第15話《祝・初魔法!》
「お姉ちゃん、食器洗うの手伝うよ」
「あら、今は大丈夫よ〜。後で拭くのだけ手伝ってくれる?」
「?わかった」
と、そこへエマさんがやって来る。
「パパッとやっちまうかね」
え?エマさんがやるの?いやいやいや手伝わなきゃ。
「あの、私──」
フワッ──ゴォォッ
「へっ!?」
エマさんの前に突然大きな水の球が出来たかと思えば、それがグルグルと回転し始める。その中にエマさんは次々と食器類を放り込んでいく。しばらく放置していると、今度は別の水球が現れ、今までの水球は下のバケツに入り、残された食器類は新しい水球に落ちていった。
「何、これ…」
ポカン、としているとお姉ちゃんが「母さんは水属性なのよ」と言った。
「母さんは器用だからこういうのが出来ちゃうのよ。羨ましいわよね」
「はい、終わり!後は頼んだよ」
いつの間にか食器洗いは終わっており、台上に濡れた食器類が纏まっていた。
「はーい」
「えっ、エマさん!」
「おや、何だい?」
ここは絶対聞かなければ!
「どうしたらそんな風に魔法が使えるようになるでしょうか!!」
これエマさんに聞いた方が圧倒的に早い気がするわ!ごめんお姉ちゃん!
「そうねぇ…イメージが大事だと思うよ。どんな魔法を使いたいかイメージしながら魔力を放出するといいよ!」
エマさんは嫌な顔一つせず、少し考えた後そう教えてくれた。すみません朝の忙しい時にこんな事聞いて…。
「イメージですか」
「例えば…マシロも水属性は持ってたね?小さな水の玉を手の平に作るイメージをして、魔力を出すんだ」
「水の球…水の球…」
目を瞑ってイメージしながら手に魔力を込める。すると手の周りの空気が渦巻いた気がした。すぐに目を開けると──
「み、水の球!!」
「あんた全然出来るじゃないか!一発で出来るなんて、凄いこったね!」
私の手の上には直径10センチくらいの水の球があり、プルプルと不安定に震えていた。
凄い!人生初魔法だよ!いや当たり前だけどさ!
「凄いわマシロ!しかも水魔法だなんて!いいなぁ」
少しの間、感動しながら水の球を眺めていたが、そう長くは続かなかった。
突然水の球は形を崩し、ただの水となって床に撒き散らされる。
「あっ…」
そしてすぐに来る若干の疲労感。
「大丈夫?」
「最初にしちゃ上出来だよ、マシロ!」
「教えてくれてありがとうございました、エマさん!それと…お仕事の邪魔してすみませんでした…」
「そんなこと気にしなくていいのよ!」
そう言うとエマさんは床に手を掛ける。今まで気付かなかったが取っ手があるようだ。それを引っ張ると床の一部が外れ、太い管が見えた。
「これは…?」
「排水溝みたいなもんさ。掃除した時なんかに出た水をここから流すんだよ」
エマさんはそう言いながらバケツの水を管に流し込む。ついでに私が撒き散らしてしまった水もエマさんが操って管の中に流してくれた。
「片付けも終わったことだし、あたしは仕事に戻るから後は頼んだよ!」
「任せて〜」
「はい!」
エマさんが工房に戻り、私達は皿拭きを始める。
「あ、そうだ。お姉ちゃん、ちょっとやってみたい事があるんだけど…」
「ん?いいわよ」
「ありがと!」
魔法の使い方はさっきので大分わかった。後はお風呂設備のように上手いこと魔法を組み合わせれば…。
ヒュー…
「出来た!」
ましろちゃん特製、魔法温風!
あとはこれをどう当てるかだけど…さっきエマさんがやってた感じで浮かせてみようかな。
ブワァッ
魔力を極力抑えて加減を調整する。先程より疲労感が強いので出来るだけ早く終わらせたい。
「うーん…これくらい?」
フッ、と風を止め、食器類を台上に戻す。手を触れてみるが乾かし残しは無いようだ。
我ながらかなり才能あるんじゃない?魔法初心者の割には凄くない?
「マシロ、貴女一体…」
ポカンとしていたお姉ちゃんが口を開く。
「水属性じゃなかったの…?それに、温風ってことは風と火と…え?三属性持ちなの?え?」
「うーん、確か四属性だったと思うけど…」
あと一つ、氷?と書いてあったと思う。
「よ、四属性!?四属性なんて王族の血縁者でも中々生まれないし、あとはおとぎ話の異世界の人間くらいよ!?」
「えっ」
まずい、失言だった。
「もしかして、王族の…?」
「き、記憶無いから分からないかなぁ…?」
良かった、異世界とか何とかは信じてないみたい…。
「もしそうだとしたら大変だわ!…でもマシロなんて名前の貴族も王族も聞いたことないし…。ハッ、まさか記憶が無くなる程辛い事が…!?あぁ、だとしたら私達が幸せにしなきゃ!」
何やら一人で盛り上がり始めるお姉ちゃん。また前が見えなくなっているらしい。
「あの、お姉ちゃん…」
「大丈夫よマシロ!貴女がここに居たいと思う限りずっとここに居て良いから!全力で貴女を守るわ!」
「う、うん」
「でもそうね、四属性の事は余り他所で言わない方がいいかもしれないわ。きっとそれを聞き付けた王族貴族の人間が…嫌だわ、恐ろしい!」
「落ち着いて…」
「だから四属性の事は言っちゃダメよ!三属性だって珍しいのに四属性なんて!二属性決めて外ではそれしか使わないこと!」
「は、はい」
「よし、じゃあそろそろ買い物行きましょ!」
話の脈絡!!急に買い物の話になるって一体何!?
「しーっかり似合う服を見繕ってあげるからね、お姉ちゃんに任せて!」
もうこれは止められないと悟った私は諦め、されるがままに外出の用意をする。
「いってきまーす!」
「いってきます…」
初めての姉との買い物なんて絶対心躍るイベントの筈なのに、何だか素直に喜べないのが悔しい。
太陽はすっかり顔を出していて、体感的には午前七時だった。
そう言えばこの世界に時計って存在してるのかな?
「ねぇ、お姉ちゃん 」
「なーに?」
私は隣を歩くお姉ちゃんに問い掛ける。
「えーっと…今の時間が分かるような機械ってあるの?」
「時計のこと?」
「そう!」
「あるにはあるわよ。ただ…ちょっと正確性が無いのよね」
「正確性?」
「例えばこの国で時計をちゃんと合わせるじゃない?なのに他の国へ行くと時間が違ったりするの。まぁ、この国に居ればそんなに狂うことも無いわね。季節の変わり目には狂ったりするけど」
それって時差とか日照時間の問題じゃ…とは口が裂けても言えない。
「ほーんのちょっとずつ狂うから嫌になっちゃうわ。その度に時の聖堂に行って合わせなきゃいけないんですもの」
「時の聖堂?って何?」
「時を司る女神様を祀った聖堂よ。各国に数箇所、聖堂支部があるの。そこは時の女神様のおかげで絶対に時計が狂わないのよ」
「へー、そうなんだ」
「年に何回通ったか分からないわ…」
ゲンナリ顔でお姉ちゃんが言う。
「お姉ちゃんも時計持ってるの?」
「持ってるわよ、一応ね」
ほら、と言ってお姉ちゃんが手の平サイズの懐中時計を差し出す。全体的にシンプルだが、蓋が花の模様になっている真鍮の懐中時計だった。
「私もお金貯まったら買おうかなぁ」
「安い物で良ければ買うわよ?」
「いや、ちゃんと自分で買うから大丈夫!」
「そう?」
この人が言うと本当に買ってしまいそうで怖い。元の世界でも時計は中々高価な物だったから、ここだと多分もっと高いと思う。
そうこうしてると街の中心部、大通りにやって来た。
「朝早いのに賑やかなんだね」
「そりゃあね〜、職人の街だから。さ、入りましょ!」
話している内に目的地に着いたらしい。店の看板には昨日同様、”Monica・Wilness”とある。
扉を引くと、カランコロン、と軽いベルの音が響いた。




