ここは、どこだ ☆
本日は、あと4回更新します
「おい! 今日こそは覚悟しろよ!」
学校の裏庭に、男の野太い叫び声がこだまする。
着崩した制服の襟を握り締め、切れ長の瞳で俺を睨みつけている。
だが、そんな男を、俺は冷めた目で見下ろしていた。
こいつは高校三年の男で、俺の先輩だ。
髪を金に染め、オールバックに整え、そして瞳には赤のカラーコンタクト。
見て分かるくらいイキりまくった、明らかなヤンキー野郎だ。
先日、俺――日月劫はこいつが一人の女子生徒に乱暴しているのを目撃してしまった。
乱暴というのは、決して殴ったり蹴ったりなどの暴力ではない。
女子生徒の服をはだけさせ、胸に手を伸ばしていたことから、そういうことを無理矢理しようとしていたのだろう。
二人の関係なんて知る由もないし、当人たちの問題だから俺には関係ない。
そう思って、その場を離れようとした俺は、思わず見てしまった。
女子生徒が、泣いているのを。嗚咽を噛み殺し、絶望に顔を歪ませているのを。
女を傷つけるな。女を泣かせるな。
少し古臭いかもしれないが、それが俺の――俺たちの、モットーだ。
気がつけば俺は女を助けるためにこいつを殴り、蹴飛ばして。
ことあるごとに俺に喧嘩を売ってくるほど、妙に執着されてしまったのである。
全く、本当に懲りないやつだ。
未だに、俺に勝ったことなんて一回もないくせに。
そう思ったら、ほぼ無意識に溜め息が漏れる。
「何だよ、その態度はよ。どうやら、死にてぇらしいなァッ」
陳腐にもほどがある台詞を吐きながら、握り締めた拳で殴りかかってくる――が。
俺は咄嗟にその拳を手のひらで受け止め、もう片方の手で逆に殴り返す。
更に足を引っかけ、相手が躓いた瞬間に、相手の腹部に膝蹴り。
すると苦悶の呻き声を漏らし、腹部を押さえてその場に倒れ込んだ。
「あんまりモテないからって、無理矢理犯すようなことすんじぇねえよ。はっきり言って、醜いぞ」
最後に言い残し、俺は立ち去る。
口の悪さと目つきの悪さ、あとはこの性格上ヤンキーに絡まれることは多いから、自衛のためと経験の多さで自然と喧嘩が強くなってしまった。
……ま、それも悪いことばかりじゃないのかもしれないけど。
こんな喧嘩の絶えない日々が、俺の日常だ。
退屈ではないものの、微塵も面白くも楽しくもない。
できることなら、ここではない別の世界に行けたらな……なんて。
俺としたことが、奇妙な思考を生んでしまった。
などと考えている間に、俺が一人暮らしをしているアパートに到着した。
今はまだ午後四時くらいか。
夕食には早いし、特にすることもないし、数時間くらい寝ておこう。
俺は、制服を着替えることもせず。
ベッドにうつ伏せに倒れこみ、そのまま大して時間をかけずに意識を闇の中に手放した――。
§
……暗い。
目が覚めたはずなのに、何故か暗闇で何も見えない。
俺は自分の部屋で寝て、今起きたばかりだ。
いくら部屋の電気が消えていても、窓の外が夜でも、ここまで暗くなることはないだろう。
両手を伸ばし、何かないかと探る――と。
ガコッと、俺の上にあった何かが音を立てて動いた。
そこから、眩い光が差す。
何だ、これは。一体、俺の上に何が覆いかぶさっていたんだ。
訝しみつつ、その何かを動かしていく。
やがて、澄み渡る青い大空が視界に入ってきた。
上体を起こし、俺は絶句してしまう。
「どこだよ、ここ……」
思わず、口からそんな呟きが漏れる。
知らない樹木。見たことのない草むら。周りには多数の墓が並び、今俺がいるのも何故か棺桶の中。
ここは高台となっているらしく、遠くには住宅街のような景色も見える。
更に、驚くべきことがもう一つ。
俺は自身の喉を撫で、何度も五十音を口にする。
……やっぱりだ。
聞き慣れた自分の声じゃない。
それどころか男の声ですらなく、高く可愛らしい女のような声が自分の口から発せられていた。
混乱する頭を押さえながら、とりあえず立ち上がる。
いつもより、目線が低いような気がするのは気のせいだろうか。
さっきまで着ていたはずの制服ではなく、何故か見覚えのないドレスのような服装に変わっているし。
その上、頭部に纏わりつく長い違和感が邪魔に思える。
そう……長い。
俺の、髪が。
いつもの黒髪でなく、金色の長髪が。
訳が分からない。
俺に、何が起こったというのか。
大きな驚愕が恐怖に変わり、俺の脳内を埋め尽くす。
すると、不意に。
ガサゴソと近くの茂みが揺れ、音を立てたかと思うと。
茂みの中から、小さな影が飛び出してきた。
「あ、やっと来たんですねー。待ってましたよ、コウさんっ」
その影は俺のすぐ目の前にまで近づき、満面の笑顔で言った。
そう。俺の瞳の前で、背中から生えた白い翼で飛んでいる。
ピンクのツインテールに、透き通った青色の瞳。
かなり露出の多い服に、縞模様のニーソックス。
背丈は、よくある定規ほどの大きさしかない。
妖精――という言葉がしっくりくる容姿だった。
「あれー? さては頭が追いついてないなー? とにかく、自分の姿くらい分かっておいたほうがいいですよねっ!」
そう言うが早いか、どこからともなく手鏡を取り出す。
その鏡に、映っていたのは。
癖っ毛混じりの長い金髪に綺麗な碧眼をした、見たことのない美少女だったのである。