第13話《朝から姉にされるがままでした》
───眩しい。
瞼を貫いて入ってくる光に目が覚める。自分でも流石だと思う程相変わらず寝起きが良い。私は体を起こして大きな伸びをした。
「んんーっ、朝だなぁ…」
まだ意識がハッキリままで部屋を見渡せば、そこは見慣れた自室では無かった。何だここ?どこだここ?と、寝惚け眼を擦りながら考えて思い出した。そう、ここは施設ではない。私の新しい家──エマさんのパン屋──だ。よく考えたら施設の部屋には北側の小窓しか無いので、太陽光で気持ち良く目覚めるなんて事はまず無い。
「今…何時?」
時計が無いので窓の外に目を向けると、丁度太陽が顔を出したところだった。草原がひたすらに広がっているのでよく見える。
そっか、あっちから来たのか…。
コンコン
「マシロー、起きてるー?」
扉をノックする音のすぐ後にリリーお姉ちゃんの声がそう問い掛けた。
「あ…起きてるよ」
「良かった、入るわね」
ガチャッ
「朝食の前に顔洗ったりしたいだろうから案内しようと思って」
「ありがとう、すぐ着替えるからちょっと待ってて貰っていい?」
「えぇ勿論!あ、何だったら今日は私が選んだり?してみたり?」
チラッ、チラッ、と此方とクローゼットの間を行き来する視線からはお姉ちゃんの言いたい事がひしひしと伝わってくる。
服飾屋勤務って言ってたし…センス皆無の私よりお姉ちゃんに任せた方が無難かな。
「お願いしてもいい?」
「えぇ!腕の見せ所ね!妹の服選んであげるの夢だったのよ〜!」
ガララッと勢い良くクローゼットを開けたお姉ちゃんは「あら?」と固まる。数秒固まった後、此方を振り返って訝しげな目で私を見て言った。
「マシロ、お洋服は?」
そう言いながらも下に付いてる引き出し複数を引いては戻しを繰り返して服を探している。
「下着と寝間着しか無いじゃない、まさか全部洗濯中…?」
「いや、服はお姉さん達のお下がりを着てもいいって言われたから…多分倉庫かな」
「何ですって!?こんな若くて可愛くて着飾るためにいるような可憐な妹がお下がりしか持ってない!?何っっって勿体無い事を!!!」
「おおお姉ちゃん落ち、落ち着いて…」
「これが落ち着いていられるものですか!!マシロ、服には流行り廃りがあるのよ!?こーんな若くて可愛い子がずっと前のお洋服を着て良いと思ってるの!?」
ダメなの!?
「時代の最先端とまでは行かなくともそれなりに最近のお洋服を着なくちゃ!!何でも似合うって言っても型の古いお洋服着てちゃ勿体無いのよ!!」
「う、うん」
「今日はお姉ちゃんと買い物行きましょう!!良いわよね!?」
お姉ちゃんの勢いが凄過ぎて相槌を打つのが精一杯だった私。断れる筈が御座いません。
「わ、わかった…」
「とりあえず顔洗って、私のお洋服着て、朝ご飯食べて…」
お姉ちゃんはブツブツを呟いている。
そっか、確かに着替える前に顔洗わなきゃ折角の服が濡れちゃうもんね。お姉ちゃんさっき止めようとしなかったけどね。
「よし!着いてきて、マシロ!」
「は、はい!」
勢いに釣られ良い返事を返すと、お姉ちゃんは踵を返して部屋を出て行った。それに慌てて私も部屋を出た。
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「ここが洗い場よ。洗濯物もここで洗うの」
お姉ちゃんに案内されたのは風呂場の隣だった。昨日は見てなかった奥の所だ。
四本の柱で支えられた屋根の下には、薄灰色の真っ平らな石が五畳程の広さに広がっていて、全体的に地面より10cm程高い。その上には浴槽のような物と桶等の備品、腰くらいの高さの台があった。
「この上に桶を置いて水を溜める。で、顔を洗っちゃうのよ」
お姉ちゃんは近くの木桶を一つ手に取り、台に置いた。そしてやはり近くの魔石に手を伸ばし触れると、空中から水が流れ出した。お姉ちゃんは髪を束ね、手で水を掬う。
「ひゃー、冷たぁーい!──ふぅ…お待たせ、お次どうぞ!」
「ありがと〜」
わざわざもう一度水を溜めてくれたお姉ちゃんに感謝しつつ、私も顔を洗──
「マシロ、髪!」
「あ」
お姉ちゃんはサッと私の髪を束ねてくれた。気が利きすぎてもはやちょっと怖い。
「ありがと、お姉ちゃん」
「いーえー」
パシャパシャと冷水で顔を洗ったおかげで完璧に脳が覚める。そこで私はふと思い出した。
「あぁっ!お手伝い!」
エマさんに自分から某国民的映画の主人公の如く「ここでお手伝いさせてください!」的な事を言ったのに初日から何もしないとかヤバすぎる。
「マシロ?」
「エマさんのお手伝いするって約束したの!なのに私、忘れてて…」
「あはは、大丈夫よ。まだ日が昇ったばかりじゃないの。そんな朝早くから仕事する人なんてよっぽどの仕事好きね!」
「そうなの?」
「そうよ。起きるのは日が昇る少し前だったりするかもしれないけど、朝食も食べてないのに働くわけないじゃない?あぁ、でも職によっては…まぁウチはそんなに早くないから大丈夫」
「よ、良かったぁ…」
「マシロは心配性ね〜」
お姉ちゃんの言葉に胸を撫で下ろす。
「さ、顔拭いて着替えちゃいましょ!」
「はーい」
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再び二階へ戻り、今度はお姉ちゃんの部屋に案内される。
「改めてようこそ!ちょっと座って待っててね」
お姉ちゃんは近くのソファを指差してクローゼットを開けた。言われた通りに座っていた私は思わず声を上げる。
「こんなに沢山…」
「うふふ、一番似合う物選んであげるからね。あぁ、でもどうしましょう!きっと何でも似合ってしまうわ!」
お姉ちゃんは大量の服が収納されたクローゼットを端から順に吟味していく。引き出しの中には小物等が収納されていた。
「本当に好きなんだね」
正直服に関して詳しいことはわからないが、服が好きだと言うのはこれを見る限り一目瞭然だ。
「大好きよ!…あ、そうだ。肌着は流石にあったわよね?ちょっと持ってきてもらえる?」
お姉ちゃんはとびっきりの笑顔で肯定する。私は「可愛いなぁ」としみじみ思いながら、言われた通り自分の部屋に肌着を取りに行った。戻ってきた所で声が掛かる。
「あ、マシロ、ちょっとこれ着てみてくれる?」
私が机に肌着を置いたところで、何着か服を渡してきたので一枚ずつ広げて見てみる。
白いブラウス、皮のコルセット、イタリアンローズのスカート…
生まれてこの方、一度だって着たことない様な色合いと形である。
「これ、私が着るの…?」
顔面偏差値、スタイル共に上位のリリーお姉ちゃんならともかく私がこれ着るの?というか本当にこういうの着てる人いるの?見慣れて無さ過ぎて違和感半端ないよ。
「当たり前じゃない!」
「デスヨネ〜…」
仕方無しに寝間着を脱ぎ、渡された服に着替える。お姉ちゃんは着替えを手伝おうとしてきたが断固として拒否し、着替えの間は後ろを向いてもらった。着替えを見られるのは流石に恥ずかしい。
まずはブラウスだが、ボタンの両サイドと裾にフリルが施されていて非常に可愛らしい。スカートはAラインで膝下くらいのフレアスカート。シンプルだけど色が色だけにこれまた可愛らしい。
そしてコルセットだが…この編まれてるのは前?後ろ?編まれてる所以外は何も無いから前だとは思うんだけど…とりあえずいっか。
「着替え終わったよ」
「きゃー!可愛いー!」
振り返った途端に胸の前で指を組み歓声を上げるお姉ちゃん。ぎゅうう、と抱き着いてきて少し苦しい。
「って、あら?コルセットは?」
「前後がわからなくて」
「あ〜、この形は迷うわよね。これは編み上げが前!最近流行りの見せる美しさってヤツなのよ」
「へぇ〜」
服、難しい。
「これをこうして…こう!」
ギュッ!!
「うぶぇ」
急な締め付けに化け物じみた声が出る。奇声出してごめん。
「えぇっ!?ご、ごめんなさい、そんなにキツかったかしら…?」
申し訳なさ半分心配半分って表情で謝罪するお姉ちゃんを見て此方が申し訳なくなる。
「私が慣れてないだけ…多分」
「そ、そう…?それならこれから慣れていきましょうね」
相変わらず可愛い顔でニッコリ笑うお姉ちゃんだが、何だか今は少し恐ろしい。果たして本当に慣れるだろうか。
「じゃあ次はリボンと靴下と靴と…それが終わったら髪纏めるわね」
次に渡されたのは足首までの靴下と、それが丁度隠れるくらいの黒い厚底ブーツだった。それを履くとすぐにワインレッドのリボンを首元に持ってかれ、胸元で綺麗に結ばれた。今気付いたが、コルセットは中の服が見えるようになっており、見た目には緩く見える。あくまで見た目にはだが。
「さて、どんな髪型にしようかしら」
お姉ちゃんに言われドレッサーの前の椅子に座ると、髪を梳かされる。そのままサイドの髪を私には理解出来ない複雑な感じにされて───
「はい出来上がり!」
「わぁっ、凄い!」
いつの間にやら手の込んだハーフアップが出来上がっていた。一度も手が止まらなかったから早すぎて驚く。
「それにしても綺麗な髪色よね、ここら辺じゃ中々見ないわ」
お姉ちゃんは髪飾りを付けながらそう言った。私の髪は生まれた頃から変わらない、薄い茶色だ。普通の子だと、幼い時は髪が細いせいなのか薄茶色でも成長と共にしっかりした黒髪になると思うが…私はどういう訳かそのままだった。美容師さんいわく”ミルクティーアッシュベージュ”と言う色味だそう。
「うん…何でだろうね。私的にはお姉ちゃんの方が素敵な色だと思うけどなぁ」
この姉の髪色はかなり透明感の強いストロベリーブロンド。(実際アンティークローズがどの様な色かはわからないが)アンティークローズ、という言葉が浮かぶような少しくすんだ落ち着いた色味のストロベリーブロンドだ。とにかく見ていて目が痛くならない上に癒される最強の髪色じゃないだろうか。
「そうかしら?火魔法下手な癖してそっちが出てるから中途半端な色味なのよね」
「え?魔法と髪色って何か関係あるの?」
「えぇ。半分は遺伝子、半分は自分の強い方の属性の影響が出るわ。火で赤系ってそのまま過ぎない?」
「異世界半端ない…」
「え?」
「いや何でも」
髪色が属性と関係するとか、何てファンタジー…。まだまだ色々知れそうで嬉しい限りですわ。
「そう?じゃあ先に下行ってて、私も着替えちゃうから」
「わかった」
「あ、待った!その前に」
ドレッサーの上の小物入れを開けてお姉ちゃんが取り出したのは薄いコーラルピンクの透明な石が付いたブローチらしき物だった。それをコルセットの結んだリボンの中心部に付ける。
「綺麗…」
「火の魔石を使ったお飾りよ。火属性無きゃただの綺麗な石だけど、火属性持ちなのに魔法下手な私みたいな人が身に付けてると補正がかかるの。中々優れ物でしょ?」
「え?でもそれならお姉ちゃんが持ってた方が…」
「いいのよ!だって今日の貴女の格好にはそのブローチが抜群に合うんですもの」
そんな理由で魔石を人に貸し出していいのだろうか。
「ほらほら、早くリビングに行って母さんにも可愛いマシロの姿を見せないと!」
「え、えぇ〜…わかった…」
ぐいぐいと背中を押されたので私は部屋を後にした。




