第8話《姉と美味しい夕飯と私の魔導書と》
少し長くなりました。
女性はリリーと名乗った。三女、というのはエマさんの三人目の娘さんということだろう。
確か娘さんは三人いると言っていた気がするから、この人は三姉妹の末っ子か。
「リリーさん…」
「気軽にリリーって呼んで!あ、でも…そうね」
リリーさんはチラリと上目遣いで私を見ながらこう言った。
「お姉ちゃん…って呼んでくれても…」
「へ…?」
この様子からして、お姉ちゃんと呼ばれたいのだろう。未だ控えめにチラチラと私の方を見ている。
「あっ、いや別に無理して呼ばなくてもいいのよ!?好きなように呼んでくれていいの!」
リリーさんは手をこの前でブンブンと振って、今の発言を撤回するかのように別のことを早口で話し始める。
その内に話すのをピタッと止め、今度は不安げに私の顔を覗き込む。
「…もしかして、私より年上だったり…?」
「え…っと、今年で17歳になりました…」
「!!私は今年で19なの!」
私が年下ということがわかってよっぽど嬉しかったのか、これまで以上にニッコニコ顔で私の手を握ってきた。
この様子じゃ「お姉ちゃん」と呼ばないとこのまま泣き出してしまいそうである。
「…お姉ちゃんって呼ばせてもらってもいいですか?」
「!!も、もちろん!もちろんよ!敬語なんて使わないでいいんだからね!ね!」
リリーさんは心底嬉しそうな表情で私の手を握りなおす。
ここまでずっとリリーさんの勢いに押されっぱなしでまともに話せていない。悪い人ではないんだろうけど、本人が言うように感情のままに行動してしまうタイプの人なんだと思う。
少ししてやっと落ち着いてきたのかリリーさんが声のトーンを落として話し出した。
「ごめんなさいマシロちゃん、私ずっと一人で喋り続けちゃって…。母がさっき帰って来た時に可愛い女の子を拾ったって報告してきて…それも私より若干年下だと思うって言うから、つい舞い上がっちゃって…」
「なるほど…」
「私、ずっと妹が欲しかったの。だからマシロちゃんと仲良くしたかったんだけど気持ちが高ぶりすぎてあんな捲し立てるような会話を…いえ、会話にもなってなかったわね…」
リリーさんはやらかしてから一人反省会するタイプの人間らしい。
「少しずつでいいの、貴女と仲良くなりたい。さっきは気を使ってお姉ちゃんって言わせてしまったのかもしれないし…本当に好きなように呼んでくれて大丈夫よ。敬語も、抜けなければそのままでも全然…」
リリーさんの一人反省会は未だに続いている。
実のところ、誰かを姉と呼ぶのは数年ぶりだったので少し嬉しいと思っていた。敬語を使わないというのは躊躇うが本人がそうして欲しいと言うのならタメ口にも出来る。
「いえ、姉と呼べる人ができるのは私も嬉しいですし…お姉ちゃんって呼ばせてください。あ、それと、お姉ちゃんと呼ぶ人に敬語というのも何か違和感がありますから、よろしければ敬語も控えたいと思うんですけど…」
「…いいの?」
逆に問いかけてくるリリーさん。
「もちろんです。私のことも気軽にマシロって呼んでください」
「あっ…ありがとう…!!」
断られると思っていたのかリリーさんは若干涙目でお礼を言ってきた。
「改めてよろしくね、マシロ!」
「よろしくね、リリーさ…リリーお姉ちゃん」
お姉ちゃんと呼ばれたことに感動しているのかリリーさん改めリリーお姉ちゃんは何度も「お姉ちゃん…私が…」と繰り返し呟いている。たった今私の姉になった人は本当に可愛らしい。
「いけない!夕飯の支度を後回しにして来たんだった!」と言ってやっと私の手を離した。
「あ、私も手伝うよ」
「今日はマシロの歓迎会も含めての夕飯なんだからマシロはゆっくりしてて!母さんに任せっきりになってるからもう行かなくちゃ。出来たら呼ぶから!また後でね!」
リリーお姉ちゃんは一息にそう言うと早々に部屋を出て行った。
残された私はこの十分余りの間に起きたことを思い返しながら、勢いの凄い人だったなぁ…とまとめて改めてレシピブックに視線を落とす。
使い方がわからなければ、この本はただの広○苑の国語辞典級のお荷物だ。
「…そうだ」
明日こそはこの街の図書館に行ってみよう。魔力の件のせいで全然そういう気分じゃなくて結局行かなかったから。
図書館に行けば使い方がわかるかもしれない。それにこの世界のことも、もっとちゃんと知っておきたいし。
そうこうしているとリリーお姉ちゃんが夕飯が出来たことを伝えに部屋まで来てくれた。
気が付けば部屋の中がかなり暗くなっていたようで、「こんな暗いのに明かりつけないの?」とリリーお姉ちゃんが心配そうに聞いてきた。
どうして気が付かなかったんだろう。
「とりあえずリビングに行きましょ、明かりはまた戻ってきた時にでもつければいいわ」
「うん、そうするよ」
私はリリーお姉ちゃんに連れられて食卓へと向かった。
「うわぁ…美味しそう…!」
一階に下りた時点で美味しそうな匂いはしていたけど、リビングのドアを開けた瞬間その匂いは百倍増しくらいになって私の鼻孔をくすぐり、食欲を掻き立てる。
テーブルも上には見た目からして美味しいと確信できるような料理が並べられていた。
「どう?私と母さんで腕によりをかけて作ったから味は保証するわ!」
「とっても美味しそう!」
「ふふふ、でしょ?これは、ひき肉のトマトソース炒めを包んだオムレツ。それに根菜類とレタスのサラダ、それから春野菜のクリームスープ。これはうちの自慢のバゲットね、マシロたちが帰ってきた時に焼いたやつよ。スープに付けて食べてみて!」
「リリー、ご飯の紹介は後にして席に着きなさいな。早くしないと折角の出来立てが冷めちまうよ。さ、マシロも座って」
エマさんに促されてリリーお姉ちゃんの隣の席に座る。
三人が席に着いたところでエマさんが声を発した。
「さ、いただこうかね」
「いただきま~す」
「いただきます」
木製のスプーンを手に取り、まずはスープをひと掬いして口に含む。
見た目からしてシチューだと思っていたが、口当たりはあっさりとしていた。味付けは塩のみだろうか。それに、掬った時にも思ったがサラサラしている。まさにスープだ。具はキャベツ、じゃがいも、玉ねぎ、ニンジン、それから鶏肉だと思う。この世界の食べ物なので本当にそうかはわからないが見た目ではこんな感じだ。多分鶏肉(?)が出汁になってるから塩だけでも美味しいのだと思う。
さっきリリーお姉ちゃんが言っていたようにバゲットを一口大にちぎってから浸してみた。
いい感じにスープを吸ったバゲットと具を一緒に食べるとさっきより食べ応えがある。
うん、美味しい。主食がある幸せ万歳。
「どう?」
「すっごく美味しい」
「ほんと?嬉しい、そのスープ私が作ったの」
「そうなの?すごく美味しいから今度作り方教えてほしいな」
「ふふ、もちろんよ」
次にオムレツ。楕円形のドーム状に整えられた玉子にスプーンを入れると、とろとろの半熟スクランブルエッグが見えた。それを崩して中のひき肉と絡ませ、口に運ぶ。
「!…美味しい!」
ひき肉をトマトとタマネギのソースで和えて程よく水分が飛ぶまで炒めたんだろう。ひき肉にトマトソースが絡み、そこに半熟玉子となると言うまでもなく美味しい。
元の世界でもよく鶏ひき肉を大きめに炒めたのとトマト缶を煮込んだものをご飯にかけて食べていた。自分で言うのも何だが、白米にめちゃくちゃ合っていて有り得ん美味しいのだ。
…白米食べたくなってきた。
だが悲しいことに今白米はないのでバゲットと一緒に食べる。もちろん合わないわけがなく、一気に半分食べ進めた。
そういえばこの世界、お米は存在するのだろうか。
最後にサラダ。レタスが敷かれた上にニンジン入りのポテトサラダが乗っていた。
味付けは塩と粗びきペッパーだと思う。この感じだとマヨネーズは存在しないのかもしれない。
「そういえばマシロ、あの光ってた本何だったの?」
リリーお姉ちゃんが問いかけてきた。
「え?」
「私が呼びに行ったとき見てたじゃない。淡く発光しているように見えたんだけど…」
なるほど、ずっと見ていたからわからなかった。だから周りが暗くなっていたことにも気付かなかったのかも。
「あれは…」
何て言えばいいんだろう…召喚術書?魔導書?ああいう本の正式名称がわからないから色々適当に呼んでたけど…。とりあえずあのルビは言えないとして、下のだけ言おう。
「召喚術の魔導書…かな」
「んっ!?ぅぐっ…、ゲホッゴホッ」
途端、リリーお姉ちゃんは吐き出しそうになるのを堪えてむせる。
「だ、大丈夫!?」
「ま、魔導書って…しかも召喚術?マシロ、貴女召喚術師なの?」
「う、うん。多分」
「おやまぁ…あんた、あれ魔導書だったのかい」
エマさんまで…もしかして言ったらまずかった?
「はい、目が覚めたら近くにあったんです。多分私のだとは思うんですけど、何せ記憶がないので使い方もわからなくて…」
「母さん、随分と凄い子拾ってきたのね…。使い方って言っても魔導書は何かしら魔法に関する書物だから読んで内容を実践してみたりだと思うけど…」
「えーっと、内容が何もなくて白紙の場合はどうすればいいのかな…?」
「へ?」
「白紙?」
リリーお姉ちゃんはちょっと間抜けな声を発し、エマさんは私に問う。
「え?はい、白紙でした」
「それって…白紙の魔導書じゃ…」
「ホワイト…?」
何を言っているのかわからない私にリリーお姉ちゃんが説明してくれた。
「白紙の魔導書。天性の才能を持った人間の前に現れる魔導書のことよ」
今この世界に出回る魔導書は元々誰かの所有物だったらしい。突出した才能が先天性なら人間が生まれた時に、後天性なら才能が開花した時にその人間の近くに出現し、その人間のレベルアップに合わせて自動で内容が書かれていくという。魔法が得意なら魔術について、ポーション作りが得意ならポーションのレシピについて書かれていくそうだ。
今ある魔導書は所有者の死だったり、全ページ埋まったからとのことで所有者の寄付だったり、どこかから見つかった大昔の誰かの魔導書だったりと様々らしい。
「なるほど…」
つまりこれから先内容が書かれていくのか。楽しみだな。
「白紙の魔導書持ちなんて一億人に一人いれば良い方だって習ったのよ。それがまさか私の妹だなんて…」
「可愛いだけじゃなく才能があるなんて、うちの娘は四人とも凄い子だねぇ」
え、そんなに珍しいものだったの?
ちょっと話が脱線するけど、今ナチュラルに妹とか娘とか言われたのかなり嬉しかったです。
「マシロ、私にも白紙の魔導書見せてほしいんだけど…」
「もちろんいいよ」
「ほんと!?白紙の魔導書なんてそうお目にかかれる物じゃないから本当に嬉しいわっ!そうとなったらさっさと食べちゃわなきゃ!」
そう言うとリリーお姉ちゃんはもぐもぐと残りのご飯を食べ始めた。私もそれに続いて残りを食べる。
少し冷めていたが相変わらず美味しかった。
次回、やっと魔導書が使えるようになります。