て行く生徒たち。

 ロッタも元気に駆け出し、俺は手を引かれたままつられて走る。

 廊下を駆け、靴箱にて靴を履き替える。


 そして校庭に出ると、ロッタが近くにあるベンチに座り始め、そのすぐ横を手でポンポンと叩く。まるで、ここに座ってとでも言わんばかりに。

 俺が隣に腰を下ろすと、ロッタは長い吐息を吐き出す。


「それじゃあ、何する? 適当に駄弁っておく?」


「そ、そうだね。私たちのクラスだけ、いいのかな……?」


「先生から許可を貰ってる……っていうか、先生が言い出したことなんだから大丈夫よ」


 ロッタは笑顔で返し、楽しそうに話し出す。

 それは、本当に他愛のない雑談。

 昨日何をしたとか、ルーチェがいない間は友人とこんな話をしたとか、最近何を買ったとか、その程度の下らない会話。

 だけど、ルーチェ自身はもう二度とできないことなんだと悟って、俯き気味に相づちを打つのが精一杯だった。


 そんな俺に疑問を抱いたのか、真顔で顔を覗き込んでくる。

 はっとして顔を上げると、ロッタは怪訝そうに首を傾げた。


「元気がないわね。やっぱり、まだ本調子じゃなかったり?」


「あ、違う違う、そんなことないよ。ただ、またロッタたちと話せたりできて、感極まっちゃって……」


 できるだけ心配させないよう、両手のひらを左右に振って否定する。

 咄嗟に思いついた嘘だったが、ロッタは特に疑ったりせず、「そっかぁ」と顔を綻ばせた。


「あ、そうだ! 今日、学校が終わったら一緒に遊びに行くわよ!」


「……え? どこに?」


「どこでもいいわよ? 好きなところで、いっぱい遊びましょ」


 そう言って、白い歯を覗かせる。

 この街にどんな店や遊び場があるのか何も知らないし、特に行きたいところなんてないのだが……。

 でもまあ、ロッタはロッタなりに、ルーチェを元気づけようとしてくれているのだろう。


 本当に、ルーチェはいい奴らに囲まれて過ごしていたんだな。

 それなのに、何者かに突然奪われてしまったのだ。

 見たこともない知らない相手に、ふつふつと怒りが湧き上がる。


「……うん、ありがとう。一緒に、遊ぼう」


「ふふっ、もちろんよ!」


 約束を交わし合い、どちらからともなく笑い声を響かせ――。


 ギギ、ギギッ。


 ――不意に、そんな壊れたロボットのような奇妙な機械音が聞こえてきた。

 辺りを見回し、やがて校門の付近に複数のシルエットを発見した。


 今の俺の身長と同じくらいか、それよりも少し小さい程度の、灰色の体。

 ざっと、十体ものロボットの集団が。

 決して速いとは言えない、むしろフラフラとした足取りで確かに迫ってきている。


「な、何でこんなところにいんのよ……!?」


 喫驚し、声を震わせるロッタ。

 その口ぶりから察するに、あのロボットたちを初めて見たわけじゃないどころか、何か知っているのかもしれない。


 でも、胸中に宿った疑問を口にする前に。

 それは、動き出した。


 まだ少し離れた位置にいたはずのロボット集団が、一斉に加速を始め。

 瞬時に肉薄し、俺へ目がけて飛びかかってきたのである。


「くっ……!」


 回避も防御も間に合わず、押し倒されてしまう。

 必死に抵抗を試みるも、さすがに数が多すぎる。

 しかも、相手はロボットだ。人間の肌より硬い上に、力も強い。

 呆気なく両腕と両脚を押さえつけられ、身動きがとれなくなってしまった。


「ルーチェちゃん! この、離しなさいよッ!」


 ロッタが叫び――一体のロボットが、軽々と吹っ飛んでいく。

 更に間髪入れず他のロボットも殴り飛ばしていき、俺はあっさりと開放される。


「大丈夫?」


「あ、ありが……?」


 上体を起こし、ロッタに礼を述べる――その途中で。

 さっきまではなかったはずの物体がロッタの両腕に装着されており、俺は思わず言葉を中断してしまった。


 それは――白銀に光る、トンファーだったのである。

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