第3話「慌ただしい帝国兵士と賢者の憂鬱」
「さてさてさて、このやかましいノックの音はどちら様かな?」
私は最高の幸運によってルルリーナの尋問から逃れ、悔しそうに唇を噛む彼女を横目に、玄関へと向かう。
この先に待っている人物がどんな奴であろうと、ここは丁寧に対応しなくてはな。
向かうには身に覚えのない恩であるが、それが私にできる精一杯の感謝だ。
私は小さく微笑むと、未だ小刻みに鳴り続けるドアをそっと開ける。
「あ……あっ…あのっ!ここは、フラックス魔術研究室でよろしいですかっ⁈」
足をバタつかせ、焦りの表情を浮かべた紫の髪の少女が、そこに立っていた。
なにやら軍の服装を纏っているが、私よりも少し高いくらいの低身長に、あまり似つかわしくない。といった印象だ。
「ああ、そうだが……見たところ帝国軍の者だな。言っておくが、私は研究結果以外軍に協力する気は……」
「そっ……その前にっ!た、大変申し訳ないのですがっ!お、お、お手洗いを貸していただけないでしょうかっ?あ、あのっ!ここまでずっと休憩がとれなくて……も、もう漏れちゃいそうなんですっ!」
さっきからずっとせわしなく足踏みをしてたのはそういうことか。と、私は冷静に彼女の分析をしていたが、対する彼女は、もう限界超のようで、ついに股間を手で押さえながら潤んだ瞳で息を荒げている。
「わ、わかった。行ってこい、トイレはここをまっすぐ行ったところ……」
「すいませんっ!お借りしますっ!」
私が言い終えるより早く、彼女はトイレへと一直線にかけて行った。
その速度は光をも凌ぐように見え……嗚呼、限界とはこうも人知を超えるのだな……と、私は一人ちょっと感動してしまった。
ーーー
「お……お見苦しいところをお見せしました……。えとっ、私《帝国軍伝達兵》のノイシャと申しますっ。」
用を足して落ち着きを取り戻した彼女は、それでも尚、おどおどした調子で名乗りをあげる。
帝国伝達兵……か。
彼女の胸元につけられている重厚そうな紋章は、帝国軍本部のもの……つまりここから遠く離れた帝都から、彼女はやってきたという事になる。
帝国からこの辺境の街に辿り着くまでは、帝国の最新産業である《飛竜》を使ってやっと一日に収められる距離だ。
しかし、飛竜なんて最新の技術をおいそれと辺境の地へ向かわせることを奴らは絶対にしないだろう。
となると、やはり無難に馬にでも乗ってきたと考えるのが適切であろう。
そうなると……ここまで約一週間程度か……こんな年端もいかなそうな少女に一人で長旅を強いるとは……帝国の野郎も残酷だな。
「それで……帝国が私に何の用だ。私とて我儘な悪魔ではない、話くらいは聞いておく。」
それでも、なんの罪もないこの少女に高圧的な態度を取ってしまうのは、私の悪い癖だ。
「あのー、お師匠様ー⁈ちょっと気になったんですけどなんとなくお客さんで誤魔化してますよね⁈ねぇねぇねぇねぇねぇ、お師匠様ー?お願いだから逃げないでくださいよぉ。」
忘れかけたところに、鬱陶しい出来事というのは再び降ってくるものだ。
ノイシャが来てからずっと部屋の周りをウロウロしていたルルリーナが、ついに私たちの話を遮ってきた。
流石の私も、悪魔ではないが聖人でもない。
人の話に無遠慮に入り込むなど、許されるとでも思っているのかね?ルルリーナ・アルファード。
「ルル、少し黙っていろ。」
私はありったけの威圧感を込めてルルリーナをたしなめる。
「いやです‼︎その手には乗りませんよ?はっきりさせてくださいお師匠様‼︎私のこと、好きなんですか⁈それともそんなに嫌いなんですか⁈」
「え……えっ……お、お二人はどういう関係なんですかぁ……?」
ルルリーナの涙混じりの叫びに、赤面しながら混乱の色を示すノイシャ。
しかし、私は今彼女にそんなことを説明している暇はない。
私はルルリーナの元へゆっくりと歩いていき、
そっと抱きしめた。
「えっ……どどどどうしたんですかいきなり⁈そんなので誤魔化そうって言ったって私は誤魔化されませ……」
「私がお前を嫌っているわけないじゃないか……《ゾーン》」
私はルルリーナの耳元でそっと囁き、最後に空気中の精霊を操る《魔術文》を短く詠唱し、彼女の耳を甘噛みした。
「ひゃんっ⁈」
甲高い声と共に、ルルリーナは恍惚とした表情で脱力し、気を失う。
私は気絶したルルリーナをソファーへと寝かせると、改めてノイシャを向き直る。
ノイシャは、恐れと驚愕と、ちょっと引き気味の表情で私を見つめていた。
「あ、あのっ、今のは一体……。」
彼女がそう質問してくるのは大方予想はついていた。
しかし、私は一瞬目を逸らした。
仕方ないだろう、私だって、この魔術紛いの変質者みたいなこと、おおっぴらには教えたくはないのだから。
とは言え、見せてしまったのならば説明するほかないだろう……。
うう……胃が重い。
「えっとな…あれは性的興奮が高まったものをに対し、魔力を流し込んだ言葉で性感帯を突くという……なんというか……反則技だ……。」