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第2話《優しいパン屋の女主人》

ちょっと長いかもしれません。

「よく考えたら異世界転生じゃなくて、異世界転移になるのかな」


 目的地へ足を運びながらふとそんなことを考える。

 死んだ記憶もないし、転生って言うより転移よね。もしかしたら死んだけど記憶がぶっ飛んでるってオチかもしれないけど。


「うーん…まぁいいか…。そんなことよりこれ、どうしよう」


 目線を落とした先にあるのは先程拾った魔導書。通称(?)レシピブック。


「拾ったのはいいんだけどねぇ…使い方がサッパリよ」


 そう。この魔導書、最初の1ページの文字が読めるようになったのはいいんだけど、2ページ目からは白紙になっていた。

 明らかに異世界転移の特典品だから絶対私が使えるような物のはずなんだけど…。

 歩きながら色々試してみても何の変化もない。


「これじゃただ重いだけの荷物だよ…」


 本一冊と言えど侮ることなかれ。広○苑の国語辞典一冊だからね。相当なもんよ。


 そうこうしているうちに目的地がハッキリと見えてきた。

 ポツポツと民家があるだけの村だと思っていたら全然違った。規模は大きくないにせよ立派な街だったのだ。


「おぉ〜!ファンタジーの王道って感じの素敵な街だ!」


 西洋風のレンガ造りの街並みは、美しいながらもどこか温かみのあるものだった。

 日本では中々お目にかかれないその光景にしばらく見惚れていると、どこからか声がかかる。


「ちょいとそこのお嬢ちゃん、そんなとこで何やってんだい?」

「えっ、あっ…!その…」


 視線を声の方向に向けると、そこには30代後半くらいの元気そうなおばさんがいた。


「うん?あんた珍しい格好してるねぇ…どっから来たの?こっちの方向には森と草原くらいしかないはずだけど…」

「え、えーっと…」


 まずい、いきなり住人に出会ってしまった。

 何て応えよう…ここは正直に話すべき?

 さすがに異世界転移のことは言えないけど、どんな嘘をついていいかなんてわからない。

 ところで、この人は人間…だよね?

 見た限りは人間の形をしているし、そこは本当に良かった。

 いきなり魔人とか出てこられたら、ビビって声が出ないよ。


「すみません。私、よく覚えていないんです…。いつの間にかあの草原にいて…」


 考えた結果、俯いてそう答えた。

 嘘は言っていない。9割本当だ。


「あらまぁ。何か事情がありそうだね。…ここじゃなんだし、うちに来なさいな。その格好じゃここでは目立つしね」


 おばさんは気を使ってくれたのか特に詮索は入れてこなかった。笑顔でそう言い、そのまま私の返事を待っている。

 この人は信用していいのだろうか。

 上目遣いでチラッとおばさんの顔を見るが、悪い事を考えているようには見えない。

 ここでうだうだしていても仕方がないので一先ずおばさんに着いていくことにした。


「そうですね…。ではお言葉に甘えて…ついて行かせてください」


 そう言うおばさんはニッコリ笑った。


「そうと決まればあたしに着いておいで。家に着いたらパンでも食べながらゆっくり話そうじゃないか」


 おばさんは優しい口調でそう言うと、歩き出した。急いで私もその後を追う。


 彼女は後にこの世界で、私の母となる人だった。




 ▶••┈┈┈┈••◀▶••┈┈┈┈••◀




「ハイ、着いたよ。ここがうちさ」

「わっ…立派なおうちですね」

「アッハッハ!嬉しいこと言ってくれるじゃないの。でもうちはパン屋だからね、家と店を直接繋いでるからそう見えるだけなのよ。さっ、入って入って!」

「お、お邪魔します」


 おばさんが言うように、ドアを開けるとそこはパン屋だった。

 私の考えるパン屋といえば外壁の一部がガラスになっていて、そこからパンが見えるというよくあるもの。だけどこのパン屋は外からでは普通の家と何ら変わりはなく、見分けがつかない。

 だが、ドアを開けると多くのパンが美味しそうに並べられている空間が広がっていた。

 しかも家に着いたときから漂っていたいい匂いがさらに何倍にも増している。パン屋であることの何よりの証拠である。


「とりあえず奥のソファに座ってて。紅茶でも淹れてくるから」


 おばさんはカントリー調のソファを指差しながらそう言うと、隣の部屋へと入っていった。


 それにしても可愛いお店だなぁ…シ○○ニアって感じ。


 そんなことを考えながら待っていると、板の上にカゴと紅茶セットであろうものを乗せたおばさんが戻ってきた。


「はい、お待たせ。うちで売ってるベリーパイだよ!美味しさは保証するから食べてみな」


 言われるがままに1つ、カゴの中のパイを手に取る。

 ブルーベリーやラズベリーのような木の実が乗った各辺が10cmくらいの正方形のパイだった。


 サクッ


「!…美味しい!これすっごく美味しいですね!」


 サックサクに香ばしく焼かれたパイ生地の底に入っていた甘さ控えめのベリージャム。その上にはひんやりした生クリームが綺麗に塗られていて、さらにその上のベリーは溶かした

 砂糖でコーティングされていた。

 可愛いだけでなく美味しいパイの見た目は、上の粉糖によって上品さがプラスされている。


 一口、二口とパイを口にやる手が止まらない。

 あっという間に一つ食べ終わってしまった。


「気に入ってくれたみたいで良かったよ。それで、あんたどっから来たのか覚えてないのかい?」


 出してくれた紅茶を飲みながら落ち着いていた私はギクリとする。


 そうだ、それを話すためにここに来たんだった…。


「はい。先程もお話した通り、どうしてここにいるのか覚えていないんです。どうやって来たのかも、どこから来たのかも…気付いたらあの草原にいて。」


 異世界から来たことは覚えてるけど8割程度は嘘ではない。


「とにかく人を探そうと家が見えた方向に歩いていったら貴女に会いました」

「なるほどねぇ…。ま、運が良かったよお嬢ちゃん」

「え?」

「あの草原はうちの街の持ち物でね。普通は街の外に続く道は門があるもんだけど、あの草原に向かう郊外にはそれがないんだよ。あそこの門と言えば、ずーっと遠くの草原が切れる場所だね」


 あれだけ栄えてて郊外なのか…すごい。

 それにしてもいい場所にリスポーンしたってことになるのかな。いや死んでないけど。


「それにしても何で門の中にいたんだろうねぇ…街中じゃないにせよ、門で受け付けをしなきゃ入れないんだけど」

「残念ながら全く…」


 というか受け付けしなきゃいけないんですね。これ一歩間違ったら不法侵入じゃないですかごめんなさい許して。


「うーん…ま、もう入っちまったもんは仕方ないし。とりあえずその服着替えようかね」


 特に気にする風もなく笑いながらおばさんが見ているのは私のセーラー服。


「あ…」


 確かにこれじゃここでは目立ちそうだ。そう思いながらおばさんの服装を見る。

 おばさんは麦藁色のブラウスにオリーブのフレアスカートを着ている。胸元や腰はどちらも紐で縛るタイプのようだ。

 どちらも綿100%素材という感じで、不潔だとは感じないレベルでシワがある。スカートに関してはシワ加工生地とも取れる。

 こういう格好が出来る世界に憧れていたので、おばさんの格好は正直ものすごく可愛い。


「うちの娘が着なくなった服があったと思うから見てみようかね。着いてきてくれる?」


 私は頷くとおばさんに着いて行った。階段を上がり二階へと進む。


「こっちだよ」


 着いて行った先は使わなくなった物が保管されているであろう物置だった。

 物置と言うには綺麗に整頓されていて、掃除も行き届いているような部屋だった。


「どれがいいかねぇ…あ、これとか。うーんこっちも良いけど…」


 おばさんは引き出しの中を見て、楽しそうに服を選んでいる。


「ちょっとこの服体にあててみてくれる?」


 そう言っておばさんに渡されたのはアイボリーのブラウスに綺麗に発色した花色のロングスカート。

 言われたように体にあてると、おばさんはうんうんと頷いた。


「お嬢ちゃんは可愛いから何でも似合うねぇ。あたしは良いと思うんだけど…お嬢ちゃんはどう?サイズは大丈夫だと思うよ」


 鏡がないので何とも言えないが、見える限りでは可愛らしい服である。文句なんて一つもない。


「大丈夫です」

「よかった!じゃあちょっと着替えてくれる?あたしは外で待ってるからさ」

「あの、本当に良いんですか?こんな可愛い服…着させてもらって」

「いいのいいの!どうせもう着れない服だから!」


 おばさんはそう言い残すと部屋を出ていった。

 待たせてはいけないと思い素早く着替える。

 服の構造はほとんどおばさんと同じで、ブラウスの袖の部分だけがこっちは紐で絞れるタイプだった。


 ガチャッ


「お、お待たせしました」


 ドアを開けておばさんに声をかける。


「あらあらまぁまぁ!よく似合ってるじゃない!」


 おばさんのテンションの上がりように一瞬ビビる私。


「あ、りがとうございます」

「これで大丈夫だね!あ、元の服はどうする?見た感じではかなり良い物みたいだし…。ハンガーが余っていればいいんだけど…」

「いや…いえ、大丈夫です。その辺に置かせてもらえれば十分です」

「本当かい?なら適当な場所に置いてくれて大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 私は脱いだままになっていた制服を、近くにあった箱の上に置いた。


「髪もそれじゃ邪魔だろう?束ねてあげるからさっきのソファに座っててもらえる?あたしがやってあげるよ!」

「あ、いやお構いなく…」

「何言ってるの!折角そんなに可愛いんだから!」


 抵抗も出来ずにグイグイと押されるままに階段を下り、先程にソファに腰掛けた。


「さ、手早くやってあげようね!」


 そう言うとおばさんは慣れた手つきで私の髪を束ねていく。

 最終的に出来たのは比較的下の方で束ねられた、ふわっとしたお団子だった。

 ヘアアレンジなどは特にしてこなかったので、おばさんに渡された手鏡を見て感動する。


「わぁっ…!可愛い…!」

「伊達に娘三人育ててないからね」


 おばさんが得意げに笑って見せる。


「ところでお嬢ちゃんの名前聞いてなかったね」


 そう言えばそうだ。ナチュラルに楽しみすぎてすっかり忘れていた。


「あたしはエマ。見ての通りこのパン屋の女店主さ」

「私は…」


 え、どうしようおばさん…いや、エマさん名前しか名乗ってくれないよ。もしかしてここ名字とかない世界なの?


「あー…、…ましろです」


 とりあえずこっちも下の名前だけ名乗る。


「マシロって言うんだね。ねぇ、マシロ?あんたが記憶がないのはよくわかった。もしこれから行く場所がないなら、うちで一緒に暮らさない?」


 エマさんはニコニコ顔のままそんなことを言い始める。


「えっ!?いやここまでお世話になっておいてこれ以上ご迷惑をおかけするわけには…」


 着替えも貰ってパイもご馳走になって、さらに住む場所って衣食住全部お世話になるわけにはいかない。


「何言ってんのよ〜。うちはもう上二人の娘は巣立ってるし、残ったのは家族三人だけで部屋も余ってんのよ」


 そう言うとエマさんは私の両肩に手を置く。


「それにこれでも街で三本指に入るパン屋なんだから稼ぎも悪くないわよ?不便な思いはさせないから、ね?」


 さ、三本指…。わりと郊外から離れていない場所なのに三本指って凄いな…。


「うーん…」


 確かにこの後行くあてもない。ついでにこの世界の仕組みもわからない。どういうタイプの異世界なのか全く把握出来ていない。

 この本の使い方もわからないままだし…ここで断ると野垂れ死ぬ運命しか見えない。


「じゃあ、お言葉に甘えて…」

「あー、良かった!これで今日からあんたもうちの家族よ。改めてよろしくね、マシロ」

「これからお世話になります、エマさん。こちらこそよろしくお願いします」


 エマさんに深々と頭を下げる。


「やぁだ、そんなかしこまらなくていいのに。頭を上げて、マシロ」


 私が頭を上げると、相変わらずエマさんは優しい笑顔のままで立っていた。


「そうとなったら部屋を片さなきゃね!マシロも手伝ってくれる?」

「はいっ、もちろんです!」


 拾ってもらった身で手伝わないわけがない。

 私はエマさんにの後に続いて、再び二階への階段を上り始めた。

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