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第9話 ユウカ

明日もこのくらいの時間になると思います!


 ハルナを失った俺たちは、嘆く間もなく窓を割って室内へと侵入した。

 侵略者たちに居場所がバレている。

 奴らは今度こそ俺達の息の根を止めに来るだろう。

 その前にハルナを助け出し、4階にたどり着かなくてはならないのだが——


 俺は脱力しきって椅子にもたれ掛かっていた。


「マサキさん、元気出すっス」

「ああ……」


 入った先は家庭科室だった。

 カイトは歓声を上げて、空っぽになったリュックにミシンを詰めていた。ついでに、ただの紙くずになっていた数学の教科書をかきだそうとして——


「あーっ、と。それは俺がやる……」

「え? あ、はいっス。元気になられたようでなによりっス?」


 カイトからリュックを取り上げて紙くずを掻き出した。何故か、()()を見られてしまうのが、ここへ来て怖くなったのだ。以前の俺なら考えられないことに、自分でも驚く。


 しかしなー。受験を控えてる中三の俺だが、ここへ来て数学の教科書を失うことになるとは。これ、買うことになるのか?


 いや、明日があれば、か。今日死んでしまえば何も関係がないわけだし……


「なあカイト。そう言えば技術室は何処にあるんだ?」

「へ? 忘れたっスか? 2階っスよ。ちょうどオレらがいた所の反対側で、とても行ける場所じゃないっス」

「そうか……いや、工具とか普通に犯罪でも凶器になりうるしさ……」


 凶器という言葉がぽろりと出てきて自分でもぎょっとするが、カイトはそんな俺を見て笑顔を浮かべた。


「いいじゃないっスか。三角定規。——クソみたいな侵略者どもを、ふざけた武器でやっつける。これぞ社会への訴えってやつっスよ。事件が解決したら、オレらでニュースのインタビューに出るっス」

「……」


 それきりまた黙り込んだ俺を見て、カイトは少し怒ったような顔になって近付いてくる。


「——諦めるっスか?」

「そんなわけないだろ……」

「ハルナさんはユウカと違って、まだ生きてるっスよ」

「分かってるって……」

「ならシャキッとするっス!!」


 ハルナが奪われた。

 さっきまでその怒りでいっぱいだったのだが、いざ落ち着いてみると——怒りより、恐怖が勝ったのだ。


 あのシュウですら、洗脳されてしまっていたのだ。

 ハルナがもし、奴らの洗脳に抗えなかったとしたら——


「ハルナさんは負けないって言ったっスよ。マサキさんがそんなしょげ返ってちゃしょうがないじゃないっスか。そんなに心配なら、早く行って早く奪還するっス」


 そう言って、再び準備に戻るカイトの背中が何だか大きく見えた。……いや、こいつだって最初は屈したんだけどな。

 うん。まあ、そんなもんか。

 人間だからな。


「……分かった。行こう」

「うっス!」


 窓から見る限り、生徒達の大半はもう4階にたどり着いたらしい。人影はほぼ無かった。

 が、気になるのが、1、2階の動きだ。


「何か、1、2階に侵略者が多くないか? 俺らが3階に居るってことは分かってるんだろうに」

「なんっスかね。——あ、もしかしたら」

「何だ」


 カイトは憎々しげに顔を歪めた。


「——怪我した侵略者の手先どもを、保健室に送ってるのかもしれないっス。そんなにベッドはないっスから、廊下とかにも寝かせてるのかも」

「あー……え? 侵略者、そんなことするのか?」


 しくった駒はサヨナラ! っていう奴らではなかったということか。


「はいっス。——ユウカも、保健室に運ばれてたっスからね。殺した捕虜も保健室に運ぶみたいっすよ。忌々しいっス」


 となると、ハルナも保健室にいる可能性が高いな。そこで侵略者の呪詛を聞き、シュウのように洗脳されていくのだ。

 居場所が分かって嬉しい反面、俺は頭を抱えた。


「しかし、厳しいな。わざわざ3階まで上ってきたのに、今度は1階か……」

「でも、ハルナさんを加えて3人になったオレらなら、今度はきっとスムーズに上まで上れるっスよ。生徒達はみんな避難を終えたっぽいっスから、これ以上手先が増えることもなさそうですしねっス」

「今の語尾は無理矢理が過ぎる」

「サーセンっス」


 確かに、今までの戦闘を省みると……廊下という狭いフィールドで侵略者と戦う分には、逃げて上まで上るだけだから、教室戦闘よりは大分楽な印象だ。

 あくまで比較だからな。できれば侵略者とはもう戦いたくないが。

 警棒を操るハルナと、鈍器ミシンを振り回すカイト、そして教師用三角定規(1:2:√3)を振るう俺。3人協力すれば4階まで一気に上がることも難しくないはずだ。

 ちなみに、ミシンは7キロくらいあるらしい。顕微鏡の2倍以上の威力があるだろう。


 頬をばちんと叩くと、立ちあがる。


「よし、分かった。——出発する前に、俺も装備を整えるぞ」

「おっ、どーするっスか?」

「制服のズボンを探す。ここならあるだろ」


 いい加減ブレザー+血染めのハーフパンツは卒業したかったのだ。

 数十秒ほど探すと、いい感じのズボンとワイシャツが発見された。ついでにミトンも入手し、手にはめる。鏡を見てみると、ハルナのブレザーだけが赤くてどこか異様な雰囲気だった。


「ミトンっスか?」

「ああ。こうすると——この三角定規の握りに手がフィットするだろ」

「……なるほど? それ、もしかして経験談とかっスか?」

「ああ。シュウとよくチャンバラしてたからな」


 シュウ、と言うと、さすがにカイトの顔が暗くなった。だが、カイトの口からは何も言う気はないらしい。


 俺たちは家庭科室を出ると、人気がゼロの廊下をひたひたと走った。が、ここで俺の体力のなさが露呈し、カイトに睨まれながら歩くこととなる。


「すまん」

「ほんとっスよ! さっきパイプをするする上った人とは思えないっス!」

「昔から持久力だけはどうも……」


「ユウカは持久走、めっちゃ得意だったっスけどねー」


 ぽつりと呟かれる言葉に、どうしても興味が湧いてしまう。

 カイトという男を、侵略者への反逆に追い立てた人物のことを、知りたいと思ったのだ。


「その、カイト。嫌なら答えなくていいんだが。ユウカさんってどんな人だったんだ?」


 カイトは一瞬驚いた顔をしたが、話すことに特に抵抗はない様子だった。


「……まず、めっちゃ美人っス。切れるような美人ってよく言われてたっスね。——オレのカノジョになるまでは」

「あーはいはい」

「何を言うっスか。マサキさんとハルナさんのイチャつきを間近で——それもユウカが死んだその日に見せつけられたオレの気持ち、考えたことあるっスか?」


 そう言えば、カイトが裏切った時——《死んでくれ》って言われた気がする。そういう意味も込められていたのな。


「……いや、知らなかったんだからしょうがないだろ」

「分かってるっスよ。……で、なんスけど。ユウカ、真面目でサバサバ系なんスよ。思ったことを真っ直ぐ言うけど、でも絶対相手が傷つくようには言わないっス。生徒会じゃなくて学級委員タイプっスかね。——なのに、ちょっと抜けてる所もあって」

「お前みたいなのと付き合うとかな」

「酷いっスよ! オレ、自分で言うのも何っスけど先輩にはモテるんスよ。ユウカも1つ上っスし」

「えっ」


 ……何だろう。彼女って何となく同い年だと思ってたわ。

 確かにこの忠犬ぶりは年上にモテるのかもしれない。俺はよく分からないがな。

 彼女なんて出来たことないし……


 そんな考えが見透かされたようで、カイトはいやらしく笑った。


「——マサキさん、カノジョいたことないんスねー」

「な、べ、別にいいだろ。俺は彼女作るよりは弟の面倒見てたんだよ」

「とか言って。ずっとハルナさんのことが好きだったんじゃないんスか?」

「……」


 図星だった。

 年下に言い負かされるのは、何か、ちょっと辛い。

 ついで、カイトの目が遠くなる。


「4階、《例の場所》についたら、ハルナさんに告ったらどうっスか? オレの見立てでは120%オッケーっスよ」

「ぶっ——な、何言ってんだよ」

「いいじゃないっスか。言いたいことは言いたいうちに言っとくっスよ。オレも、それを後悔してたところなんス」


「後悔?」


 しまった。またいらんことを聞いてしまった。

 人の不幸をほじくるとか、最低な行為なんだけども……


「……っス。ユウカとは毎晩LI〇Eして、毎朝一緒に登校してたんスけど。昨晩ケンカしたんス」


 ああ、もう……聞くのも痛くなるような話だった。カイトの顔が歪む。


「何でもない理由っス。《必》っていう字の書き順で揉めたんス」


 え? それで揉められるのか?


「まて、ホントに下らんぞそれは」

「マサキさんはどっち派っスか? オレは先に《心》を書く派なんスけど」

「俺は《ソ》を書くタイプだ。てかそっちが正しいだろ」

「うっ……そうなんスよね。会話中も、ユウカが親切丁寧に辞書の写真まで送り付けてきて……オレも《あっこれ俺が違うんスね》って思ったっスけど、引くに引けず」


 カイトははあ、とため息をつく。

 なるほどな。それを謝る暇無く、今に至るって訳なのか。


「で、言い争いを繰り広げた挙句、今日は別々に登校することにしたっス。モーニングコールもしなかったっスから、ユウカ、寝坊したんスよ。ほら、抜けてるってこーゆー系っスからね!」

「何で知ってんだ?」

「そりゃ、校門前で待ってたからっス。——HR(ホームルーム)が始まる3分前になっても来なかったんで、オレは一旦教室に戻ろうとしたっス」


 俺が登校したのが丁度それくらいだったな。カイトとは入れ違ったわけか。まあ、今朝の時点で俺たちは知り合いでも何でもなかった訳だけど。


「でも心配になったんで、やめたっス。胸騒ぎ——ってやつっス。階段を途中まで上ってたのを降りて、外を見たら……侵略者が見えたんス」

「あっ、それ俺も更衣室から見てたぞ」

「……何してたんスか」

「今朝登校中に、制服をビショビショにしちまってな……ジャージに着替えたんだ」


 カイトにジト目で睨まれた。能天気過ぎたってか。


「そしたら、隊列を組んだ最後尾に、急に侵略者が増えたっす」

「おお。そんで数が増えるのかと思って恐ろしくなってな。俺は窓を閉めた」

「……ああ、ならマサキさんは見てないっスね」

「何をだ?」


 軽く聞いたのを、後悔した。

 カイトの目が、また肉食獣のようにギラギラと研ぎ澄まされていたからだ。


「増えたのはそいつだけっス。でも、その背中に——血まみれになったユウカが背負われてたんスよ」

「————マジ、か」


 で、その相手が俺達が戦った血まみれの侵略者であり。カイトの敵だった。

 同じ光景を見ていただけとはいえ、その事実の重さに目眩がしそうだ。


「オレは後を追ったっス。そしたら、ユウカは保健室に連れていかれたっス。——さすがに怖かったっスけど……顔も見たっス。いつもかっちり整えられてるお下げが、今日は乱れてて……顔から倒れでもしたのか、メガネにもヒビが入ってたっス。その胸に、ナイフか何かで一突きした傷があって。多分それが致命傷っス」


 そう言うなり、カイトは目元をゴシゴシと擦った。血に染まったブレザーで擦るもんだから、目元がより赤く——って。


 今の話、聞き逃せないぞ。


「なあカイト。俺、その人に今朝会ってる」

「——な」


 お下げでメガネ? キツい美貌にキツめの口調? もう、それ。朝ぶつかったあの女に決まってる。

 確かに寝坊して走ってたし……



 というか、な。

 ダメだ。これ。


 俺がぽっとこぼした言葉に、カイトは足を止めて詰め寄ってきた。


「ほんとっスか」

「ああ。お前の言う通り遅刻しかけてたな。でも俺は一応、HR前には校舎に入れてたし、あのまま走っていれば間に合っただろうさ」

「つまり、マサキさんと会ってから9時までの間に、ユウカは——」


 一度言葉を切って、カイトは深呼吸した。きっと俺に当たってしまわないように落ち着こうとしたのだろう。


「……何か、言ってたっスか」

「いや、俺もユウカさんとは面識なかったしな。——曲がり角でぶつかっちまって、死ねって言われた」


 そう言うと、カイトは目を見開いた。余程意外だったらしい。


「死ね……っスか?」

「まあ、遅刻しそうになってイラついてたんだろ。——気休めになるが、お前と会いたくてイラついてたんだって思っておけよ」


 ぽん、と肩を叩き、それきりカイトから目を背けた。

 ……やっぱ、聞かなきゃよかった。気分が滅入ってきやがったな。


 俺は、これからどうすればいい?

【ステータス】

パーティ:マサキ、カイト


名前:マサキ

武装:教師用三角定規(1:2:√3)、ミトン

服装:ハルナのブレザー(血染め)、白ワイシャツ、ズボン

状態:さげぽよ


名前:カイト

武装:リュック(ミシン、アレ)

服装:ブレザー(血染め)、ズボン(血染め)

状態:マサキさんについてくっス

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